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旅の終わり

「ダメに決まっているだろう! まだ住民の枠は開いているとはいえ、お前たち亜人なんか住民にするかよ」

「悪いな、気の毒だとは思うが人族優先だからなあ」

「この国は人族しか住民にしないと決めている」


 安住の地を求めて彷徨い歩いた。

 なぜ人族にしか国主が生まれないのか! 人族ばかりが世界樹の苗を手に入れられるのか!

 マグは仲間を1人また1人と仲間を失う度に神を呪った。

 遥か昔は、亜人の国主が当たり前にいたという。だが、マグが物心ついた時にはすでに今のような生活で、安住の地を求めて旅をしていた。


 幼い頃から今に至るまで、心安らぐ眠りはなかった。誰かの悲鳴で夜に起き、朝になると誰かが泣いていた。

 皆が不安を抱き、絶望と共に生きていた。

 何度拒まれようとも、安住の地を探すことを諦めることは出来なかった。諦めることは死へと繋がるのだから。


 今日もまた、命がけで狩りをする。もちろん狙うのは獣や比較的弱い魔物である。女、子供は食べられる木の実や薬草などを拾う。日が明るいうちの狩りとはいえ、安全ではない。狩った獲物の肉や魔物からとれる魔石は犬耳族にとっての大切な収入源である。

 国の商人にそれらを渡し、塩や堅パン、稀に衣服や武器などと交換する。

 もちろん足元を見られた取引である。だが、それでも生きるためにはその条件を飲むしかない。


 そうやって生きていくしかないのだ。

 マグ達だけではない。亜人はほぼ同じような生活をしているだろう。

 彼らの働きによって世界樹の結界の中で暮らす住民は、安全に肉を手に入れることが出来ている。

 




 新たな国で、住民募集が始まった。幸いなことに今マグ達がいる場所からそう離れていない。

 国主は人族だが、珍しいことに募集住民に対しての制限がない。人種やスキル、見目や年齢、性別まで詳細に住民制限をかけるのが大半である中で極めて異例だった。


「おじいちゃん、今度の国は私たちを受け入れてくれるかなあ?」

「ばっかだなぁ、おまえ。無理に決まっているだろう! 人族の国主が俺らを住民にしてくれる訳ねーだろう」

「そんなことないよ、ね、おじいちゃん」


 涙目でマグに話しかけてくるのは、今年5才になった孫娘のリノだ。マグにとっては息子夫妻の忘れ形見であり、目に入れても痛くないほど可愛がっている。

 対してリノの言葉に辛辣な返事を返している少年は、ジーノと言って7才の割に頭がいい。

 ジーノは少し早いが、大体の者は10才になる頃には現実を知り、彼のように諦めるようになる。


「ああ、リノの言うとおり。きっと受け入れてくれるじゃろうて」


 マグ自身も住民になれる可能性が絶望的だということはわかっている。それでもまだ、幼く希望を失っていない孫に厳しい現実を告げる必要はないと思っている。

 それに長老であるマグが希望を捨てさせるような発言をすることは、ギリギリの精神で戦っている仲間を谷底へ突き落すようなものだ。それに今度の国はもしかして……という淡い希望の気持ちもわずかなりにあった。


「んなこと言って前もダメだったじゃないか! 嘘ばかりつくなよ!」


 ジーノが不満を爆発させたように声を荒げた。


「ジーノ、黙れ! 長老に向かってその口の利き方はなんだ!」


 シミルの怒りを押し殺した低い声に、ビクッとその小さな肩を震わせ口を噤んだ。

 気まずい空気が流れた。


「ジーノ、お前の気持ちもわかる。それでも今回は違うかもしれないだろう? 信じることを諦めるな」


 ジーノは小さな声で頷いた。ジーノだってわかっている。拒絶を何度も味わってきたみんなが今回ばかりは淡い希望を抱いていることに。

 だからこそ、裏切られた時の気持ちを考えるとジーノは最初から期待なんてしない方がいいと思ったのだ。


「止まれ! 前方に魔物がいる。レッドラビットだ! 幸いなことにはぐれだ。口から吐く火に気をつけろ」


 常に危険に晒され、何度も魔物との戦闘を経験している犬耳族の反応は早い。弱い者は固まり、腕の立つ者がその周りを何人かで囲う。

 そして中でも高い戦闘力を有する数人が素早く敵へと向かっていく。魔物が仲間を呼ぶ前に片をつけるのだ。

 犬耳族の中で最も強い戦士であるシミルが、真っ先に獲物に切りかかる。レッドラビットは、人間の赤子ほどの大きさで、魔物の中では肉の味もよく比較的弱い部類に入るので、よく狩る獲物である。


 シミルは口から吐く火を浴びないように、素早くレッドラビットの真横に移動し、剣を振り落とした。

 音もなくあっさりと胴と首が離れる。見事な切り口である。


 シミルの持っている鉄の剣は決して質のいいものではない。本来ならこのように切れ味のいいものではない。だが、彼の並外れたステータスの高さがそれを補っていた。


「さすが、シミルだな! よし血抜きは俺にまかせとけ」

 

 そう言って、グラストは手早く解体を済ませ、布袋に入れる。最後に、魔物が集まってこない様に地面に零れた血に土をかけた。


 天まで貫く虹色の光を目安にしてひたすら歩く。幸いなことに、この調子で歩けば本格的に日が暮れる前には目的地につけそうだ。

 途中で砂ワニや灰色鳥などの魔物に出会ったが、いずれも小物で難なく倒せた。


 そしてアクアポリスへとたどり着いた頃には、夕日が半分姿を隠していた。

 結界が張られている範囲のギリギリまで近づき、膝を折り頭を地に伏した状態で国主が来るのをじっと待った。

 住民となるメンバーはあらかじめ決めてある。まず、優先的に選ばれたのは子供、その次は女。そして戦闘能力が低い順である。女、子供などの受け入れが一人しか認められない場合は断ることに決めている。そういうことを求める国主は、今までの経験から後ろ暗いことをしているとわかっているからだ。


 だが、もし二人以上受け入れてくれる場合は、シミルも優先的に選ぶと話し合いで決まっている。シミルはその決定に自分が一番強いのだから残ると言い張ったが、長老が訳を話すと首を縦に振った。


「シミルお前は我らの中で一番強い。だからこそだ。もし国主様が我らを受け入れてくれたとしても、その扱いが優しいものとは限らない。むしろ厳しいものとなるだろう。お前が盾となれ、こんなことを頼んで本当にすまない。だが、それでも外で生きるよりは安全であろう。もしもの時もお前なら、仲間をつれて脱出出来る可能性も他の者より高いだろう。だから頼む」


 そう言って頭を下げる長老にシミルは了承する以外の道はなかった。


 長老の言葉を思い出しているとザッザッと走って近づいてくる音がシミルの耳に入ってきた。そしてその音はすぐ近くで止まった。


「ええっと、皆さんとりあえず頭を上げてください」


 思いのほか優しい声に顔を上げると、目に入ったのはまだあどけなさの残る幼い少女であった。




 

  

  


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