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SALVADOR  作者: れのん
後編
15/20

第15話

けしてそれは無駄ではない人生、故に私は誇りある旅立ちに向かう

 石碑を作ることを決めた後、天使はウィンスタードに付きまとうようになった。

 天使はおしゃべりで、いつも他愛のないことばかり話しかけてきた。何度会話をしても胡散臭い印象がどうしても消えず、不愉快に感じることも少なくはなかったが、今まで一人で過ごしてきたよりもまだましに思えた。

 良い人と関わるにはその人を失う覚悟が必要だから、その場合には余計疲れるが、この天使にはそんな覚悟をする必要もない。孤独なのは変わらないが、暇を埋められる程度にはなった。

 何より天使の話す話は、驚くべきことばかりだった。

 天界の組織化や秘術のこと、戦後の天界の状況など、石碑に刻むべき事項ではないものの、そういった地上界にいては知る由もない話を語られるにつれて、なかなか興味が深まっていった。

 だからか、ウィンスタードは段々と天使に質問を投げ掛けるようになった。


 例えば、つい最近では「セリファには秘術は受け継がれていたのか」という質問をしたことがあった。

 これについては石碑に記す予定が全くないために、天使はやや面倒臭そうに語っていた。


 セリファにも確かに秘術は受け継がれていた。だが、フォルゼアールの秘術とは、「永代」ではなく「所持者の子」のみにしか受け継がれない。さらには一生で一度しか秘術の能力が発揮されることがない。本来ならば「永代」ではない秘術所持者は、子に秘術を完全に受け継がせるために、自分についている秘術を取り外して子に埋め込む。

 しかしセリファはそういった作業を施されなかったために、一生で一度しか秘術の能力が発揮されなかった。

 彼女が最初で最後の予知をしたのは、自分の死期だったそうだ。

 自分の死期に気付いたために、彼女はあの時治療の中止を呼び掛けたのだろう。

 ウィンスタードはその真実を知った時、少しだけ不安が取り除かれた感じがあった。セリファが自分のように、そしてガルナのように、秘術に苦しむことのない人生を送れて良かったと思った。


 そのしばらく経った後にも、ウィンスタードはまた一つ天使に質問をした。

 次は「ガルナの秘術は、彼の死後どこへ行ったのか」という質問だった。

 ウィンスタードの秘術カレヴァンは「永代」の秘術のため、いちいち取り外して子に埋め込むという作業はしなくても良いらしい。

 だが、ガルナの身に付けていた秘術は、取り外しが可能のものだ。

 そんな秘術が、所持者が死んだ場合にはどこへ行くのだろうと何となく疑問に思っていたところだった。

 この質問に関して天使は、いつもの表情と調子で答えた。

「フォルゼアールは消滅したよ。肉体と同時に秘術が消えたのだ。彼の意識は今、天界にあるが、もう秘術の能力は完全に消えている」

「消えてしまっていいのか? 神の作った、天界の象徴なのだろう」

「あぁ、そうだ。だが、結局秘術は消耗品なのだ。秘術所持者が神の部下として、天界の幹部として働くことで初めてその象徴の意味が成立する。しかし、その目的で秘術が使われなかったために秘術はもはや天界に二つしかなくなった。創造神は、近々新しい秘術をお作りになるだろう。本来はあってはならないことだが、もう仕方のないことなのだよ」

 その答えはさほど喫驚するもののことでもなかったが、段々と、秘術というものにわずかながら興味を抱いていったものである。


 ** ** **


 石碑は、天使の言葉により大陸から離れた島に作られることとなった。大陸から南西に位置するその離島は、魔力が自ら発生されている神秘的な場所である。そんな場所に建てれば魔力が石碑を守るだろうと、天使が勧めたのだった。

 人口の増加で職を失ってしまった者、あるいは持たない者が増加したため、労働力に困ることもない。美しい石碑を作ることも、人員や貨物を離島に運ぶ船も、みるみると発達するこの時代の技術や大陸すべての資源を手中に収めたウィンスタードであれば、この事業を成すのは容易だろうということは多くの人々が思ったことだし、第一、本人も同じように思っていた。

 しかし、いざ石碑のための文章を書き始めるものの、天使に度々ダメ出しをくらい、なかなか作業は進まなかった。

「これでは神殿の方が先にできてしまうではないか」

 ウィンスタードは、怪訝な顔と声で言うものの、天使は余裕溢れる表情で返す。

「未来まで遺す言葉なのだぞ、そんな薄っぺらい粗末な文章で良いわけがなかろう。大丈夫だ、神殿など四十年以上は出来上がらぬ。そんな複雑な設計にしたお前がよくわかっているだろうが」

 天使はウィンスタードの寝台で寝転がってのんびりとしている。それを見て、ウィンスタードはやや癪にさわったが、あまり気にしないで作業に取り掛かった。

 なんといっても、今進めている作業とは、死に近づくための作業なのだ。

 この一文字一文字が、長く苦しい人生を終える瞬間に近づくための要素。

 ウィンスタードにとってそれは、自分を救うための行い以外何物でもない。この全人類の罪への罰の苦しみの中、幾人もの命を救ってきたのだから、最期は自分自身を救いたい。

 だが、そんな喜ばしい時が待ち構えているというにも関わらず、ウィンスタードはなかなか筆が進まなかった。


 特に筆が止まるのはガルナの事柄だった。

 ガルナのことを考えれば、彼の死んだ日のことばかりを思い出す。一番衝撃的で、一番悲しい日……自分の心が壊れてしまったのは、あの日が大きな原因だった。

 あの日のことを鮮明には思い出せないし、もう今では泣くこともなくなったが、それでも後悔の念だけが蘇る。

「忘れてしまったか? 二百年も経っているのだから無理もないだろう」

「……きっと昔のことは忘れたいことが多いから忘れているのだ。でもなぜだろうな。彼の死だけは、忘れられない」

 ウィンスタードは一度筆を置いた。そして下書きの真っ白な紙から視線を逸らし、ぼんやりと物思いにふけた。

 だが、天使は後ろから何も書かれていない下書きの紙を覗き込み、にやにやしながら問いかける。

「ガルナとは……お前にとってどんな存在だったのだ?」

 ウィンスタードは首をかしげる。

「……そんなことを聞いてどうする?」

「いいや、素朴な疑問だよ。そんなにも、お前にとっては特別な存在だったのか、とね」

 ウィンスタードはため息をつき、ゆっくりとした声で答えた。

「……なんだったのだろうな……。多分、昔の私のことだから、父親の代わりだと思った時もあっただろう。あるいは、ただひたすら愛していたのか。はたまたその感情が、友愛なのか恋愛なのかもわからない。……いいや、きっと違う。あの時は確かに、別の情があった」

 そして少し考えた後に、また口を開いた。

「私が彼に抱いていた感情は、愛情でも、友愛でも、家族愛でもない。もっと別の感情だと思う。とにかく、あの頃の私にはガルナの存在がすべてだった」

 だからこそこんなにも無様で情けない生き方をする道へ歩んでしまったのだ、とウィンスタードは心の中で呟いた。

 天使は「ふん」とつまらなそうに唸った。

「ガルナが生きていたら……お前自身は、この世界は、どんなふうになっていたと思う?」

「……そんなこと、考えたこともなかったな。きっと、この世界よりもずっと明るい世界だろうな。私ももっと彼らのように笑うことができて、いろんな感情を知る人間になれたはず」

 そう言うと突然悲しくなり、やや肩を落とした。少しの間沈黙が続いたが、ウィンスタードはまた別の過去を振り返った。

「ずっと若い頃、彼は私に王国を作れば良いと言ってくれた。こうして実際に王国を築き、王として君臨している今に至るわけだが……それでも私は、正直言って自分が王に相応しい人間だと思っていない」

「それはなぜだ?」

「王は民の心を知れる器を持つべきだ。……私にはそれができない。絶対の力ですべてを強引に、手中に収めてしまった愚かな王に過ぎない。だが、ガルナのような器だったら……きっともっと、民の心も豊かになっただろう。民は王に安心して心を預けられただろう」

 そう言うと、天使は笑い始めた。

 その反応に腹が立つことはなかったが、ウィンスタードはなぜ笑われているのか理解ができず、唖然とする。

「……三百年以上も生きていて、まだわからぬか? まぁわずか二年で大陸を自分の国に統一してしまえば、王の模範もいるわけがないか。あるべき本当の王の器など、わかるはずもなかろう」

 寝台にいる天使はウィンスタードに近づき机の上に腰を掛けて言った。

「王とは力があってこそ、真の王だ。第一、天界の王である創造神だって、絶対の力で世界を支配している。魔導騎士よ、お前はきっと王というものに慈しみのイメージを抱えている。心の豊かさが、民を救える要素であると信じている。――だがな、それはお前の理想なだけなのだよ。そんな慈悲だけの王国など、数年で滅ぶのだ」

 天使はウィンスタードの頬に手を添えた。

「お前の国は、お前が亡き後も繁栄するだろう。それには波があるが、お前の清く尊い血は、絶えることはない。……むしろその神聖さは、時間が経るにつれ深くなっていく」

 ウィンスタードは無表情のままだったが、冷たい声で言い放った。

「こんな国、絶え滅べばいい。大切な一人の人間を守れなかったくせに、大勢の人間を守っている私には、この国に誇りなど何もない」

 天使は喉の奥を鳴らしながら、低い声で囁く。

「いいや。お前が望まなくとも、オルストリアは繁栄する。俺にはフォルゼアールのような予知の能力はもっていないが……どの天使、どの人間が見ても明確な事実だよ」


 ** ** **


 やがて石碑に刻む文章も決まり、石碑自体も完成するようになると、ウィンスタードが直接その碑文を石碑に記し始めた。

 臣下たちは職人にやらせればよいとばかり言ったが、最後の役目は自分の手で終わらせたかった。

 膨大な文章量を一人で書くのはかなり時間のかかる作業で、先はなかなか見えないが、それを成し遂げる気力は、碑文を考えている内に何となく蘇っていた。

 石碑は何百もの部屋がある巨大な石窟となった。天井は高く、壁に刻まれた美しい彫刻はなかなかの出来映えである。ひんやりとしていて薄暗いが、建物に微量の魔力が含まれている石を使っているため、重苦しくは感じない。むしろ生命力を感じるような、神秘的な雰囲気が漂っている。

 ウィンスタードはそんな石碑に毎日泊まりながら、残りの余生をかけて文字を刻み続けた。

 そばには常に天使がいた。

 彼はおしゃべりな日もあれば、黙ってじっと文字を刻む作業をにやにやとした顔で見ている日もあったし、違う部屋でのんびりと浮かびながらくつろいでいる日もあった。

 ウィンスタードはそんな天使をさほど気にすることもなかったが、時折今まで恨んでいた、そして今でも恨んでいる天界の天使がそばにいることに、今更ながらも苛立ちを覚えることがあった。おそらく、文章を作ったり読んでいるにつれ、あの時の憎悪がなんとなく思い出してしまったのだろう。

 しかし、今さら憎しみを蘇らせたとしても、こうして年老いてからそれを考えることはどうしても無駄だった。

 だからできるだけ、考えないようにしながら文字を一つ一つ刻む。

 ウィンスタードにとって文字を石碑に記すだけの作業は、文章を決めていた頃よりもずっと心を無にできて心地よかった。つい最近は昔のいろいろな出来事を思い出したり、天使に思い出されたりと心が暗くなることばかりだったが、また外へ出たり、離島で多くの職人たちと関わる内に、心がやや軽くなっていくのを感じた。


 やがてとうとう、最後の文章を刻む日となった。

 天使は相変わらずのんびりと石室の中で浮かんだり、話をしながら過ごしていたが、ウィンスタードは少し緊張していて、やや字を刻む手が震えているのを感じた。

 ウィンスタードの心には、ようやく死が近付いてきたという嬉しさと、本当に死ぬことができるのかという疑いと不安が入り混じっていた。魔導騎士は使命を果たしたなら死ねる、などという奇妙な条件のために、特に後者の気持ちが強かった。

 自分の死が近いために、天使と別れるということが近いということも、文字を刻みながら気付く。


 だとすれば、聞いておきたいことがいくつかある。

 ウィンスタードは手を動かしつつ、天使に尋ねた。

「三つだけ……質問がある」

「良いだろう、言ってみろ」

 久しぶりに話を振られ天使は嬉しそうに言葉を返す。

「……私は戦前、死ぬ運命だったと言っていたが、それではなぜいつまでも死ななかったのだ?」

 ウィンスタードはオルストロ邸が教われたとき、家族と共に死ぬ運命になっていた。だが、家族の中で唯一生き残り、その後の人生も死ぬことはなかった。神の筋書きを完全に無視したのだった。

 だが、そんな運命を辿った理由がまったくわからない。

 天使は笑みを浮かべつつもやや困ったように答えた。

「それについてはあまりはっきりしていない。だが、我々はこのように考えた。天界とは想像から創造を行える世界だということは知っているな。それは創造神であれば完璧な能力だが、純血天使にもその能力はわずかながらあるのだ。お前たちが死ぬ予知を知った時、フォルゼアールは焦った。そして、無事であって欲しいと強く願った。その意思は創造として代わり、お前が生き残った、というわけだ」

「だが、生き残ったのは私だけだ……」

「それはお前が一番力ある者だったからだ。幼少から培ってきたその魔法の力が、天使として生きていないフォルゼアールの微力な創造の能力とかろうじて結び付いたのだよ。フォルゼアールはずっとお前が生きてくれる道を望んだ。予知の苦しみにも耐えて、それだけを八年間望み続けたのだ。それが、お前の命が今でも在る答えだ」

 それを聞いてウィンスタードは寂しそうに俯いた。

 そして心の内で、そんなに自分は生き延びなくてはならない存在だったのかと、ふとガルナに問いかけた。

「創造神が戦後もお前を生かした理由も教えよう。神はお前を、殺すことのできない人間、そして殺してはいけない存在だと思し召しになった。この人間ならば、天界の代わりに世界をまとめることができるのではないか……とね。だからこそ、これまで例がなかった、運命の筋書きを変更するということが行われた。そしてお前の死の運命をなかったことにして、代わりに秘術に苦しんでいたフォルゼアールに死の運命を課したのだ」

 ウィンスタードははっと息をのみ、顔をあげた。

「ガルナが死んでしまったのは、私が力をつけすぎたせいなのか……私が彼を死なせたのか……?」

 細くて力のない声で呟くと、天使は目を細めたが、溜め息を付きながら答えた。

「先ほど言った通り、これは我々の考えだ。ただの仮説だよ。下っ端の天使が、創造神に何かを問うことなどできない。本当のことをすべて知っているのは創造神しかいないが、その真実はあのお方が言い出さない限り我々にはわからない」

 天使はそう言って、またにたにたと、ほくそ笑み始める。

 ウィンスタードは心の内でやや狼狽しつつも、次の質問を問いかけた。

「そうだ……二つ目の質問だ。その創造神とやらの正体とは、一体何なのだ?」

 天使は壁に刻まれている文字をなぞりながら、引き続きいたずらっぽく微笑んで答える。

「創造神か……そういえばお前にはあまり詳しく教えていなかったな。創造神とは天界やこの世界を造った者ではなく、創造する力が最も強い存在にあたる。……様々な世界を支えている帳本人と言えるだろう。あのお方が何かを想像すれば、それは天界でも地上界でも現実となる。万物を成し得る能力と、無限の知識、そしてすべての世界の過去現在未来の命運を知る唯一絶対の存在……。我々天使は、そんな賢者を天界や地上界の筆頭に置いている。そして地上界の秩序を守り、天界をまとめてきた。創造神には姿が存在しない。意識だけの存在なのだ。我々もその真の姿を見たことはないし、見ることも今後一切ないだろう。さらに天使たちは創造神に何かを言及することはできない。ただ創造神から命令を与えられてその命令通りに働くだけなのだ」

「……窮屈な世界だな」

 天使は喉の奥を鳴らした。

「お前が言うと滑稽だぞ。お前も創造神の命令通りに動いているではないか。その膨大な魔力で、この大陸の秩序を守っている。三つしかない秘術の内、一つをわざわざ人間に与えた理由とは、天界の代わりに地上界を守れという創造神の命令に他ならない」

 すべての文字を確認し終わったウィンスタードはその会話で初めて天使の目を見て、「わかっている」と低い声で言った。


 石碑はすべて完成した。だいぶ年月をかけてしまったが、最後の大仕事にしてはやりがいのあるものだった。

 死ぬという目的があったからだろうか、とウィンスタードは何となく苦笑をする。

 本当に死ねるのかわからないというのに、天使の言葉などを鵜呑みにするほど希望が欲しかったのか。

 完成した今、急に現実的になってしまいやや諦めそうになりかけたが、すぐに気を取り直して、その心配は杞憂であってほしいと密かに願った。

「さあ、最後の質問をするがいい」

 天使は怪しく笑って言った。

 この不適な笑みがもうすぐで見なくてよくなると思うと清々しい気分になる。

 しかし、ウィンスタードには彼が姿を現してから一つ気になっていたことがあった。

 少し沈黙が続いたあと、ウィンスタードは真剣な表情で質問をした。

「……天使。お前は誰だ? 何を企んでいる?」

 するとまた沈黙がやや続いた。

 そして天使は溜め息をつき、落胆して言った。

「最後がそんなにもつまらぬ質問とは……。もっと気の効いた質問をしてくるだろうかと思ったぞ、期待して損をした」

「別に良いだろう……私にとっては、お前だって疑問の一部だ」

 怪しい笑みを浮かべていたのが、一気に不機嫌そうになった天使は、面倒くさそうに答える。

「俺はただの天使だ。まだ名前もないほどに位は低いが……お前を死へ導くという創造神から授かった使命を達成すれば、更なる力を持つことを許される」

「……本当にそうか? これまで何年か、お前は私のそばにいて、会話をしてきたが、お前という正体が何も掴めない。いったい、何を考えているのだ?」

 その返事に、天使は即答する。

「むしろ何が足りない? 言葉のままだ。俺は更なる位を、名誉を、力を求めている。秘術も無い、並みの天使の力にも劣る俺のような天使は、こういった"チャンス"にすがるしかないだろう?」

 ウィンスタードは眉をひそめる。

「本当にそれだけが、お前の正体か……?」

「そうだよ、それだけだ」

 ウィンスタードは解せず、もう一度問いかけようとする。

「だが……だが、天使。お前は――」

――力をつけて、どうするというのだ。

 そう問いかけようとしたが、気がつけばその石室には天使の姿も気配も無くなっていた。他の部屋を見てみたがどこにもいなくて、ウィンスタードは「とうとう天使は天界へ帰ったのだ」と悟る。

 去り際はやや腑に落ちないが、天使と別れることができたのは、ウィンスタードにとっては心が軽くなる気分だった。


 ** ** **


 窓から差し込む柔らかい朝日と細くて愛らしい鳥の声に、ウィンスタードは目が覚める。

 こんなにも清々しい朝を迎えるのは、久しぶりだと思い、一瞬だけ不穏に感じたが、その次にはひょいと体を起こして寝台から降り、窓を開けて外を眺めた。

 しばらくその心地よい朝日を感じていると、ふと、庭へ出掛けてみたいと思い始める。石碑を作っていた頃は毎日起きることすら面倒だったから、こんな衝動にかられるのは、何年もなかったことが、さらに新鮮だった。

 外に何か良いことがあるような、明るい出来事があるように感じた。

 そこでウィンスタードはすぐに外着に着替え、庭へ出掛けた。

 以前は鋭く感じた陽の光が、今は不思議なほど優しく感じる。重かった身体は、今は怖いほどに軽く感じる。

 辺りの花も警備の兵士も建物も、すべてが優しい色の景色に見える。こんなにも穏やかな印象として周囲のものを見たり感じたりできたのは何十年ぶりなのだろうと、ふと思う。

 ウィンスタードはしばらく庭の中を歩いた。どこへ向かおうとすることもなく、ただひたすらにその美しい景観を見回しながら散歩した。

 噴水を通りすぎようとした時、そばのベンチで座って本を読んでいる、髭の長い神官姿の老人がいることに気付いた。

 その少し後ぐらいに、老人もウィンスタードの存在に気付き、急いで本を閉じてから跪き、うやうやしく敬礼をしてきた。

 そして顔をあげて、朗らかな表情で挨拶をする。

「これはこれは、国王様。おはようございます。今日はお出掛けですか?」

「あ……あぁ。散歩でもしようかと思って、な。今日は何故か、体が軽い」

「それは何よりです。こんなに良い天気の日に、あなたとお会いできて光栄に思います」

 今まで庭を少し歩いただけだったが、すでに疲れてしまっていたので、ウィンスタードはその老人の隣に座ることにした。

 そして二人で庭の美しい景色を眺める。

 しばらくして老人は口を開いた。

「……不思議なものです。あなたのお姿はいつまでもお若いのに、この国のどの人間よりも多くの時を生きていらっしゃる」

 ウィンスタードはやや顔を俯かせ、か細い声で答えた。

「数百年を生きる体が羨ましいか」

「えぇ、それは羨ましいですとも。……この世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。あなたよりもずっと短い時を生きているだけですが……こんな死にかけの老いぼれになっても、私はまだ知識への執着が絶え間ない」

 老神官は、少年のように瞳を輝かせる。

(知識への執着、か……)

 ウィンスタードは心の中で小さく苦笑した。

 自分にも、多くの知識を欲した時期があったからだ。

 多くの知識、なおかつ価値のある知識を求めれば、それは自分の力となり生きる糧となる。そのことに幼い頃から気付いていた自分は、ただ好奇心と正義感のままに様々な物事を知り尽くそうとした。

 だが、知識をつけすぎた結果、取り返しのつかない罪と失敗を犯してしまった。

――知識とは危険なものだ。多くの争いと混沌と、悲劇を生み出す。

 天使が「お前が死ななかったのは、殺せない存在になったからだ。故に秘術に苦しむガルナがその死の運命を代わりに背負った」と言ってきた時に気付いたことだが、もしそれをずっと先に知っていたとしても、きっといまだ知識を欲していただろう。

 民を守る力を付けるために、知識を得なければならなかったから。

 そして恩人が言い遺した通り、生きるためにも必要なものだったから……。


「国王様……この国の繁栄は、あなたのお導きのおかげです。あなたの生きる尊き時代に生まれてこられたことを、深く感謝しております」

 老神官は深々とお辞儀をする。そして、「用事がありますので」と言い、立ち上がって城の中に入っていった。

 ウィンスタードはその神官の後ろ姿を見ながら、ため息をついた。

 彼が言っていたことこそ、ウィンスタードに対するほとんどの人間の評価だ。ずっと讃えられてきたのだから、自分がやってきた行いは他人にとっては正しかったことはよくわかった。

 だが、どれだけ英雄だと崇められようとも、良い生活が保障されることに感謝されても、ウィンスタードは自分のこれまでの行いを認めたことはない。

 認めたくても認められないのだ。これだけの努力をして、それが良い結果となったとしても、生涯を通して弱いままだった心が、自分を認めることを邪魔する。

 生きる目的とは、恩人の言葉だけだ。

 ガルナに「生きろ」と言われたから生きている。

(そのはずだったのになぜ、私は天界の頼みまでも聞かないといけなくなってしまったのだろうか)

 人々を守らなければならなくなった理由はちゃんとわかっている。自ら歩んだ道だ。

 だが、こんなにも長い間苦しむ必要があったのだろうか。

 その使命に責任を負えなくなってしまうほどには自分は生きすぎたと思った。

 あの若造の自分は、「全人類の罪を背負おう」など大きなことを言ったまでに……考え無しで無責任なことを言ったまでに、こうして何十年も先の自分を苦しめているのではないか。

 あんなことを言わなければ……。

(私はもっと、楽に生きられたんだ)

 今までも同じだったのだから、そんなことを考えても無駄だということは、ウィンスタードにはわかりきっていることだった。

 もう天使が現れる気配はない。

 死が近づいているという気分もない。

 そのことが余計に、自分は無駄なことをして生きたのかと落胆させる。

 結局期待しすぎなのも無駄なのだ。最初から、自分が救われる道などあるわけなかった。

 あんな石碑ごときで、人々が後世まで導かれるものか。


 段々と考え込む内に、ウィンスタードはいつの間にか心が暗い気持ちになってきていることに気付く。つい先程、起きた瞬間はとても心地が良かったが、またいつもの陰鬱で気怠い気持ちに戻っていた。

(もう横になりたいな……)

 ウィンスタードが自室へ戻ろうと思い、立ち上がったその時だった。

 ふと前方の花壇に、一人の少女が見えた。まるで花や蝶と戯れているように、ぱたぱたと花壇の周りを駆け回っている。

 遠くて顔はよく見えないが、城には不似合いな格好をしている……それでも別に卑しい格好ではなく、貴族のような姿をしているように見える。

(どこの子どもだろう……)

 ウィンスタードは彼女に近付こうと一歩足を踏み入れた時、あることに気付いた。

 あの少女に見覚えがある。

 すぐに思い出せなかったが、確実に彼女の記憶がある。

 ウィンスタードは無意識に、その少女に近づこうとした。

 しかし、次に足を踏み入れると、少女は花壇を離れて、城の建物の間へとかけていってしまった。


 その時、ウィンスタードはその少女の正体を確信する。

 彼女は紛れもなく、実の妹だった。ずっと昔に――天界戦争などが始まる前に、家族と共に死んだオリワルハだ。

 どうしてこんなところにいるのだろう。

 どうして逃げるように去っていくのか。

 ウィンスタードは今起こっていることが深い疑問に思えたが、考える前に足が妹の去っていった方向に動き出していた。

 そのまま角を越えると建物の間の一本道がのびる。

 その道の向こうを見ると、妹が、両親と共に手を繋いで歩いている後ろ姿があった。

「ま、待て……」

 細い道を通りながら、早足で彼らを追う。

 追っても追っても、なかなか辿り着かず、ついには彼らの姿は狭い道の間から逸れて、消えてしまった。

 一瞬戸惑ったが、それでも追うのをやめないで、家族を追い続けた。


 建物の間を通り抜けたそこは、不思議なことに生家が建っていた。

 戦争が始まる前に、天使によって壊されてしまった我が家――本当はこんなところにあるわけなどない。

 まやかしだとも思ったが、その場所はとにかく安心のできる、居心地の良い場所だった。

 驚きは隠せていないが、もはやいちいち考えることはできず、ウィンスタードはその懐かしさにしばし心を奪われた。そして、ずっと浸っていたい気持ちになった。

 だが、すぐに辺りの世界はまた城の風景になる。

 景色の変化でウィンスタードは我に返るが、先程から見る幻が頭から離れず仕方がない。

 家族も、生家も、すべて現実味のあるように見えたのだ。

 追い掛けたとしても追い付かなくてどうにもならないが、諦めきれなかった。

 だからか、ウィンスタードはまだ家族が近くにいるのではないかと思い、すぐに周りを見回してみた。

 それでも広い庭の中に見えるのは、休憩中の官人や親戚ばかりで、特別目に止まるような者はいない。

(やはり幻か……)

 幻までも見るようになってしまったのだろうか。

――いや、今まで何も見たことがなかったのだから、これは何か意味があるに違いない。

 そう思い、辺りに気を付けながら城へ入り、自室へと向かった。

 その途中で、また見覚えのある後ろ姿が廊下の曲がり角付近にあった。

 ウィンスタードがそれに気が付くと、その人はすぐに角を曲がってこちらの視界から消えてしまった。

 少しだけしか見られなかったが、その人物が誰だったか、すぐにわかった。

(あれは間違いなくセリファだ……)

 ウィンスタードは咄嗟に追い掛ける。

 角を曲がるとセリファの後ろ姿が見えたが、すぐに次の曲がり角に消えていってしまう。めげずに必死に追うが、いつまでも辿り着ける気がしない。

 どうして逃げてしまうのだろう。

(もしかして、どこかへ導いているのか……?)

 彼女の顔を見られないもどかしさに、気を付けなければ今にも見失ってしまいそうな焦りに、涙が溢れてきそうになったが、堪えて足を運ばせる。

 行き止まりの場所まで追いかけてみたが、そこにはメイドが掃除をしているだけで、セリファの姿はなかった。

 メイドはウィンスタードが来たことに気が付くと、作業の手を止めて慌てて跪いて挨拶をする。

 ウィンスタードはそれに構う余裕はなく、気が付けば質問を問いかけていた。

「おい……今、女が通っていなかったか?」

「女性の方ですか?」

 メイドは不思議そうに首を振る。

「いいえ。ここをお通りされた方は、一人もいらっしゃいませんでしたよ」

 ウィンスタードは「やはり、あれは幻なのか……」と心の中で呟く。

 それもそうだ。

 彼らは死んでいるのだから、どうせ先ほどまで見ていた人々はすべて幻なのだろう。

 だがなぜ、こんなにも心が昔に戻っているような気分になっているのか、わからない。

……何もわからない。


 肩を落として俯いているのをメイドは心配そうに顔色を伺ってきた。

「国王様?」

 顔を上げようとしたが、その前に後ろで誰かの気配が通り過ぎたのを感じた。


 咄嗟にウィンスタードは後ろを振り返る。

 すると廊下の曲がり角に人影が一瞬通り過ぎていくのが見えた。


 長い髪が揺れていた。

 とても見覚えのある、髪色と艶。

 ウィンスタードはその方向へすぐさま走り出した。



 今までの人生で、最も恩のある人物。


 間違いなくその人影とは、ガルナのものだった。

 


 彼を追いかける度に、遠い昔の思い出が、どんどんと蘇ってくる。

 つらい思い出も、良い思い出も……すべてが一度に心に溢れてくる。

 恩を返せなかったどうしようもなくつらかった後悔の気持ちが、この心に受け止めきれないほどに湧き上がる。

 ガルナは、先ほど会った、妹や、両親や、セリファと同じように、どんどんと離れていく。

 こちらは走っているのに、彼の歩みにはなかなか辿り着けない。

 でも、絶対に見失うわけにはいかなかった。だからこそ、例え廊下に官吏や親戚などとすれ違っても、何も構わず懸命に走った。


 やがて城の屋上の回廊へと出る。

 屋上には誰もいなかったが、目の前には美しい街が広がっている。


 そこは人々の笑顔と幸せに満ち溢れていた。

 ウィンスタードはその光景に釘付けになり、ガルナを追わなければならない気持ちも忘れ、やや放心状態となった。

 そして溜め息をつきながら、目から涙が溢れてくるのを感じた。

(これだ……)

――彼らはこれを見せたかったのだ。

 自分が「誇り」を持ってこの世を去ることができるように、この景色に導いたのだ。

 彼らが実際に言ったことでもないのに、不思議と、その理由が現実的に伝わった。

 それは自分が若い頃にした、「胸を張って、家族の元へ逝きたい」という決意を思い出させる。

 ウィンスタードはただひたすら、静かに涙を落とし続けた。

 今、自分には、確実に信じることができるものがある。

 民は幸福だった。

 そのことを、あの愛しい人たちに気付かされたのか、ウィンスタードは今頃になって深く実感した。


"この美しい世界を作り、保ったのは貴方だ"


 そんなふうに、彼らが背中を押してくれているように感じたのだ。


 こんなにも世界が愛しく思えるのは、何十年ぶりのことなのだろう。

 今まで愛した者たちが、自分では認めることのできなかった行いを認めてくれたことに、大いなる喜びを感じる。

 希望と誇りを持って、逝かせてくれることに。

 この世界の自分を救ってくれたことに、深い慈しみを感じる。


――今こそ、彼らに会いに行こう。

 愛しい者たちの意識と共に、幸せな記憶の中に眠ることができる。

 もう自分は二度と、苦しむことはない。







































 ** ** **



居心地の良い暗さだ。

 それでいてここは力のみなぎる尊い場所でもある。神秘的で閑静な空間が、とても快い。

 こんな良い場所に、長い眠りにつきながら一人で力を貯められるなど夢にも思うまい。

 まったく人間とは単純な生き物だ。


――だが、その単純さが、何故か我々には心がそそられる。


 そして我々の野望に一歩近づけるような希望を感じさせる。

 特にカレヴァンの秘術――魔導騎士となったあの男は、どんな人間よりも単純な人間だった。

 だからこそ、面白い人間だと思ったのだろう。

 "普通"ではない人間だが、"複雑"ではない。

 "複雑"な心だが、それを持つ人間こそが"単純"なのだ。

 彼は健気にもこの馬鹿大きな社を作り、逝こうとしたのだから、結局最期まで彼も"単純"な人間だった。

 我々はその"単純"さが、どうしても目が離せない。

 そして我々の野心を叶えさせてくれる存在として信じざるを得ないのだ。


「――俺は役目を果たしたのだから、更なる力を頂ける。そのためにこの社で……ただの生き物では開かないこの部屋で眠ることにするよ」

 天使はにやりと笑った。

「それでも、"天使"という不気味な事柄の書いてある石碑では、眠ろうにも眠れないだろう……?」

 そう言うと、文字の書かれてある壁に手をかざし、あの魔導騎士が余生をかけて作った碑文のごく一部を、別の文字へと変えていった。


――悪く思うなよ、魔導騎士。

「我々の戦争はまだ始まらぬ。だからこそ準備が必要なのだ。もちろん心の準備も、な。……故郷などを思い出さないためにも。その郷愁に心を奪われ、刃に錆を作らないためにも……」


 こんな思考をするのも、きっと人間と同じように"単純"なのだろう。

 何十年か人間と共に過ごして、同じ感情が移ったのか。

 だが、その感情を抱くことで、自分は元いた場所とはずれた位置にいる存在なのだろうと深く実感する。

 だからこの地上界でしばらくの眠りにつくのは、苦痛ではなかった。


……だが、ガルナ。

 お前のことは、どんな理由があったとしても、俺が相容れることはできないだろう。

 人間として生きたお前だが、何も知らないお前だが、その正体は完全なる天使だ。

 我々堕天使にとって、敵と同等なのだ。



 お前はこの世から、すべての人間の記憶から消えるがいい。

 代わりに俺が、お前の人生を覚えておいてやろう。


































 ** ** **


 ノズ一三〇八年、この年はエルス大陸全土が悲しみにくれる年となった。

 天界戦争の英雄である、ウィンスタード国王が逝去したのであった。

 三百年以上を生き、他の者には真似できない強大な魔力で大陸全土を守り導いてきたその偉大な国王が亡くなるなど、民は考えたこともなかった。多くの人間は未来を見失い、絶望に暮れていた。

 一方、大陸の中に、国の独立を目論むような人間が少なからずいた。各国の国守長官は、魔導騎士が亡くなったことを好機とし、自分の家柄の血筋をまた復興するべく、次々と挙兵していったのである。


 それは泥沼の戦争を引き起こすきっかけとなった。

 民も兵士も皆虐殺され、飢えて、苦しんで死ぬ。天界戦争をしていた時のような悲劇が、ことごとく繰り返されたのだ。

 かの有名な平和主義の学者は、「我々は、殺戮というものがこんなにも容易に起こってしまうことを忘れてしまっていたのだ」と嘆いた。

 その戦争は、端から見れば戦争ではなかった。

 ただの大殺戮にすぎなかった。

 人間は三百年以上も戦争をしてこなかったために、戦争のやり方がわからない。魔導騎士が亡くなったことで、荒んでいく人々の鬱憤を、殺戮をすることで晴らしているにすぎなかったのだ。

 結局、多くの国がオルストリア王国から独立していき、さらにはそれぞれが侵略を始めることが多くなっていった。

 ついにオルストリア王国の領土は、半分以下にまで陥った。


 しかし、その時にまたもや、一人の英雄が生まれる。

 ウィンスタードに次ぐ魔導騎士が、オルストロ家の中に生まれたのだ。

 その魔導騎士は大陸を救う魔術師になってくれるよう、大切に育てられた。

 そして殺戮に暮れる大陸の人間たちに制裁を下し、残虐非道の行いをする者を完全に根絶した。

 国王はあえて、大陸統一を行わなかった。それほどの栄光は、王祖ウィンスタードが統治していた時代ほど無いことを自覚しており、その程度の国王が大陸統一などをしても、また別の反感を買うだけだと思ったのだ。

 だからそれ以降、大陸全土をオルストリア王国が支配することはなくなったが、大陸の中で人道に反するような行いをする者には、制裁を加えるなど、王祖ウィンスタードが統治していた時代よりも厳しいものとなった。

 しかしそうでなければエルス大陸の秩序を保つことはできなかっただろう。

 ここで言う人道とは、ウィンスタード・オルストロがクロリアン神殿に記した道徳の碑文がすべてである。


 最後に、石碑はこう記されている。

 歴史とは繰り返すものである。

 繁栄もすれば、衰えもするだろう。

 言語も、学問も、国境も、人も、明日には変わっていることがあるのだ。

 だがその目まぐるしく動く歴史の中で、自分にとって誇りのある物事を為すことができたのであれば、歴史はまた一つ記されるだろう。

 そしてその生は確かに個人にとって価値のあるものだったと気付くことができる。


 天界戦争の英雄であったウィンスタード・オルストロは、魔導騎士としてその役目を全うした。

 彼が幾百の人々の罪の重さを抱え、それに苦しんでいたことも、死を乞いていたことも、そしてどんなことを思って死んでいったのかも、この世にいる人間は誰も知らないが、彼の存在と偉業はこの先の時代にも伝われることだろう。

 そして未来永劫、彼が遺した道徳も、教訓も、歴史も、すべてが語り継がれ、それによって人々は導かれるのだ。



 今、彼の意識は、彼の一番幸せだった記憶の中にある。


 彼の"救世主"たちとともに、その安らぎの世界で、喜びと幸せに満ち溢れた世界で、永遠に眠り続けるのだ。


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