30、ラスター侯爵夫人
王様夫妻のもとにリリアの結婚式の招待状が届いていた頃、ラスター侯爵夫人も王妃様と同じく妊娠安定期に入っていました。
ラスター夫人は、自由に動ける事が嬉しくて、侍女を連れて久しぶりに街へ買い物に来ていました。
気のせいか、街の中には妊婦が多い気がしました。そして、その妊婦達がぞくぞくと入っていくお店が、今侯爵夫人の目の前にある「妖精のハーブ店」なのでした。
「‥奥様、このお店は今とても人気のハーブ店なんですよ。特に人気なのが、ラズベリーリーフティーなんです。噂だと、このお茶を飲むと、陣痛や腰痛が和らいだり、安産になりやすいんだそうです。」
「‥‥私もそのお茶が気になるわ。中に入りましょうか。」
侯爵夫人はハーブ店に入ると、侍女の教えてくれたラズベリーリーフティーを大量に注文しました。
お店の人が言うには、あまりの人気で生産が追いつかない為、商品は数日後に屋敷に届けます、との事でした。
‥‥ちなみにこのハーブ店は、リリアの実家が経営しているお店の一つでした。
「奥様、届くのが楽しみですね。」
「本当ね、待ち遠しいわ。」
「‥‥奥様、あれってご主人様でしょうか。お仕事帰りですかね。」
「‥‥。」
侯爵夫人と侍女は、花屋で赤を基調とした豪華な花束を買うラスター侯爵を見かけました。
「‥きっと奥様へのプレゼントですわね。」
「‥いえ、違うわ。赤は私の色じゃないもの‥。」
侯爵夫人は、侍女を連れてラスター侯爵のあとをつける事にしました。
「‥奥様、ご主人様はどこへ行くのでしょう?」
「‥‥。」
ラスター侯爵は、街の外れのとある娼館へと入って行きました。
「‥あっ‥入っちゃった‥。」
「‥出てくるまで待ちましょう。」
そう言って、侯爵夫人が娼館の側で待つ事数分、ラスター侯爵が娼館から出てきました。彼が最初に手に持っていた花束は、出てきた時にはなくなっていました。
ラスター侯爵が遠くへ去っていくのを確認した侯爵夫人は、侍女がとめるのもきかずに娼館へと入って行きました。そして受付の女に詰め寄っていき、女を質問攻めにしました。
「あの‥、今来た男性はここへ何をしにきたのですか?前から来てたんですか?花束を誰かにあげていませんでしたか?」
「‥あなたはどちら様でしょうか?」
受付の女は、興奮した様子の夫人とは対照的に、とても落ち着いていました。
「私は‥、私は‥さっきの男性の‥。」
夫人が答えようとすると、受付の女が夫人のお腹の膨らみに気付き、椅子を勧めてきました。
夫人は大人しく椅子に腰掛けて、出されたお茶を飲み干しました。
「あなたは、先程の男性の奥様‥ですね?男性がここに入るのを見てしまったから、ここに問い詰めに来たという事でしょうか?」
「‥はい。」
「本来なら、お客様の個人情報は絶対に漏らさない事になっているのですが‥もう時効だし、良いでしょう。お教えします。」
「‥お願いします。」
受付の女は、ラスター侯爵がここに来た理由を詳しく教えてくれました。
女が言うには、彼はここに昔いたベラという女の供養に来たというのです。
なんと、ベラは元々この娼館で働いていた娼婦だったのです。
ベラはもともと捨て子で、物心つく頃にはこの娼館で下働きをしていたそうです。顔も地味で性格も暗くて、陰気な子だったそうです。
そんなベラが、ある日お姉様方の手で化粧を施されると、なんと豪華な美女に大変身したのです。
化粧で美女に大変身したベラが、年頃になってお店に出るようになると、一気にお店のトップになってしまいました。
そして、お店の客に紹介されたラナウェル伯爵に気に入られて結婚したのです。
ところが、そのラナウェル伯爵邸で、ベラは恋をしたのだそうです。伯爵の友人、ラスター侯爵に‥。
ベラは伯爵が病で亡くなると、すぐにラスター侯爵と恋仲になりました。
そして、夜の街で賭博をした後は必ずこの娼館の一室を借りて、二人で朝まで過ごしていたというのです。
ラスター侯爵は、そんな二人の思い出の部屋に花を飾ってベラを供養する為、今日ここへ来たのだそうです。
「‥奥さん、男の浮気なんて所詮浮気に過ぎないの。本物の奥様には勝てっこないのよ。それに‥‥ベラは私からしたら、悪女でも何でもない、ただの可哀想な女なの。」
受付の女はそれだけ言うと、他のお客の対応をしに行ってしまいました。
「‥奥様‥。」
「‥大丈夫。なんとも思ってないわ。寧ろ色んな事を知る事が出来て満足よ。‥私は可哀想な女にだけはなりたくないの。‥だから平気よ。」
侯爵夫人はそう言って、侍女に微笑んで見せました。
それから数日後、夫人のもとにラズベリーリーフティーが届きました。
夫人は、庭師に青を基調とした花束を頼むと、それを部屋に飾り、届いたばかりのラズベリーリーフティーを侍女に淹れてもらう事にしました。
「‥ああ、なんて美味しいお茶かしら。それに‥私はやっぱり青の花が好きだわ。」
夫人は部屋に飾られた青色の花を見ながら、幸せそうな笑顔を浮かべて、自身の膨らんだお腹をさすり続けました。




