〈十五夜 子の刻・鬼灯堂〉
十五夜 子の刻・鬼灯堂〉
まるで人目を避けるかのように、ひっそりとその店はあった。空き家や空き地ばかりが並ぶ廃墟のような裏路地は暗く静まりかえり、突き当りのその店の灯りだけが道に漏れている。古びたの店の軒先に掲げられた大きな看板には《和蝋燭 鬼灯堂》の金文字が月明かりに鈍く光っていた。
「こんな時間に、まだ営業されているのでしょうか?」
「ほら、これ見てみ」
不安げに問う女に、青炎は入口の立て看板を指さした。そこには《営業時間 逢魔が時より丑三つ時まで》と墨痕鮮やかにしたためられていた。
「輝さん、いてはる?」
表から声をかけ、青炎がその店の格子戸をガラリと開けると、輝夜は入り口を入ってすぐの作業場で胡坐をかいて、ろうそくの絵付けをしているところだった。
「あ、いるいる、さあ入って」
青炎は、女を店の中に招き入れた。
「なあ輝さん、この人の話、ちょっと聞いたってくれへんやろか」
輝夜は青炎の言葉を聞くと、手にした筆を静かに置いて立ち上がり、奥座敷へと二人を手招いた。ふすまが開けられると、中央に黒い座卓だけが置いてある八畳ほどの和室が見えた。三方は壁で窓がない。自然光の入らぬその部屋に現代的な照明器具の類いは一つもなく、ただ燭台に立てられた錨型のろうそくの灯りだけが四隅に揺らいでいる。外界とは切り離された、その特異な空間に臆することなく、青炎は真っ先に入っていった。
「大丈夫やから、はよ入り」
座卓についた青炎が手招きをすると、女はおずおずと、となりに座った。
「こちらは鬼灯輝夜さん。このろうそく屋さんのご主人ね。色々と悩み相談にのってくれはるんよ。輝さん、こちらは、わたしのお客さんで、ええっと」
「白河洋子と申します」
「そうそう、洋子さんやったね。でね、輝さん、洋子さんはね、ある人を呪い殺したいんやて」
「せ、青炎さん、そんないきなり」
「大丈夫よ、輝さんはそんな相談には慣れてはるから」
輝夜は顔色一つ変えることなく、まっすぐに洋子を見つめている。
「あなたは、だれを、どうしたいのですか?」
今宵、初めて発された輝夜の声は、低くおだやかで聞く人を安心させる温かさに満ちていた。
「……夫の心を」
ろうそくの炎がじじじっと音を立て、大きく揺らいだかと思うと一筋の煙が立ち上がり、甘やかな香りを放った。
「義母を殺して、夫の心を取り戻したいのです」




