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『鬼灯堂奇譚』呪月の巻  作者: あべせつ
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〈十五夜 夜半過ぎ 洋子宅〉

〈十五夜 夜半過ぎ 洋子宅〉

自宅に着くとそっと玄関のドアを開けた。

「洋子さん、洋子さんなの」

 姑の幸代のいらだつ声がした。

「はい、お義母さん、ただ今」


奥の間へ急ぐと、姑の幸代はベットの上に起き上がって、こちらを険しい顔で見ていた。

「洋子さん、遅いじゃないの。私が待っていること、わかってるんでしょ」

「はい、お義母さん、これでも急いで」

「嘘おっしゃい。たかだか駅前のコンビニに行くぐらいで、こんなに遅くなるはずないじゃないの。ここぞとばかり、羽目を外してきたんでしょ」

「いえ、お義母さん、そんなことは」


「だいたい私がミルクを飲まないと眠れないことは知ってるでしょ。どうしてそれを切らすのよ。私のことを思いやってくれていたら、買い忘れるなんてことないはずだわ」

「でもお義母さん、今日はお義母さんが家にいなさいとおっしゃったので買い物には行けなくて」

「まあ、私のせいだと言うの。今日は私も具合が悪かったから、家にいてくれと頼んだんじゃないの。常日頃から余分に買い置きをしてれば済む話でしょ。そんなふうに気がきかないから、武史だって」

「お義母さん」


「まあ、いいわ。眠れないのよ。そのミルクを温めてちょうだい。買ってきたばかりの冷たいままじゃいやよ。それから少し蜂蜜もいれてちょうだい」

「はい、お義母さん」

 

洋子は台所へ行くと小鍋を取出し、ミルクに少量の蜂蜜を落として弱火にかけた。そうしておいてから、先ほど渡されたろうそくを手に取り改めて見た。。錨型の白い和ろうそくに美しい銀華の模様が描かれている。鼻を近づけるとかすかに甘いハーブのような香りがするが、これが毒なのだろうか。それとも何かの呪術なのか。


あの輝夜という男は何も教えてはくれなかったが、適当なごまかしを言ってるようには思えなかった。これを次の満月の夜まで灯し続けれは、お義母さんはきっと。


 温め過ぎたミルクが小鍋からあふれだし、洋子は我に返った。

急いで引出をかき回してライターと燭台を探すと、それらを銀盆に乗せて幸代の元に戻った。


「お義母さん、はいミルクです」

幸代は無言で受け取ると、口をつけギャッとうめいた。

「まあ、洋子さん、熱いじゃないの。沸かし過ぎなのよ。あなたはミルク一つまともに温めることも出来ないのね。いったいご両親はどんなしつけをされたのかしら」

「すみません」


(また、いやみのオンパレードだわ。でも、それももう少しの辛抱)

内心の嫌悪感を顔に出さぬよう気を付けながら、洋子はベッドのサイドテーブルの上に燭台を置き、ろうそくに火を点けた。


「あら、何をしているの」

「お義母さんが眠れないとおっしゃるので、これを買ってきました。よく眠れる薬効入りのアロマキャンドルなんですよ」

「枕もとで、そんなろうそくを立てるなんて危ないじゃないの。私が寝込んでいる間に火事にでもなったらどうするつもりなの。それとも、それがお望みなのかしらね」

「まあ、お義母さん」

 

本音を見抜かれたかとそれ以上答えることが出来ず、洋子はろうそくを引き上げるべきか悩んだ。

その時、ろうそくが大きく揺らぎ、心地よい香りをあたりに放った。

「ふうん、でもまあ、たしかに良い香りだわ。洋子さん、私が眠ったら必ずそれを消してちょうだいよ」

「はい、必ず見に来ます」

 洋子は幸代の部屋から出ると、体の力がいっぺんに抜けたようになり廊下にへたり込みそうになった。


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