第二十二話 必要なモノ
俺と浅尾は、森の中を進んでいた。浅尾の〈超嗅覚〉で白川さんの匂いを辿りながら、俺は木々に付けられた目印を見る。
「この森も、大分方向が分かりやすくなったな。三原のおかげで」
「ああ。あいつの〈塗装魔法〉で一定間隔にマーキングされてるからな」
三原の魔法も、浅尾と同じく戦闘向きではなかったが、こういう分野でクラスの役に立っていた。
俺達はしばらくそうして会話をしながら、森の中を歩く。
結局、矢島さんは来なかった。白川さんの事を心配そうにしてはいたが、昨日の事で怯えているようだった。だから、白川さんとは俺一人で話をつける必要がある。
「……いたぞ。高崎。後は任せた」
「ああ」
赤色に木に塗られた矢印。その先で白川さんは俺達に背を向けて丸太に腰かけていた。
浅尾は俺から遠くへと離れていった。頼んだ手前、会話を聞くのは失礼だからということらしい。妙なところで礼儀正しい奴だなと思いながら、俺は白川さんに近付く。
周囲の風景は、一見するとどこも変わったところは無い。しかし、よく見てみると彼女のレイピアによるものなのか、地面や木、葉に細かな傷が大量につけられていた。
白川さんは、ぼうっと虚空を見上げていたようだったが、俺がレイピアの射程内まで近付いた時、飛び上がる様に俺の方を振り返った。
「!? あ……高崎君……。ごめんなさい。何か用かしら?」
「ああ……。皆、君の事を探していたからな。呼びに来たんだ」
彼女の反応に驚いたが、表情には出さないように努めて話す。目元を見ると、うっすらと隈が出来ていた。おそらく、昨日は一睡もできていないのだろう。
「そう……ねえ高崎君。昨日は……本当にごめんなさい。怖かったでしょ?」
白川さんは、俺に頭を下げる。昨日の野田に対する発言の事を言っているのだろう。
しおれるような姿を見せる彼女は、心なしかいつもより小さく見えた。
「確かにそうだけど、あんな戦いの後だ。仕方ないだろ」
「いいえ。……私は普段から、そんな事を考えていたの」
「……え?」
「いつも……学校にいた時から、嫌いな人を見たら……心の中で死んでしまえって思っていたの……。鈍臭い人とか……、うじうじしてる人とかを心の中で殺して……。私の邪魔をしないでって、そう考えて……。それが此処に来てから、益々強くなっていったの……」
白川さんの言葉には、ドロドロとした感情が込められていた。うつむいてそう語る彼女の顔は、髪で隠れてしまってよく見えない。
「私は……そんな女なの。自分よりも、平気で他人を殺す」
それ以上の言葉は無かった。白川さんは話の中で俺を見ようともせず、今も俺から目を逸らしている。
そんな彼女に――俺は、少しも同情出来なかった。
「……自分だけだと思うなよ」
「……」
「ふざけんな。心の中で他人を殺す? 誰だってそうだろうが。俺も、嫌いな奴に死んでほしいって頼んだことは何度だってある」
同族嫌悪という奴なのかもしれない。昨日、東悟に言われた言葉が頭をよぎる。
『意外と、周りの事を見れてねえんだな』
ああ、そうだ。俺は一人だったんだ。こんな所まで来て、まだ一人でしかなかったんだ。自分の事にばかり夢中だったんだ。周りの事を考えているようで、見ていたのはいつも自分だけ。
だから意地を張る。周りに頼ることをせず、一人でリンチに遭って死にかける。
自分の為に、弱さを見せたくないから、一人で隠れて周囲に当たり散らす。
「そうやって一人で籠って、満足かよ。……俺達を何だと思っていやがる」
「……なんですって?」
白川さんは、会話の中で初めて俺を見た。目が吊り上がり、普段の彼女以上の厳しい表情が、俺に向けられた。
それに怯まず、俺は更に言葉を続ける。
「俺達は、もう一人一人の集まりじゃいけねえんだよ」
「悪い!? 私が一人でいることが!? もううんざりなのよ! この戦いも、私自身も!!」
「良いか、悪いかの話じゃないんだ。白川さん。そうしなければ、また誰かが死ぬ。……こうやって一人になってしまうから、誰かの手を握り損ねてしまう」
太田川に伸ばした手。それは、本当に届かなかったのか? もう少し堪えれば、あいつを助けられたのかもしれない。
その為の『何か』が俺にはなかった。今考えると、それは……
「『信頼』だ……。俺達は、まだ本当の意味で仲間になっていない。白川さん。もっと俺達を信じてくれ」
「信頼……? そんなので、本当に生き残れると思ってるの!?」
「ああ。俺はそう信じている」
根拠は無い。俺の言葉だって、半分は昨日の東悟の受け売りだ。
言ってみれば、俺は誰かの思想、誰かの言葉をなぞっているだけ。
それでも、俺は自分の言葉が間違っているとは思わなかった。此処から生きて帰るために、絶対にそれだけはなくてはならないと確信していた。




