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『鬼灯堂奇譚』呪月の巻  作者: あべせつ
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〈寝待ち月  戌の刻・鬼灯堂〉

〈寝待ち月  戌の刻・鬼灯堂〉

「こんばんは」

鬼灯堂の格子戸を開けると、やはり青炎が今日も来ていた。

「ああ、洋子さん。いらっしゃい。その晴れ晴れとした顔は、満願成就しはったんやね」

「はい青炎さん。この度は本当にありがとうございました。無事願いが叶いましたので、今日はお礼に伺ったんですよ。この時間なら青炎さんもいらしてると思ったので」

「ほんならお姑さんは、そうかあ、ご愁傷様でした」

拝むように手を合わせる青炎に洋子はあわてた。


「ええっ、違うんです、青炎さん。義母は生きています。むしろすごく元気になって、私にもとても優しくしてくれるんですよ。それを見て夫も帰ってきてくれたのです」

「えっほんま。旦那さん帰って来はったん。それは良かったねえ」

「はい、元気になった義母の姿をとても喜んでくれて。『これもすべてお前のお陰だ。今までのことは謝る。もう一度やり直させてくれ』と頭を下げてくれて」

「そんで、向うの女の人とはトラブル無く?」

「はい、わたしにははっきり言いませんが、どうやらお金で済む方だったようです。夫との仲も最近では冷めていたところだったようで、意外にすんなりでした」

「洋子さん、優しいなあ。これまでのこと、そないあっさり許しはるんやね。わたしやったら、ぎゅうぎゅう言わせたあげくに、罰としてダイヤの指輪の一つでも買わせたるのになあ」

「これ、加代さん」

輝夜にたしなめられ、加代はペロリと舌を出した。


「はい、わたしとて一度は鬼になりました。義母を殺そうとまでしたのです。わたしの罪に比べたら一度浮気されたぐらいが何だと思えるんです。今までわたしは自分が幸せになることばかり考えていました。義母や夫のつらい気持ちをまったく思いやってあげていなかった。だから夫も居場所を無くしていたんだと、それに気づいたんです。これからは、わたし強くなります。何があってもどんと構えて受け止められるように」

「強なったなあ、洋子さん。かっこええで」


「はい、青炎さん。ありがとうございます。それから鬼灯さん、遅くなりましたが、これをどうぞお受け取りください」

にっこり笑うと洋子は用意してきた菓子折りと謝礼の入った封筒を輝夜に差し出した。輝夜はそれらを有り難く受け取ると、中を確かめるでもなく座卓の上に置いた。そして入れ代わりに見事な柘榴の花の絵付けをしたろうそくを数本入れた化粧箱を洋子に渡した。


「これは子授けのろうそくです。 火を付けずともよいので、寝室に飾ってください」

「まあ、きれい。ありがとうございます」

「これで来年は洋子さんもお母ちゃんになれるわ。それでこそ、ほんまの満願成就やな」

青炎の言葉を聞いて、洋子はふと気になっていたことを尋ねてみた。

「鬼灯さんは、初めからこうなるとわかっていらっしゃったのですか」

「ええまあ、古今東西、昔話の『毒の粉』ですから」

 

 洋子はその話を知らなかったが、初めて笑顔となった輝夜の顔に見とれてしまい、どんな話なのかは聞きそびれてしまった。

改めてもう一度、二人にお礼を言い店を出た洋子を寝待ち月が照らしていた。

「ああ、なんてきれいなお月様なんでしょう。ここで一句。『子宝の柘榴を持ちて 寝待月 きみの元へと われ急ぐなり』なあんてね。さ、帰ろう」

月光もかすかに笑ったようだった。     完


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