【6・行先は】
【6・行先は】
衛士隊のマアマア亭突入から2日後。
「この度はお世話になりました」
サルード正門前広場。出発しようというベルダネウス達を見送りに来たナノたちがそろって頭を下げた。
「いえ、私どもこそ余計なことをして、却って盗賊団を逃がすことになって申し訳ありません」
「いえ、申し訳ないのはこちらです」
申し訳なさげにコロラッドが頭を掻いた。彼の目は治癒魔導でも治らず、眼帯をしている。童顔なだけに眼帯がものもらいを隠しているようだ。
「もう彼女をあんな目にはあわせませんよ」
ナノを見つめる彼の目は衛視の目ではなかった。それに照れるように彼女は頬を染めて目を伏せた。昨夜、コロラッドはナノに結婚を申し込んだのだ。その返事は記すまでもないだろう。
「あーあ、結局、おいらはただ働きの叱られ損、姉ちゃん達の恋をまとめて終わりかよ」
唇をとがらし、恨めしげにファリーが姉とコロラッドを見る。その頭にナノのゲンコツが飛んだ。
「何言ってんの。こんな良いお兄ちゃんが出来たんだからもっと喜びなさい。そもそもあんたが2人の人殺しを見た時、そのまま衛士隊に駆け込めばこんなことにはならなかったんだからね」
「反省してまーす」
言う彼の顔はどう見ても反省していない。
「こらこら、反省する時はもっとしんみりとした顔をするものです」
ベルダネウスが懐に手を入れると、小さな袋を取り出し
「約束していた私からの感謝だ。君があそこで石を投げてくれなかったら、私は死んでいたかも知れない。命の恩人だ」
「いやぁ、それほどでも」
照れながら受け取った袋の中を見て、照れ笑いが凍り付いた。
「少なっ! おじさん、命の恩人に対する謝礼ケチってどうすんの」
ファリーの訴えをベルダネウスは軽く笑ってスルーし
「これはナノさん達へ。時間が無かったので、これでご勘弁を」
ルーラから2人に木箱が渡された。中を見せると純白の生地である。
「花嫁衣装を作るのに使ってください」
触ってみてナノが驚いた。手触りと良い、生地の光沢と良い。明らかに彼女たちとは縁のなさそうな高級生地だ。
「そんな。本当に良いんですか? こんな高そうなの」
「ご安心を。代金の半分は弟さんからいただいています」
「え?」
知らないよとばかりにファリーがきょとんとし、ハッとして中身のしょぼい謝礼の袋を見直した。
そんな彼の肩をベルダネウスはぽんと叩き
「良い弟さんだ。謝礼を使ってお姉さんの結婚祝いを買うなんて」
「ファリー、ありがとう」
必死に笑いを堪えながらお礼を言う姉と未来の義兄の姿にファリーは
「……ずるい」
大人の世界の理不尽さを垣間見るのであった。そんな中、先日、毛並みを整えてくれたことを覚えているのだろう。グラッシェが慰めるように彼の顔に頬をすり寄せた。
「おいらの味方はお前だけだ」
撫で返すフェリーの顔をグラッシェがお返しとばかりになめ回す。
「やめろ、臭いぞ」
彼がグラッシェの涎まみれになって慌てて離れるのを、一同は笑いを堪えて眺めた。
そこへ物々しい馬車が3台連なってきた。ざわめきの中、人々が道を空ける。
衛士隊の囚人輸送用馬車だ。衛視を乗せた馬車が前後を挟むように先導し、後ろに張り付いている。
中央の囚人用馬車、鉄格子のはめられた窓の隙間から、目隠しをされて座らされているイルトとレーレンの姿が見える。2人とも必要最低限の治療しか受けられていないため、怪我は治っていない。
イルトは両手両足を縛られ、レーレンは怪我のため縛られてはいないものの、首と両手両足が包帯で覆われ、満足に動けそうにない。
一同はしばし言葉を忘れ、目の前を通り過ぎる馬車を見送った。
ナノが馬車に目を向けたまま、コロラッドの腕をつかむ。
「大丈夫。仕返しなんかさせやしない」
彼女の肩を抱き
「2人ともあの怪我ではしばらく動けないし、動けるようになる前に縛り首になるよ」
「でも、あと1人は……それに盗賊団も」
コロラッドには無言でさらに強く彼女の肩を抱く。
ソルスはまだ捕まっていなかった。ファブリック達の行方も解っていない。
「大丈夫でしょう。お話を聞く限り、彼らは不必要に一般人を傷つけることはなさそうですし、そんな余裕も無い。仮に町に残っているとしても、彼のあの髭は目立ちます。
髭は剃ることも出来ますが、ああいうタイプは自分にこだわります。髭を剃るぐらいなら、この町を遠く離れることを選ぶでしょう」
ナノが顔をあげた。が、その顔に浮かんでいるのは安堵ではなかった。まさかと言いたげな驚きの表情だった。
(!……)
彼女は浮かんだある考えに戸惑っていた。
マアマア亭で縛られ、衛士突入の声にイルト達が出ていった後、ファブリックがソルスを連れて部屋を出た。その後、廊下から何か争うような音と声が聞こえてきた。目隠しが耳を覆っていたのと、ドア越しだったので何を言っているかもよくわからなかったが、その時微かに耳に入ってきた声は。
「どうしました?」
心配そうに聞くベルダネウスと同じ声だったように思えてならないのだ。それだけでなく、突入時の衛士の声も彼に思える。
(ううん、そんなはず、ない)
もしもあの時の声が本当にベルダネウスのものだったら、彼は塩土団の仲間で、自分に嘘をついたことになる。
自分の目隠しを取っても縛ってある縄を解かなかったのは、自分をあの部屋から外に出さないためではないのか。
ファリーに動けなくなったレーレンの見張りをさせたのは、マアマア亭に入れさせないためではないのか。
そして、衛士の接近を盗賊達に教えて一刻も早く逃げ出すよう促したのではないか。
次々浮かんできた疑惑を、彼女は懸命に振りほどいた。
(そんなはずはない)
激しく首を振ると、まだぎこちなさを残る笑顔を彼に向けた。
「それでは、私たちもそろそろ出発します。お元気で」
ベルダネウスは一礼すると、未だむくれ顔のファリーに
「来年来た時もまたグラッシェの世話を頼むぞ」
「今年の倍、手間賃くれたらやってやるよ」
「わかったわかった、約束だ」
「本当か?」
「私も商人の端くれだ。お金の約束は守る」
現金なものでファリーはにやりと笑うとコロラッドに
「おい、聞いただろう。来年、この約束を守らなかったらこいつを捕まえろよ」
「わかっているよ」
彼の返事でファリーもようやくすこし機嫌が直ったらしく、笑顔になった。
「あの、よろしければこれ。移動途中にでもどうぞ」
ナノが紙袋をベルダネウスに渡す。中を見ると野いちごのタルトがいくつも入っている。
「これは美味しそうだ。遠慮無くいただきます」
「代金払えよ」
言ったファリーの脳天を、ナノの拳が直撃した。
手を振る3人に見送られながら、ベルダネウス達はサルードを出た。御者台でベルダネウスが手綱を握り、屋根の上にルーラが座って周囲を見張る。いつもの移動姿だ。
しばらくは乗合馬車や他の商人の馬車達ともすれ違っていたが、山道を行き、町が見えなくなった頃は、周囲に旅人や他の馬車の気配はなくなった。
「ザン、もう大丈夫よ」
馬車の屋根から身を乗り出したルーラが言うと、それを待っていたかのようにベルダネウスは馬車を道の脇に止めた。
ルーラが馬車に入り、岩塩の箱を「よいしょ」と持ち上げ、ずらす。
さらに空いた床を軽くノックしながら
「もういいですよ」
と声をかけた。
すると、ノックしたところの床板が外れ、中からソルスが出てきた。薄汚れた作業着姿で、いかにも人足といった感じだ。
「ずっと同じ姿勢で苦しかったでしょう。もともと人を隠すところではありませんからね」
ソルスはそれに答えることもなく、馬車から飛び出した。
「あっちに隠れやすい茂みがありましたよ。湧き水も近くに」
ルーラが指さした方向に走り、草を掻き分けて奥に入る。
少しして、すっきりした顔でソルスが戻ってきた。
「お疲れ様でした」
笑顔で差しだされた瓶の水を彼は一気に飲み干し、彼はやっと一息ついた。
「もう少し急げなかったのか。もう少しで漏らすところだったぞ」
「渡した空瓶は使わなかったんですか?」
彼が隠れていた隠し棚から口の大きな空の壜を取り出した。中身は空のまま固く栓がしてある。
「使いたくなかった」
気持ちはわかるので、ベルダネウスたちもそれ以上は言わなかった。
再び馬車が動き出す。今度はルーラが手綱を握り、ベルダネウスとソルスは荷車の中で向かい合って座る。
改めてファブリックとの間で結ばれた約束を確認し
「というわけで、これからフレックまで、あなたは私に雇われた使用人と言うことになります。ですから当然、フレックまでの宿代食事代は私が持ちます。あなたが望めば、途中で私たちから離れることも出来ますが、その場合、契約はあなたの事情での打ち切りとなります。私の落ち度ではないので違約金などの類いは一切払いません。着の身着のままで出ていってもらいます。よろしいですね」
「……ああ」
ソルスは渋々頷いた。
「ところで、親父はどうするのか聞いていないか?」
「聞いていません。顔もばれてしまいましたし、しばらくはどこかに身を潜むことになるでしょうね。それから先は解りません。でも、彼ほどならばあちこちに隠れ家や仲間もいるでしょうから、それほど心配は無いでしょう。
でも、塩土団はほぼ消滅と思って良いでしょうね。いくら彼でも、仲間を再び集めて大仕事をするのはキツいでしょう」
「そうか……」
「向こうに着くまでは時間があります。それまでにじっくりと今後のことを考えてください」
静かにうなだれた途端、ソルスの腹が鳴った。
「そう言えば、今日はまだ何も食べていませんでしたね。甘いものが苦手でなければどうぞ」
ベルダネウスが渡したのは、ナノがくれたタルトの袋だった。
むくれ顔で受け取ったソルスが、中のタルトをつかみ取ると貪るように口に入れた。立て続けに2つ食べ
「うまいな。どこの店のだ?」
それには答えず、ベルダネウスが御者台に戻るとルーラが小声で
「教えようか、あなたが殺そうとした人が作ったものだって」
ちらとタルトをむさぼり食うソルスを見る。
「やめておけ、そこまで意地悪することはない」
ベルダネウスに手綱を渡し、ルーラは再び屋根に上がろうとするが、思い出したように顔をソルスに向けた。
「そのタルト、あたしとザンの分も残しておいてよ」
「え?」
ソルスが困ったように袋を逆さにすると、中からタルトのかけらだけがパラとこぼれ落ちた。
「……ザ~ン~」
恨めしげな目を彼女から向けられて、ベルダネウスは困ったように引きつった笑顔を浮かべるのだった。
(終わり)