決戦への準備 その2
史実では、名前が正確に伝わっていないようなので、早川殿の名前を春とし、春姫様としました。史実では、長女が生まれたのが、駿河時代となっていますので、すぐ生まれたこととしています。また、義元死後も、敗残の氏真と共に行動していますので、夫婦仲が良かったのだと思います。
結果的に、今川家の血筋として、北条家の血筋を残したとも言えるのではないでしょうか。はてさて、天才対決編ではいかがなりますか。
好男子いやさ講談師は見てきたように嘘を吐くでありますが、それも時には、真実が混ざっていたりするものであります。
甲相駿三国同盟を結ばれて、北条氏康が春姫様と今川義元の嫡男、氏真様との婚姻がなったのは、三年ほど前のこととなります。すぐに、長女が生まれて、可愛い盛りでもありますので、なかなかに良い感じのご夫婦です。
ただ、氏真は、まぁ普通の男ですから、当たり前でありますが、側室となった直虎や、松平家当主千千代様にも手を出しておりました。直虎とは、男子が産まれて、万千代と名付け、早川殿こと春姫が預かり、長女の綾姫と一緒に育てているところでありました。
また、三河松平家当主の千千代様も子が出来、目出度い時期でありました。
まぁ、戦国の世の習いでもありますので、直虎の子、万千代にしても、千千代様の御子にしても、人質という意味合いもありますし、当主が亡くなれば、そのまま今川の血を引く当主が誕生するという意味もあります。
「あらあら、最近は、猛り立つことが多くなりましたね」
「北条家がご息女、春殿とおられるからと思うが」
「殿御の嘘を信じても良いでしょうが、文は、遠江からですわね」
「ん・・・まぁ」
「良いのです、凛々しい遠江の直虎様が来られる文だったのでしょう」
「いや、それは、そうだが、春が居るからなのも間違っていないぞ」
「ほほほ、ありがとうございます。それで、遠江の姫は何時頃来られるのですか」
「師走の二十日には、来るとの連絡を受けた」
「明後日ではありませんか。ならば、お迎えの準備をせねばなりませんね」
「まぁ、晦日からは、春と三夜の契りを交わすゆえな」
「あら、それでは、他は千千代様と交わしたいご様子。だめですよ、身重の千千代様に無理させては」
「え、まぁ、でも春の許へ参っておるではないか」
「遠江の姫は、どうされるのです。二十日から年明けまでとは、可愛そうではないですか」
「いや、でもな、あれは虎のような姫でな、二人の時は、荒々しゅうてな」
「相模でも噂となった、遠江の虎姫は、氏真様でも厳しいですか」
「皆の前だと、おとなしゅぅなるに、な」
「昨年は、御館様が引かれた後で、ほんに羅城門の茨城童子を演じさせたと聞きましたえ」
「自分は、今川には叛かん。だから、女として抱けぬなら、遠江へ返してくれというからな」
「その時が、よほど忘れられなんだのですね」
「したが、結局は、返すこととなった」
「年に一度は、嫌じゃと言われましたものね」
「師走の二十日となれば、一度は褥を共にはする・・・」
「妾がつきあいましょうか、殿」
「つきあう、とは」
「ほほほ、虎姫様は、人前であれば、おとなしゅうなるのでしょ。優しい方なれば、この春を無下にはなさいませぬでしょう」
「そういうものかな」
「瑞光院様に言われました、強き女は女に弱いものと」
「御婆様が・・・」
「はい、”大江山が好きであれば、源次綱には弱かろう”そういわれて、正月の祝いで抱かれたのでしょ」
「そ、それは、御婆様ぁ」
「よいではありませぬか、遠江も三河も今川が御料となれば、粗略にしてはなりませぬ」
「わ、わかった。でも、今日は春が欲しいな」
「ほんに、お元気な殿・・・あっ」
仲良く、宵闇を過ごすお二人でございました。
氏真については、義元ほど天才ではなかったが、人が良く優しいお坊ちゃんという形で描ければ良いかなと思っています。ただ、早川殿が愛されて、甲相駿同盟の中で、激動の時代を生き抜いて、平和な世まで離縁せずに生き残ったという点でも、見事な夫婦だと思います。
戦国期常勝の仲睦まじい夫婦が秀吉-ねねとすれば、戦国期不敗の仲睦まじい夫婦が氏真-早川殿であったのではないでしょうか。
まぁ、多くの子をなした、男としては、氏真が最強と言えるかもしれません。
氏真については、義元ほど天才ではなかったが、人が良く優しいお坊ちゃんという形で描ければ良いかなと思っています。ただ、早川殿が愛されて、甲相駿同盟の中で、激動の時代を生き抜いて、平和な世まで離縁せずに生き残ったという点でも、見事な夫婦だと思います。
戦国期常勝の仲睦まじい夫婦が秀吉-ねねとすれば、戦国期不敗の仲睦まじい夫婦が氏真-早川殿であったのではないでしょうか。
まぁ、多くの子をなした、男としては、氏真が最強と言えるかもしれません。
浜松から駿府へと、五百騎を従え、直虎を含めた、遠江の国人衆が到着しました。
ドンドン、ドンドン。
「遠江より、父井伊直親の代理で、年末年始の挨拶に参った。開門っ」
ドンドン、ドンドン。
使者の口上が響きます。
「開門っ」
ぎぎぃーと、駿府城の門が開いていく。そこに、早川殿や侍女たちが待っておりました。驚いた直虎は、
「早川殿。お迎えなど、もったいない」
「いや、氏真様の側室なれば、正室たる妾が迎えるが道理。ほれ、国人衆達は、案内をいたすように、歓迎の用意はできておりますに。直虎様は、こちらへ」
「「「はっ」」」
一同が、声をそろえて返事をして、一行は、一人とその他大勢に分かれて移動を始める。
「早川殿。どちらへ」
「湯殿ですよ。まずは、旅の汗を流されませ」
「はい」
湯殿の用意がされていた。檜で造られた、数人入れるくらい大きな風呂桶に鉄砲風呂形式で外に配管され、薪で火がくべられていた。時代が流れると共に、血が薄れたこともありますが、戦乱が続き、湯女狐の後継が難しくなり、各地の杜湯は、薪や炭で温める方式に変わっていっておりました。狐ではない、湯女狐が多く置かれるようになったのも、時代の移り変わりということでございましょう。
侍女達に帯を解かれ、衣を脱がされて、肌を露わにして、湯殿に通されると、早川殿もまた、帯を解かれ、衣を脱がされて、湯殿へと通されました。
「早川殿。これは」
「あらあら、側室の歓迎は、正室たる妾の務めですよ。それに、早川殿という呼び方は、好みではありません。春と呼んでくださいまし」
「え。早川殿」
「は・る。ですよ」
「春殿」
六尺を超える大きな体を、ちぢこませながら応える。
「もう直虎様は、可愛いですよ」
大き目の床几に腰をかけた、直虎に対して、
手桶で湯をすくい、かけながら。
「相変わらず、綺麗な肌をしております」
「春殿は、もっと綺麗です」
「此度は、えらく早く御着きですが、何を氏真様に願うつもりですか」
「えっ」
「今宵は、妾と氏真様で、虎姫を抱きます故、ご覚悟なされませ」
「お二人・・・」
「はい。だから、正直に申されませ」
「あ。はい・・・惚れた男が出来ました」
肌が上気していくように、真っ赤に染めあがっていきます。
「あらあら、まぁまぁ。それは大変ですこと、子でも出来ましたか」
「それは、まだ・・・」
手桶に湯を満たし、手拭で背中を拭いながら、聞いて来る相手に、身体をすぼめながら、真っ赤になっていく直虎は、大柄な体には合わないくらいにとても可愛くなってました。
「あぁ、あたしは、氏真に逆らうことは無い。でも、他の男に惚れたのも事実、だから、そのことを認めて欲しい」
手桶から湯をかけ、おとなしく、湯舟につかると、春殿も入って来て、正面より直虎を見据える。
「直虎様」
「はい」
「真に、若殿、今川氏真に仕えますか。直虎、いや、井伊遠江介直虎様」
「はッ。必ず」
「ならば、氏真様には、妾よりも口添えしましょうに」
「ありがたきしあわせ」
「直虎様」
「はい」
「今年の正月は、妾も氏真様に抱かれますゆえ、よしなに願いますね」
「女としての一番鑓を受けるのは、妾に譲ってくださいましね。なれど、二番鑓からは勝負ですよ」
「は、はい。・・・千千代様もですか」
「身重ゆえ、鑓を受けぬよう助けねばなりません。良いですね」
「はっ」
春殿の気迫に、気圧される《けおされる》ように応える。
「殿、御入り召され」
湯殿の扉へと声をかける。扉を開けて、侍女達と氏真が入ってくる。
「へぇッ、氏真様ぁ」
混乱する。直虎は、湯舟にしずむように身体を隠す。既に裸となった氏真を、侍女達が手桶で湯をすくい洗う。そのまま、湯舟に入ってくる。
「あらあら、殿は、よろしいですか。直虎様のこと」
「名前は、ともかくとして、虎姫」
「は、はい・・・」
「男ができたとは、本当か」
「は、はい・・・」
「抱かれたのか」
「は、はい」
「直虎と呼ばれたいのか」
「はいっ」
「ならば、今日は寝かせてやれん。それでも良いか」
「はい」
「春も、つきおうてくれるか」
「ほんに、しょうのない殿。よろしいですよ」
風呂場の中で、一鑓突いた後に、朝まで褥で仲良くなったそうでございます。
荒く、息も絶え絶えにという状態となって、少し東の空が紫に染まる頃
「なぁ、虎」
「は、はぃ」
「おれを好きか」
「はい・・・ただ、氏真様」
「虎は、男におとなしゅう抱かれるだけの女は嫌です。自分自身で戦い、男を組み伏せ、自分のモノにしたいと思います」
「この氏真も組み敷きたいのか」
「氏真様に、女を教えられた頃、最初の頃は女になるのが嫌でした」
「そうなのか」
「最初は仕方ない、それが、女の務めと思ってました」
「違ったと感じたのは、おれを組み伏せた時か」
「はい、とても楽しゅぅございました」
「おれの方は、たまったものではなかったわ」
「氏真様は、お嫌なのですね」
「男としては、当たり前ではないか」
「わたしが惚れた男は、素直に押し倒されて、組み伏せられてしまいます」
「何っ」
「だからですよ」
「だから?」
「欲しいのに、氏真様は、あたしのモノにならないじゃないですか」
「おれが、欲しかったのか」
「そうですね。今川を倒して取れるなら、氏真様を自分のモノにできるかと思ったのですが、春様がおられては、とてもダメですね」
「あら、呼ばれましたの」
「春っ」「春様」
「あらあら、妾を置いて楽しそうにお話しですから、邪魔と思いおとなしゅうしていただけですよ」
ゆっくりと二人を抱き寄せて、
「氏真様、虎様。春は、幸せですよ。年末年始は、千千代様を含めて皆でこうしていましょうね」
「虎、おれは、春に敗けた。そのことに悔いは無いぞ」
「ははは、氏真。あたしもだ」
春に抱かれたまま、氏真は、この正月への思惑を語りだす。
「御館様は、甲相駿同盟を利用して、尾張攻めをされるつもりだ」
「うん」
「この正月は、準備のために、家督をおれに譲られると思う」
「今川家を継ぐのか」
「あぁ、相模の春。遠江の虎。三河松平の元信。正月は、宴席で三人を駿河のおれが抱くことで、三国の絆と同盟の証となさるつもりなのだろう」
「来年くらいになるのか」
「兵糧等を集めるは、駿河では既に始まっている。来年からは、三河、遠江でも始まることとなる。万の軍を長期に動かすには、来年では難しいかもしれん。米の出来にも影響するしな。二年後だと思う。手伝ってくれるか、虎、春」
「あぁ、男に惚れても、あたしの主は、氏真だよ」
「妾は、妻として氏真様を支えるだけです」
「明日は、元信も一緒に、約を固めようぞ」
「身重ゆえ、難儀するやもしれません。明日そうそうに、元信様にご挨拶に参ります」
「春。頼む」
東の空が紫に染まる頃、宵闇を徹した男と女は、少しまどろみゆくのでした。
史実では男性だろうと思われる家康を、女性キャラとしたのは、性格的な印象ですね。狐は化かして、狸は化けるというように、象徴する化けるという意味合いに、女性的な印象が強いのが、家康という人に対する個人的な感想です。
特に多感な幼少期を人質として過ごしたこともあり、おそらくは、人質となった先で、様々な状況があったとも思われます。でもって、いっそのこと女性であれば、そういったことが吹っ切れたのではないか、と思ったわけです。
「ふぅ・・・」
縁側で、ため息をついているところへ、早川殿が訪れます。
「元信様・・・お加減はどうですか、つわりはきつうございますか」
「こ、これは早川殿」
いずまいを糺そうとする元信様を押しとどめ、
「なんの、大事な体ならば、気づかいは無用にございます」
「はぁ、しかし・・・」
「それとも、元信様は、今川の子を宿すのは嫌でございましたか」
「いえ、そのようなことはございません」
「ならば、昨日来られた方を気にされておられるのかや」
「そんな、直虎様には・・・あ」
「ほほほ、昨日おいでになれた中には、直虎様を含めた遠江の一行以外にも、駿河衆や妾へのあいさつで相模衆も来られておりますよ」
「すみません・・・」
「謝ることではありません。何を気に病んでおられるのです」
「直虎様は、本当に素直でお強い方です。身体が大きいとかだけでなく、心がとてもお強いのです」
「昨年の宴ですか」
「ええ。でも宴席ではなく、宴席の前です」
「宴席の前になにかありましたか」
「駿河の者に、元信殿は、今川家に来る前は、尾張の人質であったと聞く、子の父が誰なのかと嘲られました」
「ほんに、心無い者が大勢いますことよ。それでどうされました」
「こちらが、言い返せず、固まっていると、直真様が割って入られました」
「ほぉ、さすがですね」
「はい。直虎様は、”今川家に質と戻って、二年に近いとなる子の父が、氏真様以外におられるとあらば、駿河の地は織田に蹂躙でもされたのか”と言って逆に脅されたのです」
「虎姫らしい言い様ですね」
「虎姫?」
「幼き頃にそう呼ばれたそうですよ」
「あの方らしい呼ばれ方ですね」
「元信様は、虎姫がお嫌いなのですか」
「いえ、羨ましいのです。わたしは、幼少で駿河に人質となりました。氏真様の許嫁となった後、元服のため帰郷した三河への里帰りから駿河へ戻る際、尾張に売られて織田の人質となりました。この駿府にて暮らしております。虎姫のように、三河に帰りたいと思います」
「あなたの子は、妾が育てます。そして、あなたが望めば、三河に戻ることができます。どうしますか、松平党が頭領、元信様」
「それは・・・」
「虎姫が、遠江へ帰れたのは、代わりの子を駿河に残した故です。ご自身の子であれば、代わりとなります。戻られますか、三河へ」
「良いのでしょうか、わたしが三河に戻っても」
「それを決めるのは、誰です。あなた以外にはいませんよ。松平党が頭領、元信殿」
戦国という時代の覚悟、動乱の時代に生きる覚悟を求める凛とした声が聞こえた。
「戻ります。三河へ」
「わかりました。ただ、ひとつだけお聞きしても良いですか」
「なんでしょう」
「氏真様をお嫌いですか」
「いえ、そのようなことはありません」
「信長殿は、どうですか」
「わたしは確かに、信長殿の女となりました。質となった中で、戯れに、信長殿が家中の者とすら交接ております。雪斎様が織田の信広様を虜囚とし、質の交換となり、駿府へ戻りました折、家中の方々に色々言われましたことは事実にございます。されど、氏真様は、何も聞かず、わたしの女を満たし、母となるまでに愛していただきました。わたしの女としての恩義は、氏真様にございます」
「信長殿を斬れますか」
「はい。信長殿は、友のような方でした。友のように戯れ、友との語らいのようにわたしを抱かれたのです。だから、己の男根を口で扱わせながら、目の前の角力で勝った者に、わたしの女陰や菊門を褒美とさせることもできたのでしょう。友としての情はあっても、女としての情はありません」
「わかりました。元信様。妾は、北条家の総領姫として、わが身に賭して貴方様の子をお預かりし、お育て致します」
「春様・・・ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「ほほほ。こたびの正月の宴は、貴方を見送る宴となりますね」
「それは・・・」
「昨年のこともあり、虎姫様だけでなく、妾と貴女にも参加してほしいとのお話です」
「ですが、この身重では・・・」
「わかっております。此度は大江山伝承とのことなので、元信様が身重となられた白狐様役で氏真様の背中を護り、氏真様の男根には、妾が祐姫役で、虎姫は茨城役でお相手するとのことです」
「そのような宴をするのですか」
「ほほほ、昨年が皆の印象が強かったのでしょうね。氏真様に家督を譲られるにあたって、御館様が相駿遠三の絆を固めよと仰せになられてのことです」
「家督を譲られる・・・」
「はい。今川家の当主は、氏真様となります」
「御館様は、尾張へ、ですか」
「そうなりますね。ご友人に仰っても大丈夫ですよ」
「それは・・・」
「万を超える軍の動きは、隠せるものではありませんよ、元信様。ご友人に御館様に従うよう忠告されることも、友諠にかなう行為と思いますよ」
「わかりました。尾張攻めとなれば、我ら松平党が先陣を担い、斬り拓いてごらんにいれましょう」
決断の時は下る。
史実における氏真と言う方は、評価の難しい方です。最悪のタイミングで父親の後を継ぎ、色々と対応したものの、周辺列強の草刈場にされてしまったために、正当な評価を得れなかったように思います。