24、森の中
ベラは何食わぬ顔で公爵邸へ帰ると、テオの部屋に向かいました。
「テオ、大丈夫?なかなか目覚めないから心配したのよ。」
ベラはそう言って、ベッドで横になって目をパチパチさせていたテオを、そっと抱きしめてやりました。
先程目覚めたばかりのテオは、震える手でベラを抱きしめ返すと、ふと疑問に思った事を聞いてみました。
「ベラ、今までどこにいたんだい?」
「‥街へ行ってたの。テオの部屋に飾るお花を探しに‥。」
「‥うちには庭師がいるじゃないか。」
「‥違うの、王都で今流行のお花があるのよ。それを見てきたの。」
「‥それこそ屋敷の者に取り寄せてもらえば‥‥。」
「すぐに見たかったの!‥‥私が街へ行くのが嫌なの?屋敷に閉じ込めておきたいの?」
「‥‥いや、ベラは僕にずっと付き添ってくれるんだと思い込んでいたから‥‥。」
「疲れて眠ってる人の側に、ずっと付き添ってろって言うの?」
「‥いや、もう良いんだ。ベラ、そんなに怒らないでおくれ。」
テオは怒っているベラを必死に宥めました。
ですが‥‥この時テオの心の中では、ベラに対する不信感は少しずつ大きくなっていました。
「‥ベラ、僕の事は心配ないから、シャワーを浴びて着替えてくるといい。なんだか葉っぱがたくさんついてるし、足もともボロボロだよ。」
「‥えっ?やだ、本当だ。」
ベラは自身の服と足もとを見て驚きました。葉っぱや土などでとても汚れていたのです。
「すぐにシャワーを浴びて着替えてくるわ。じゃあテオ、後でね。」
ベラはそう言ってテオの部屋から出て行きました。
テオはベラが部屋を出ていくと、医師の処方箋を再び手に取りました。
「夜のワインは飲まずに飲んだ振りをし、そして寝たふりをする事‥‥か。何だか意味深な文章だな。」
テオはそう呟きながら、これまでの事を思い返してみました。
「夜のワイン‥ワイン‥。」
テオがワインを飲むのは、ベラと夜を過ごす日だけでした。しかも、ワインを飲んだ日は決まって、朝までぐっすり眠っていたのです。
それに最近では、ワインを飲んだ翌日に寝坊をしたり、昼間にぼーっとしてしまう事もありました。
これらは明らかにワインが原因だと思われました。
「僕はもしかしてワインが体に合わないのかもしれない。‥でもベラがワインを勧めてくれて飲まないのも悪いし‥‥。あっ、だから飲んだふりをしろ、と言うのか。‥‥でも寝たふりとは‥‥。」
結局、テオには医師の処方箋の真意は正しく伝わりませんでしたが、それでもテオは医師の処方箋を信じて、処方箋通りの行動を取る事に決めました。
そしてその晩、ベラは懲りずにまたテオにワインを勧めてきました。
「テオ、これはアルコール分の少ないスパークリングワインなの。‥これならテオも飲めるわ。」
「‥‥なら少しだけ貰うよ。」
テオは、ベラからスパークリングワインのグラスを受け取り、口に含んで飲み込む演技をしました。
「‥美味しいよ、ありがとう。‥だけど、何だか眠くなってきた。先に寝かせてもらうよ、ベラ‥。」
テオはそう言うと‥ベッドへ倒れ込み、眠ったふりをしました。
「‥テオ、おやすみなさい。朝になったらまた会いましょう。」
ベラはそう言って、寝ているテオの隣に来るのかと思いきや‥部屋から出て行ってしまいました。
テオは部屋の扉が閉まる音がすると、体を起こして大きな独り言を言いました。
「‥‥朝になったら会う?‥ベラはどこかへ行って、朝まで帰って来ないつもりか?」
テオは胸騒ぎを覚えて、寝巻きから簡易な普段着に着替えると、ベラのあとをつける事にしました。
ベラは屋敷の外で待つ怪しげな馬車に乗り込むと街の方へ向かいました。
テオは、屋敷の御者を急いで起こし、馬車でベラの乗った馬車を追いかけました。
すると、ベラの乗った馬車は街の賭博場でとまり、他の男にエスコートされてベラが馬車から降りて来ました。
テオは、賭博場から少し離れた所で馬車に乗ったまま、ベラの事を張り込む事にしました。
御者は、あくびをしながら恨めしそうにテオを睨みました。‥ですが、テオはそんな事に気付きません。ベラが賭博場へ他の男と来ている事にショックを受けていたのでした。
二時間程すると、ベラは男と話しながら賭博場から出てきました。二人はまわりを見回して、誰もいない事を確認するとキスをしました。それから馬車に乗り込み、街から離れて行きました。
テオは居眠りしていた御者を叩き起こすと、再びベラの乗った馬車を追いかけました。
しばらく行くと、ベラの乗った馬車はフェンネル侯爵領の森の入り口でとまりました。
馬車から男とベラが、大きなカゴを持って降りて来ました。そして、手にランプを持って森の中へと入って行きました。
テオは馬車にぶら下がっていたランプを外し、自身もベラ達について行きました。
森の中は暗いかと思いきや、月明かりのおかげでとても明るくて、足もとや辺りの様子がはっきりと見えました。
「‥ああ、今日は満月か。どうりで明るいはずだ。」
テオはベラ達に追いつく為に、早足で森の一本道を進んで行きました。
しばらく行くと、ベラ達の後ろ姿が見えました。道の行き止まりで立ち止まり、何やら話し合っていました。何を話しているのかは、二人から離れた所にいるテオには聞こえませんでしたが、テオはそれよりも‥‥森の奥から湖のほとりへと歩いてくる女性の姿に、目が釘付けになっていました。
「‥‥なんて幻想的で美しいんだ。」
女性の長い銀色の髪は、月明かりを反射してキラキラと輝き、薄暗闇の中で白い肌は真珠のように光っていました。そしてその瞳は夜空に浮かぶ星のような‥金色の‥、金色の瞳‥って、まさかリリアか!?
「リリア!生きてたのか!」
テオはリリアの姿を見て、思わず叫んで立ち上がってしまいました。
ベラ達は声のした後ろの方を振り返り、テオの姿を見て驚きました。
「テオ!何故ここに‥。」
「‥ベラ、君こそ何故ここに?しかもその男は一体君の何なんだ?」
月明かりの下、三人の男女が対峙して険悪な雰囲気を醸し出す中‥‥リリアは湖のほとりで静かにその様子を見守っていました。
「‥‥かわいそうな旦那様。とうとう真実を知ってしまったのね。」
リリアは誰にも聞こえないように、そう呟きました。うっすらと口元に笑みを浮かべながら‥‥。




