20、それぞれの幸せと悲しみ
テオからの求婚後しばらくして、ベラは結婚して公爵夫人の座を手に入れました。そして、テオの屋敷での贅沢な暮らしを思う存分に満喫していました。
「‥ちょっと、もっと目新しいドレスはないの?‥どのドレスも気に入らないわ。」
ベラは毎日のように新しいドレスを新調していましたが、まだまだ満たされないでいました。それに‥‥
「‥ああ、それにしても退屈だわ。」
ベラは、屋敷の人事や資金の管理をする事もせず、ただただ毎日だらだらと過ごしていた為、暇で仕方がなかったのです。
そんなベラを、屋敷の侍女達は冷ややかな目で見ていました。
そして、ベラのいない所でベラの悪口や噂話をしきりに話すようになりました。
「‥ご主人様、なんであんな女に惚れて、リリア様を蔑ろにしたのかしら。」
「‥本当よね。どう見てもリリア様のが良いと思うのだけど‥‥。」
「‥それにしても、リリア様はどうしているのかしら?それに不思議な事に、警備隊もリリア様の行方を探すのをやめたらしいの。かと言って、亡くなったとの知らせもないし。‥案外どこかで元気に生活していらっしゃるかもしれないわね。だって、奥様のご両親も何も騒いでいらっしゃらないじゃない。」
「‥‥まさか!‥でもあり得るかもしれないわ。」
公爵家の侍女達の噂話は、やがて屋敷中に広まり、そして‥‥王都中に広がって行きました。
そして‥‥リリアが実は生きていて、どこかで隠れて生きているのでは?という噂話は、お城の王様と王妃様の耳にも入るようになりましたが‥‥お二人は、リリアの噂話など全く気にもしていませんでした。
お二人共リリアが生きていて、リリアの両親の領地にある森で幸せに暮らしている事を、誰よりもよく知っていましたから‥‥。
今もお二人は、リリアから王妃様に贈られたという花の鉢植えを囲み、優雅にお茶を楽しんでいました。
「あなた、このお花の鉢植えが今朝私宛に届いたのよ。リリアさんが私をイメージして選んでくれたそうです。『イランイラン』という名前なんですって。可愛いわね。」
「‥ああ、本当に珍しい花だ。それに‥‥何て甘くていい香りなんだろう。」
「‥このお花は、どこかの国では結婚初夜を迎える夫婦の寝室に、よく置かれていたのだそうですよ。」
「‥何だかとてもリラックスしてきた‥。」
「あなた‥私も。」
その晩、王様と王妃様はとてもリラックスした状態で夜を共に過ごしました。
それから一ヶ月後、王妃様がめでたい事にご懐妊されたのでした。
王妃様のご懐妊を知った国中の皆んなは、王妃様のご懐妊にあやかりたいと、夫婦の寝室にイランイランを置くようになったそうです。そして、実際に妊娠した事例が後を絶たない中、国にまた新たな伝説が生まれました。
子供がなかなかできない夫婦が、寝室にイランイランを置くと、イランイランの花の妖精が、夫婦に子供を運んでくるのだと‥‥。
そんな風に、国中が王妃様のご懐妊のお祝いムードに包まれている中、かつてのベラの愛人、ラスター侯爵邸でも、夫婦が共に幸せで穏やかな時を過ごしていました。
「あなた‥王妃様もご懐妊されたのですって。おめでたいわね。」
「ああ、めでたいな。‥うちの子供が王様の御子と同じ年に生まれるなんて、何だか縁起がいいな。それに今年は国の妊婦の人数が、例年の倍以上になったそうだよ。」
「イランイランの花の妖精のおかげなのかしらね。」
「‥さあな。だが、うちはイランイランの花が無くても妊娠できたんだ。そんな妖精話の真意なんて興味ないな。」
「‥‥それにしても、王妃様も私と同じで長い間お子様がお出来にならなくて、苦しんでいらっしゃいましたからねぇ‥ご懐妊された喜びもひとしおの事でしょうね。」
「‥ああ、そうだな。」
ラスター侯爵は、そう言って妻のお腹をそっと撫でながら、幸せそうな表情を浮かべていました。
そんなラスター侯爵の事を‥、夫人は冷めた目で見ていました。
『‥あなた、私知ってましたのよ。あなたがベラ様と毎晩のように賭博場へ通い、その後抱き合っていた事を‥‥。
‥‥私はあなたにいつも子供の事を急かされて苦しんでいたというのに‥、あなたは呑気に賭博に浮気ですもの‥‥私はずっと死ぬほど悔しくて悲しい思いをしたのですよ。
‥‥それに、医師に妊娠の事を相談したところ、私の体には全く問題がなかったというじゃありませんか!‥‥つまり、私が妊娠しなかったのは、あなたの体の方に問題があったのですよ。
‥‥私、考えましたの。あなたと同じ髪色と瞳の色の男性に抱かれて、その男性の子を妊娠しようかと‥‥。
あなたのいない夜に、私‥‥勇気を出して如何わしい夜会に参加しましたの。
その夜会では、皆んな仮面を付けてましたから、髪色はすぐに分かりますけど‥瞳の色まであなたと同じ男性を探すのは大変でしたのよ。
あなた以外の男性に抱かれるのは怖かったわ。でも、心を無にしてとある男性と結ばれましたの。彼には避妊薬を後で飲むから‥と騙して避妊させませんでした。
私はその晩、あなたに抱いて欲しかった。見知らぬ男性の痕跡を消して欲しかった‥‥。なのに、あなたは帰って来ませんでした。どうせベラ様を抱いていたのでしょう?
私は広いベッドで一人泣き続けました。その晩だけで、一生分の涙を流したかもしれません。
泣き疲れて眠ってしまった私は、翌朝目覚めると同時に、あなたへの愛を失っていました。
あなたへの恨み辛み、恋慕の情、全てを失っていました。私の心は空っぽになってしまったのです。
それから一ヶ月間、私は月経が来るのを待ちました。ところが一ヶ月以上経っても月経は来ませんでした。
医師に見せると、なんと妊娠してるじゃありませんか。
‥‥不思議な事に、あれほど今まで妊娠出来なかった私が、見知らぬ男性とのたった一回の交わりだけで妊娠できたのです。
‥‥フフフ。ねえ、あなた‥私の体には欠陥なんて何もなかったのよ。それに赤ちゃんの出来にくいあなたの為に、見知らぬ男性に抱かれてまで妊娠した私は、よく出来た妻でしょう?』
「フフフ、フフ。」
「‥‥珍しいな、君がそんなに楽しそうに笑うのなんて、久しぶりに見たよ。」
「‥私、今最高に気分が良いの。」
「ああ、僕もだよ。」
『‥フフフ。かわいそうな旦那様‥‥。あなたはこれからずっとこの子を自分の子だと信じて育て続けるのよ。‥‥私と見知らぬ男性の作った子供だとは知らずにね。
‥‥私、この子の為なら何だってするわ。あなたの事だって一生騙し続けてやるわ。』
ラスター侯爵は目を閉じて、夫人の少し膨らんだお腹に耳を当てて、夫人のお腹の中の赤ちゃんの心臓の音を聞いていました。
そんな幸せそうなラスター侯爵を、夫人はやはり白けた目で見ているのでした。
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