22、処方箋
相変わらず眠ったままのテオに、執事が側でずっと付き添いながら待つ事一時間、公爵家お抱えの医師がやっと屋敷へやって来ました。
ベラはようやく怠そうに体を起こしすと、さっさと部屋から出て行こうとしました。それを執事がすかさず止めました。
「‥奥様、どうかご主人様のお側に付き添ってあげて下さい。」
「‥疲れて眠ってるだけでしょう?‥医師なんて大袈裟な‥‥。」
執事はベラの言い草に腹を立てながらもグッと堪えて、ベラをベッド近くのテーブルの椅子へと促しました。そして、ベラが渋々とそこへ座ったのを確認してから、医師に意見を仰ぎました。
「‥‥先生、ご主人様はどうされたのでしょうか?」
「‥‥強い睡眠薬を飲んでいるせいで、眠りが深くなっているようです。」
「‥‥睡眠薬ですか?」
「‥‥でも、おかしいですね。公爵様は特に不眠症でも何でもなかった筈ですよね。それに私は睡眠薬を処方した事がありません。‥‥誰かに知らないうちに飲まされたのかも知れません。」
ガタンッ、
「‥奥様、どうされました?」
執事が大きな音に驚いてベラの方を振り向くと、ベラが太腿をさすりながら立っていました。‥どうやら急に立ち上がったせいで、足をテーブルにぶつかってしまったようです。
ベラは執事の問いに答える事もなく、テーブルの上のワイングラスを二つ持つと、部屋の扉の方へさっさと歩いて行きました。‥部屋から出て行くつもりのようです。
執事は、ベラがワイングラスを持っている事を不審に思いました。
「‥奥様、グラスは侍女が片付けますので‥。」
執事がそう言って扉の方へ歩いていき、ベラからワイングラスを取り上げようとすると‥
「‥やめなさい!いいって言ってるでしょ!」
ベラが執事の伸ばした手を振り払おうとして、ワイングラスを絨毯の上に落としてしまいました。‥ワイングラスは割れる事はありませんでしたが、中に入っていた飲み残しのワインがほとんど溢れてしまいました。
よく見ると‥片方のワイングラスの底には白い粉状の物が、ワインに溶けきれずに残っていました。
医師がそれに気付いて、白い粉が残った方のワイングラスを手に取ったところ、ベラがそれを奪い取り、急いで部屋を出て行ってしまいました。‥‥そんなベラの事を、医師は呆気にとられながら見ていました。
執事は、医師の前で失礼の限りを尽くしたベラに心底呆れてしまいました。
そして、医師に心から謝罪しました。
「‥先生、大変失礼をしました。」
「‥いえ、大丈夫ですよ。お気になさらずに。」
医師はそう言って、先ほど絨毯に溢れたワインの匂いを嗅いだり、指で少しとって舐めていました。
「‥‥強い睡眠薬の匂いと味がします。それに、あれだけグラスの底に粉が残っているのをみると、相当な量をワインに混ぜたようですね。でもまぁ、極少量しか飲んでいないようなので大丈夫でしょう。‥とはいえ、今日一日は起きないかもしれませんね。」
「‥‥‥。」
医師も執事も、先程の様子から明らかにベラが怪しいと確信していましたが‥‥。
「‥まあ、証拠がありませんからね。迂闊な事は言えません。」
医師はそれだけ言うと、執事にテオの処方箋を渡してから帰って行きました。
その処方箋には不思議な事に、薬剤などの指示や服用方法など一切書いてありませんでした。
「夜のワインは飲まずに飲んだ振りをし、そして寝たふりをする事。」
処方箋には、ただこの一文が書いてあるのみでした。




