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『鬼灯堂奇譚』呪月の巻  作者: あべせつ
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《十五夜 亥の刻・高架下》

第一夜 呪月の巻



〈十五夜 亥の刻・ガード下〉


初夏の夜気には、媚薬が含まれているのだろうか。連休前夜の繁華街には、何がおかしいのか時折タガが外れたように嬌声をあげる若い女や、ぎらついた(まなこ)で獲物を物色する男たちの群れであふれかえっていた。

「今宵は満月、こら、みんな月光狂(ルナシー)いやな」

加代は、そうつぶやきながら雑踏の中から抜け出すと、メインストリートから少し外れたガード下の暗がりへと向かっていった。季節に合わぬ黒装束が、そのぽっかり空いた薄闇に溶け込んでいく。

「よっこらしょっと」

トンネルを入ってすぐの照明と照明の間の薄暗い壁際に荷物を下ろした。あまり奥では人目につかないが、商売柄明るすぎては具合が悪い。ちょうどいい場所に折り畳み式の脚長の小机を広げると、黒いびろうどの布をかけ、占いの道具一式を並べた。自分と客用の小さな椅子を向かい合わせに据えれば準備は万端、あとは黒いベールを頭にかぶれば青井加代から《占い師・青炎》への変身完了だ。


「あっ、あんなところに占いがある。優子、和也さんとのこと見てもらえば?」

ほろ酔い加減の舌足らずな女の声が、トンネル内に響き渡った。

(早速、一番客のお出ましやわ)

青炎は、あわてて腰掛けると、姿勢を正して静かに待った。

二人の娘の内、優子と呼ばれたほうが椅子に腰掛け、もう一人はその背後に立った。

「あの、恋占いをお願いしたいんですけど」

 

青炎は厳かにうなずくと、クリスタル製の水差しに入った清水を水盤になみなみと注いだ。そこに数滴のラム酒と香油をたらし、ろうそくを取り出すと火を点けた。

(さてと、ここからが見せ場やで)

青炎はオレンジ色に燃え上がる炎の形をしばらくじっと見ていたかと思うと、おもむろにろうそくを傾け、水盤の清水の中に溶けたろうを落とし込んだ。ろうは、みるみるうちに固まり、ご神託を告げる形へと変貌していく。娘たちは、ろうそく占いが珍しいらしく興味津々に水盤を覗き込んでいる。


「ふむ、炎の色、ろうの形、すべてに相思相愛の卦がでておる。今のその恋、必ずや成就致すであろう」

「いいなあ、優子。相思相愛だってさあ」

「結婚は、いつごろになりますか」

「半年後に婚約、一年後にはめでたくご成婚やね。はい、鑑定料三千円。ここから先の占いは別料金になるけど、しはる?」

「いえ、もうこれだけで」

「そう。で、お友達のほうは?」

「わたしは今のところ好きな人がいないから、また今度」

キャラキャラとさざめきながら立ち去る若い後ろ姿が見えなくなると、地下道は再び深い静寂に包まれた。


続けて客を二人ほど見た後は、パタリと客足が途絶えてしまった。

「ああ、もう十一時やんか。そろそろ店じまいしようかな。今日は九千円。まずまずやね」

青炎がそう独りごちた時、一人の女がトンネルに入ってくるのが見えた。女は一直線に青炎の元に駆け寄ると、机の前に立ちはだかった。何も言わず、能面のような顔をして、ろうそくの炎を凝視している。なにか只事ではない雰囲気に、青炎の背筋に緊張が走った。

(気持ちわるっ。なんや、この女)

不信に思って声をかけようとしたとき、女が声を出した。

「あの、……は、可能でしょうか?」

「えっ、何?」

低くくぐもるようなその声音に、青炎は聞き違えたかと問い返した。女はしばらくためらっていたが、意を決したかのように青炎に詰め寄った。

「占いで、人を呪い殺すことはできるでしょうか?」





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