それぞれの思い
アクアポリスへと帰って来たセアラは「今からアイテムを創るから家に帰る」と言ってスタスタと家に向かって歩いた。
護衛達はセアラのピリピリとした雰囲気に圧倒されその場で立ち尽くすこととなった。
彼らにとってセアラはいい意味で国主らしくない。喋り方も気安いし、偉そうにしない。住民の相談にも乗ってくれるし、優しくて民思いの理想的な国主だ。
だから、あんなに怒っているセアラを見るのは初めてであった。
「あ~あ、国主様お怒りのようだね。まあ、あんな態度取られたら当然だけどね! 僕だって怒りを抑えるので必死だったよ」
「今度会ったら絶対殺す」
「無理だって。アルダスの気持ちはわかるけどあいつら結界の外から出ないよ」
バードとアルダスのやり取りを青ざめて見ていたのはピックスである。
ピックスは勢いよく頭を下げ、謝った。
「すみません。オレが兄に国主様のアイテムを渡さなければ―――――――兄が国主様にあんな失礼なことをして本当にすみません」
「そんなこと僕たちに言われてもねえ」
ピックスをちらりと横目で見ながら、そう返したのはバードである。
「お前のせいじゃない。だが、お前の兄は殺す。そしてもう1人の男も」
「ひっ!」
ピックスはアルダスに殺気がこもった目で睨まれた。
まるで強力な魔獣にあったかのようで体が竦んで動かない。
「やはり、国主様がルブランに行くのを無理にでもお止めすべきだったか…………」
シミルの沈んだ声に答えたのはアルダスだった。
「それはどうかな。僕は国主様がルブランに行ってよかったと思うよ」
「どうして? あいつら国主様にあんな態度取ったのに! そのせいで国主様も怒っているじゃない」
ターシャはアルダスの言葉に噛みつくように言った。
ターシャはセアラが大好きである。もちろんアクアポリスも。だからこそ、馬鹿にされた態度をとられたことは許しがたかった。
「まあ、彼らがあんな態度を取ったのは目の前で話していた少女が国主様だって知らないせいもあるけどね。でも、そのおかげで国主様は真実を知れてよかったと思うよ。国主様は誰も知らない知識を持っている割に驚くほど世間知らずなところもあるしね。国主様は誰にでも甘いから利用されないか心配だよ。ルブランの国主は狡猾だしね。だから今回のことで国主様がルブランに対して悪感情を持つようになったのはいい事だと思うよ。出来れば国主様には人族じゃなく亜人の味方でいて欲しいって思っているしね」
バードはそう言って言葉を締めくくった。
「あなたの言うことも確かに一理あるわね。だけど、やっぱりあいつらは許せないわ! 私たちの大事な国主様にあんな態度を取るなんて! 国主様のすごさも知らないくせに! 悔しいぃ~!」
バードの言葉に頷きながらも、やはり怒りは拭い去れないターシャであった。
「あ、あの……」
ピックスはその続きを言おうか言わまいか迷っていた。バードにちらちら視線を向けているので言いたいことがあるのは周囲から見て明白だった。
「何? もしかして君が聞きたいのは、僕がさっき言った亜人の味方でいて欲しいって言ったこと?」
バードの言葉は見事にピックスが聞きたいと思っていたことを当てていた。
「はい、あの国主様はすべての種族が仲良く暮らせる国を造りたいと言っていました。種別で差別はゆるさないとも」
ピックスは唾を呑み込み、慎重に話した。
「もちろん、国主様の意思を無下になんかしないさ。国主様が望むならそう振舞う。だけどね、僕ら亜人族が今まで人族にから受けた仕打ちを忘れることはない。それは君たちもわかっているだろう? 僕ら亜人族にとって国主様は奇跡なんだ。国主様のような方はこれからもきっと現れることはないと思っている。だからこそ亜人の味方でいてもらいたいのさ」
そう話すバードはいつもの茶化した様子がない。
ピックスは初日に酷い言葉を亜人達に言った。
住民として迎え入れた後に謝り彼らから許されたと思っていた。
しかし、バードの言葉を聞いてそれが間違いだと気づいた。そんな簡単なことではなかったのだ。
『国主様がそう望んでいるから』それが理由であった。
「何? 作物を成長させるアイテムだと?」
玉座に座っているのはでっぷりと太った男である。指には幾つもの宝石が輝き、その身を覆う服も趣味の悪い装飾がこれでもかというほど付いており、値段だけは高そうである。
男は目に狡猾な光を宿らせエイハブに詰問する。
「はい、アクアポリスからやって来た者が交易にと提案したアイテムの効果はこの目で確認したので間違いありません。あのようなアイテムは始めて見ました。あれがあれば、食料の問題も解決できるかと」
エイハブは跪いた状態で答える。エドガーも隣で跪いている。
彼らのその姿からはセアラ達の前で見せた傲慢さはひとかけら見ることが出来ない。
「して、そのようなアイテムをなぜここへ持ってきていない?」
「それは――――――――――――」
エイハブは言葉に詰まった。
「早く答えよ!」
「申し訳ございません。そのアイテムがまさか本物とは思えず、その者達を追い返しました」
国主の言葉に覚悟を決め自らの失態を話す。
「この愚か者めが! いいか、そのアイテムを手に入れてくるまでこの国に帰って来るな! もし手に入れられなかった場合は追放する!」
国主の怒号が広間に響いた。
「そんな――――――お許し下さい! 追放だけは!」
「ふん、役に立たぬ者はこの国にはいらん。呆けた顔をしているがエドガーお前もだぞ。さあ、今すぐゆけ」
エイハブの懇願も意に介さず切り捨てる。エドガーが国主の言葉で自分もその対象だとわかり顔を青くした。
エイハブとエドガーが出て行った後、国主は人払いをかけた。
残っているのは国主とその息子であるチェルノである。
「してどう思う? エイハブの言葉は本当だと思うか?」
「あの男の性格を顧みるに嘘ではないでしょう。弟がスキルなしだと申告したのも彼ですしね」
どこまでも疑い深い国主はエイハブの言葉も完全には信用していなかった。
彼にとっては国民を追放することなど気に留めるようなことではなく、現物を持ってこなかったという理由だけで十分だからだ。
もしエイハブが持ってきたアイテムが国主の望むものでなかったらそれを追放の理由としただろう。
つまりはそういう男であるのだ。
「エイハブの話では、アイテムを創ったのはアクアポリスの国主であると。いくらアクアポリスが弱小国とはいえそのようなアイテムを創れるなんて脅威ですね。今の内に潰しておいた方がいいのでは?」
「ハッ! いくらすごいアイテムを創れようとも所詮は弱小国! 潰すよりアクアポリスから搾りとってやろう、国主が創るアイテムすべてをな」
チェルノの忠告を鼻で笑い、国主はあくまでもアクアポリスを弱小国と侮っていた。
チェルノは父のその様子にこれ以上言っても機嫌を悪くするだけだと思い口を噤んだ。
アクアポリスは確かにルブランから見て弱小国だ。だが、最近出来たばかりなのにもう世界樹のレベルを3にまで上げている。
これは異常なことではないだろうか?
もしこのままのスピードで世界樹のレベルが上がったら―――――――
その先を考えると寒気をチェルノは感じた。
そもそも新しい国主が誕生することこそ稀である。ルブラン国を初め大国は何百年も世界樹のレベルが上がっていない。
それが当たり前の世界なのだ。
運よく新しく国主となれた者でもレベルを1つ上げるのには何年もかかっている。そして世界樹がレベル4以上に上がった者は彼らの中にいない。
だからこそアクアポリスがレベル4まで上がることはないと思って侮っているのだ。
チェルノは嫌な予感がした。
エイハブの報告したような規格外なアイテムが創れる国主。
世界樹の異常に早い成長スピード。
アクアポリスの国主はとんでもない存在ではないんだろうかという思いが心によぎった。
一方セアラはひたすら錬金アイテムを創っていた。
セアラなりのストレス発散方法である。
「くっそう! 絶対あいつらにぎゃふんと言わせてやる! 世界樹のレベルが7だってなんだ! そんなのすぐに超えてやる! ゲームの中では世界樹のレベルをmaxまで上げていたんだ! 廃人ゲーマーをなめるな!」
アイテムを創っては叫びアイテムを創っては叫びを繰り返していた。
セアラは知らない。
セアラの怒りの原因がアクアポリスに接近していることに。