ルブランからの使者
セアラはルブランから帰って来た日からずっと部屋に閉じこもったままであった。
シミル達がご飯だけは差し入れているが、どうやらずっとアイテムを創っているようだった。
部屋の中からはセアラの「今に見てろ!」「絶対後悔させてやる!」と言った声に交じって高笑いが聞こえてくる。
セアラが夕食にも現れず、ルブランから帰った後は部屋に引きこもっている様子に不安を覚えた住民によって護衛達は、セアラに何があったのかと問い詰められていた。
ルブランでのことを聞いた住民は顔を真っ赤にして怒りを露わにする中、ピックスを含めた人族だけが顔を俯かせていた。
アクアポリスにいる人族達は皆、元はルブランの住民だった者である。だからこそ、ルブランがそのような態度を取ったとしてもおかしくないと思っていた。
住民皆が選民意識の塊であるからだ。
このアクアポリスに来て、嘗ていた国との違いに驚いた。そして、日が経つに連れピックス達は自分たちが取った行動を恥ずかしく思うようになった。
きっと、アクアポリスに来なかったらルブランに住む民と同じで、意識が変わることはなかっただろうとピックスは思った。
住民達は、自らの敬愛する国主であるセアラにそのような仕打ちをした人物に対して物騒な言葉を口々に吐いている。
ただ、ピックスへの気遣いなのか、その人物が彼の兄だということは護衛達の誰もが口にしなかった。
自らの口で自分の兄がしたと言わなければと思いながらも、住民たちに言う勇気はなかったのでバレなかったことにピックスは安堵した。また、そういう自分に嫌悪した。
「あのさ、この国に近づいている軍団がいるみたいなんだけど、これって国主様に知らせた方がいい? 新しい住民希望者かも」
「あのね、リノが見つけたんだよ!」
大人たちの会話に割り込んだのは犬耳族の子供のジーノとリノであった。
リノは褒めて褒めてと言うように目を期待に輝かせ、ふわふわの耳をぴくぴくさせる。
あまりにも無邪気な様子に大人たちも一旦口を閉じ、目じりを緩ませた。
シミルが「よく知らせてくれたな、えらいぞ」と言ってジーノとリノの頭を大きな手で撫でた。
ジーノは恥ずかしいのか「やめろよ、もう子供じゃない」と言って頬を赤くしてシミルの手をすぐ振り払った。
リノは嬉しそうな顔をしてしっぽをぶんぶん振っている。
ジーノも口ではそう言ったが、揺れるしっぽは嬉しさを隠せていなかった。
犬耳族や、猫耳族、兎耳族などは嬉しい時や悲しい時の感情が耳やしっぽに現れる。
大人になるにつれしっぽの揺れは抑えることが出来るようになるが、耳だけは自らでコントロール出来ないらしい。
亜人の中でも彼らのような感情まるわかりな種族は、謀略に向かないので誠実で直情的な者が多い。
「いや、国主様に知らせる前に私が見て来よう」
「じゃあ、僕も行こうかな! 誰が来たのか興味あるし」
シミルの言葉にバードが続いた結果、護衛全員が見に行くこととなった。
新しい住民が気になるのか他の者もぞろぞろとついて行く。
「あれか。ん? あいつらはまさか!」
「ハハッ。これはまた。なんで彼らがこの国にやって来たんだろうね! これは殺してくれってことかな」
シミルは近づいて来ているのが誰かわかって驚愕の声を上げた。
バードの言葉は軽いが、険悪な表情をしている。
アルダスは一言「殺す」と呟き、殺気をまき散らした。
ターシャとついてきた住民達は彼らの様子に戸惑っていた。
ステータスの高い彼ら3人には遠く離れても顔を認識することが出来たが、他の者達は人影が近づいて来ているということしかわからなかった。
そんな彼らにバードがやって来る者達の正体を告げる。
「なんだって! あいつらが国主様を侮辱した者だっていうのは本当なのか!?」
「えええ!! なんであいつらがこの国に向かっているの? あれだけ馬鹿にしていたのに!」
住民達は騒ぎ出し、ターシャは疑問の声を上げた。
「さあね、なにが目的かはわからないけどろくな事じゃないと思うよ」
バードはそう言って首を竦めた。
それにしても妙だなとバードは首を捩じる。
結界の中で過ごす人族は外に出るなんて考えもしないはずだ。
どれほど外が危険かを知っているし、結界の外にいる者すべてを見下している。
そんな彼らが外に出るということは、出ざる負えない状況になったということだ。
もしや、ルブランを追い出されアクアポリスの住民となる為に来たのか?
バードのその考えは半分正解で半分不正解であった。
さて、怒りに燃える住民と殺気を放つアルダスをどう抑えようかとバートは思案した。
このままではやって来た者達は殺されてしまうだろう。彼らが死ぬのは大歓迎だが、もしもそれで国主様に不利益がかかったらと考えると殺す訳にはいかない。
ルブランの国主に付け入る隙を与えるべきではない。
いくら国主様が並外れた能力を持っているとはいえ、腹が立つが向こうは歴史ある大国、こちらは弱小国だ。
ルブランの住民を殺したのでアクアポリスの住民を殺させろとか言ってきそうだ。国主様の性格的にそんなことは、受け入れないだろうが、そうするとどんな嫌がらせをしてくるかわからない。
僕って抑え役ってタイプじゃないんだけどなあ、とバードは脳内でため息を吐いた。
「彼らを殺したい気持ちもわかるけど、とりあえず今は抑えて。向こうは大国ルブランの住民だ。僕たちの行動次第で国主様に迷惑かかるかもしれない。まずは彼らの話を聞こう」
バードが言った“国主様に迷惑がかかるかもしれない”という言葉に住民はハッとした顔をした。
(さすがは国主様効果だな。あっという間に熱気が治まった。これなら大丈夫そうだな)
バードはその効果を目の当たりにして感心した。
そして、アクアポリスに団体が近づいてくるのをじっと待った。
「我らはルブラン国の使者だ! アクアポリスの者達がどうしても交易をしたいとと頼むのでな。わざわざ来てやったぞ! 光栄に思え!」
そう話したのはピックスの兄エイハブであった。自分が優位に立っていてアクアポリスの者を侮っているのがその一言でよくわかる。
聞いていたアクアポリスの住民達の目には怒りが灯る。
エイハブとエドガーに加え、5人の男たちがいた。男たちの服は豪華だが、あちらこちらに汚れが目立ち、それがアンバランスな印象を与える。
「交易の話を昨日したら、そっちが断ったはずだよねえ? それなのにどういうこと?」
バードが皆を代表して口を開き、嫌み交りに問う。
「あああ、あなたは――――――――――」
エイハブは問うてきた相手が竜人族だと気づき、顔を青ざめた。
彼にとって――――――いやすべての人族にとって竜人族は出来れば関わりたくない存在である。
彼らの怖さは驚異的な戦闘力と、その矜持にある。
竜人族は主を決めるとその人の為ならどんな残酷なこともやってのける。
権力や財宝なんかでは彼らを従わせることは出来ない。
数ある国々の滅びには竜人族が関わったと言われてさえいる。
エイハブはアクアポリスから来た者達など眼中になく気を払っていなかった為、昨日もアルダスやバードがいたことに気付いていなかった。
だからこそ、滅多に会うことがない竜人族がアクアポリスにいることに驚き、恐怖心を隠せなかった。
そんな中で、弟のピックスが途方に暮れた顔で立っているのを発見した。
そして話し相手をピックスへと変えた。
「おい、ピックス! おまえが昨日言っていたアイテムをもらってやるから渡せ! ほら、うれしいだろ!」
エイハブはピックスだと強気になれるらしい。偉そうな口調で命令する。
ピックスはその言葉に俯き、口を開いた。
「無理だよ、エイハブ兄さん。もう遅いよ」
その言葉にエイハブは食って掛かった。いつも逆らわず従順だった弟が歯向かったと感じたのだ。
「ピックス! 何を言っている! お前は俺の言うことを聞いておけばいいんだ!」
「…………」
ピックスは俯いたまま答えない。
エイハブは殴りつけてやりたい気分になったが、結界が邪魔して近寄れない。
イライラしながらピックスから視線をずらすと、結界の中にいるアクアポリスの住民が冷たい目で自分を見ていることに気付いた。
これだは不味いと思い、慌てて取り繕うように口を開く。
「ほら、ルブランと交易できるんだぞ。ルブランの国主様があのアイテムに興味を持ったんだ。すごいことだろう? アクアポリスの国主様だってそれを知ればきっと喜ぶさ、な?」
先ほどとは違う、宥めるような声を出す。
それでも、ピックスは俯いたまま返事を返さなかった。
「いい加減にしろ! お前はわかっているのか! ルブラン国の国主様の要望だぞ! 何とか言え!」
あまりにも見苦しいその様子に間に入ろうとしたバードの目にセアラがこちらに向かってくる姿が目に入った。
そして、セアラは人をかき分けて前に出て口を開いた。
「どうなっているか、私に説明して」




