第二十七話 俺の役割
キイィと音を立てて、白川さんは赤い扉を開く。
――暗黒が、その先にあった。
「暗い……まだ昼のはずなのに、この場所は……」
全員扉を抜けると、扉は音もたてずに消えた。いつもなら、その扉の色も判別できるが、光が一切届かないこの森では、それが分からなかった。
互いの顔も見ることが出来ず、白川さんが指示を出す。
「……西田さん」
「うん。トーチ」
西田さんは〈灯魔法〉を唱える。手から、彼女の手より少し大きいぐらいの火の玉が出現し、俺達を照らす。ようやく互いの顔が見えるようになり、ひとまずホッとする。
ここはどうやら森の中のようだ。だが、生い茂った木々は俺達を嗤うかのように不気味に葉を鳴らし、不吉な予感がしてならない。
同時に、奇妙な事に気付いた。俺達が今いる場所、それが、明らかに整備されたであろう道の上だった事だ。西田さんの掲げる火の玉の光は、その道が俺達の前に真っすぐ続いていることを示していた。
「進みましょう。……皆、周囲を警戒して」
「……ああ」
「分かった」
白川さんの言葉で、俺達は西田さんを先頭にその道を進む。
進みながら、俺達は何時敵が出現してもいいように、最大限警戒しながら進む。
だが、西田さんの光があるとはいえ、この森の闇はそれ以上。敵が襲ってきたら、まず俺達の反応は一瞬遅れる。
全員が死の危険を感じながらも、神経をすり減らして慎重に歩を進める。
(気が……狂いそうだ)
心の中で俺はそう呟く。緊張で唾を飲み込む。額から汗が流れだす。油断すれば死。そう覚悟してここに来た。
それでも、死の予感を前にすると、これほど心が怯えている。
数分、そうやって進んだ。不規則な呼吸の音だけが、どんどん早くなっていく。もう限界だ。俺が、そう思った時――
「! 皆! アレ!」
先頭の西田さんが火の玉を高く掲げて遠くを照らす。
両端の木々から順に照らされる。さらに光が広がり、その先が露わになる。
――不気味な森の中に佇む、赤黒い館がその先にあった。
「……なんだ? あれは?」
野田が思わずと言った感じで口を開く。
「あの中に、敵がいるのかもしれねえな」
「……どうして、そう思うのかしら? 久木原君」
「あの色を見ろよ。今までも、扉の色と敵の色は同じだっただろ? 今回は赤だ。だったら、あそこにいてもおかしくはねえ。それにどっちにしろ、調べねえといけねえだろ」
「お、おい! 東悟!」
東悟が前に出て、館へと歩いていく。俺達は警戒しながらも急いで東悟の後を追い、扉の前までたどり着いた。
「……それで、どうすりゃいい?」
扉の前まで来て、東悟は俺達を見る。
「いや、おい、東悟。お前、何も考えて無かったのかよ。よく勇んで来れたな」
「……悪い。敵がいる思って、ただ来ちまった」
俺は東悟に呆れてため息をつく。……こいつ、こんな考えなしだったか? あのセントラルに挑んだ時からそうだったが、東悟も此処から出ようと少し焦っているのかもしれない。
「とりあえず、作戦を立てよう。……誰がどう戦うか、それを考えるんだ」
「そうね。だったら……」
俺の言葉で、話し合いが始まった。内容は、中に入る時と戦闘時の俺達の配置についてだった。
「武器を持っている私と久木原君が前衛。高崎君、氷藤君、野田君、それに堀口君はその後ろでサポート兼攻撃役を、後ろでは矢島さんと江藤さんで、残った三人を守る。そして、怪我をしたら矢島さんが回復。……これでいいかしら?」
「ああ、それで行こう」
「……すまない、俺らが何も出来なくて……」
「いえ、浅尾君は〈超嗅覚〉で敵を把握してもらうわ。それに中に入る時は、西田さんの能力も必要になる。三原君の魔法だって、上手く使えば敵を欺けるかもしれない」
「……! そ……そうか……! 分かった! 俺、やるよ!」
「役に立って見せる! 任せてくれ、皆!」
「わ、私も、頑張るね!」
この人は、……白川さんはすごい。俺は素直にそう思った。
俺が戦いの事しか考えていなかった時、彼女は仲間を活かし、鼓舞する事も考えていた。いかに自分の視野が狭かったかを痛感してしまう。仲間を信頼すると彼女に言っておきながら、今それを忘れてしまっていた。
「すごいな……白川さんは……。俺なんかじゃ、とても真似できない」
俺はそんな彼女の姿を見て、そう零す。彼女に副リーダーとして指名されてから、俺は一つもそれらしい事が出来ていない。
だが、そんな微かな呟きは、隣にいた矢島さんは聞こえていたらしい。
「……高崎君? 何言ってるの? 真似なんかしなくていいのに」
「え?」
「皆一人一人役割……みたいなものがあるんだよ。自信を持って。高崎君は高崎君でしょ? 無理しなくても、きっとそれは見つかるよ」
彼女のクッキリとした目が、俺をじっと見つめている。俺の方を向いたときに、彼女の肩程まで伸びた髪が、くるりと揺れた。
急に話しかけられてびっくりした俺は、気の利いた返事を帰すことが出来ず、オウム返しのように彼女の言った単語を口から出す事しかできない。
「役……割……」
「うん。白川さんみたいじゃなくっても、高崎君にも、できる事はある筈。それを見つければいいんだよ。無理に目指そうとするんじゃなくてさ」
そういって矢島さんはにこりと笑う。
俺にも、できる事はある。果たせる『役割』がある。
その言葉が、心に深く残った。




