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ワキヤクレイヴ -wakiya crave-  作者: いちどめし
第一章 二話 −村の英雄–

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scene4-2 キアロスクーロ編・不死身との戦い

 だらりと腕を垂らし、見開いた目のまま固まったキアロスクーロ。

 ウィアはずぶりと剣を引き抜き、斃れた仇敵の姿を見下ろすと、呆けたように息を吐いた。


「――やっ、た?」


 上がった息を整え、更にもう一つ大きく息を吸い、そしてその勝利が実感に変わる。


「やった……!」


 歓声を、上げる。


 その間際。


 ぼろ雑巾のようだったキアロスクーロが、ゆっくりと立ち上がった。


 身を起こし、手をつき、膝をついて、立ち上がる。

 その一連の動きの中で、小さな身体に刻まれていた無数の傷が、見る間に癒えていく。


「ボクの回復魔法、どうかな」


 微笑みかける子供の姿。

 ウィアとその兵士たちは一気に距離を取る。


「きみたちのとは原理が違うかも知れないけど、要はこういうことだよね。結構な高等技術だと思うんだけど、これを大勢で、だなんて、すごいね。見直しちゃったよ」


 兵士のうちの一人が、果敢に切りかかる。

 キアロスクーロは斬撃を難なく躱すと、曲剣を奪い取り、その兵士に何度も切りかかる。

 兵士は悲鳴をあげて倒れ、それからすぐに傷が癒えると、しかし武器を奪われた兵士は涙を流して後ずさることしかできなかった。


「でもこれ、痛いよね。回復魔法の見せ合いがしたくて食らってみたけど、後悔だな。服もぼろぼろだし」


 からかうように言って奪った剣をぞんざいに放り投げると、その切っ先は後方に控える兵士の額を貫いた。


「――さて、と」


 にやり、笑顔。

 その鋭い視線は、紛れもなくウィアに向けられている。


「気が立っていたところ悪いけど、ボクの方も手加減の連続で退屈してたんだ。おねーさんたちはちょっとは戦えそうだし、生かしておけっていう指示もないし、ちょっと遊ばせてもらうよ」


 切りかかる兵士たち。

 それらを意に介していない、という風に軽く撃退しつつ、ゆっくりと歩を進めるずたずたの燕尾服。

 ウィアが後ずさりながらも剣に風を纏わせる。


「そういえば、ゴブリンがどうとか言ってたけど、ボク、知ってるよ。怪我した妹と、それを守る兄の二人、だよね」


「こんな時に、何を――」


「あんな非力な兄妹を追ってこんな所まで――愚かで、不運だね」


 燕尾服の姿が、消える。

 直後、一気に距離を詰めたキアロスクーロは、ウィアの剣を蹴り飛ばすと掌で彼女の胸を貫き、引き抜いたその手で首を掴むとそのまま地面に叩きつけた。


 即座に傷が癒える。

 それでも既に戦意を喪失したかに見えるウィアを見下ろした後、隻眼で周囲を一瞥。

 死者、負傷者ともに無し。

 だが、形勢は歴然だった。


「まだ向かって来ようとするのがいるなんてね。それが蛮勇なら買うけど、どうせ、死ぬことは無いからっていう驕りで立ってるんでしょ?」


 ため息を、ひとつ。

 向かい来る兵士たち。


「驕った雑魚ほど見苦しいものは無いよ」


 姿が消えた、かのように見える高速の移動術。

 曲剣を両手に構えた兵士の無防備な腹部に、小さな掌が再び突き刺さる。


「こんな雑魚が、死なないわけないでしょ?」


 腕を、引き抜く。

 貫かれた腹は、すぐに何事もなかったかのように塞がり――

 そして、彼女の身体はそこから溢れ出した肉塊によって飲み込まれ、肉の色をした玉になった。


 静まり返る林道。


過剰治癒魔法オーバーヒール。再生しすぎたら、もう、どうしようもないんじゃない?」


 冷たく呟くように示された残虐な技術の名前は、その場の全員の耳を突き刺すように届いた。

 途端、悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。

 そのうち数人の身体が後ろから貫かれ、肉の玉と化す。


 阿鼻叫喚。

 不死身から一転、醜悪な死に様を目の当たりにしたウィアの兵士たちの士気は既に崩壊していた。


「お前ら逃げるな!」


 剣を拾い上げ、呼びかけるウィアの脚も、そこから動くことはできない。

 そんな偽勇者に、キアロスクーロは再び歩み寄った。


「見ていられないよ、きみたち。ゴブリンや村人たちは弱かったけど、ここまで見苦しくはなかった」


「く――」


 ウィアの鎧にも風穴を開けようと、キアロスクーロが掌を向ける。


「来るな――」


 溢れ出す涙。

 それを見て、幼い口元に残虐な笑みが浮かぶ。


 数秒間の沈黙。

 逃げ惑っていた兵士たちのうち数名は、異様な静けさに足を止めて、二人の様子を伺っていた。


 ややあって、けらけらと笑い声をあげるキアロスクーロ。

 周囲で立ち尽くす兵士たちそれぞれに示すように、踊るような足取りで身体を回した。


「みんな見てよ、あれだけ粋がっていたきみたちの親玉、自称勇者様は、あまりの恐怖に気を失っちゃいました!」


 無邪気な声が空気を震えさせると、ウィアの手から剣が落ちて、鈍い音を響かせた。


「ねえ、見た?」


 再度張り上げた楽しげな声は、複数の兵士たちにではなく、ある一方へ向けられていた。

 困惑交じりにキアロスクーロの視線を辿った兵士たちは、そこにある木の陰に潜んでいた闖入者の姿を見とめ、そのうちの何人かが剣を構え直した。


 一匹の、ゴブリン。

 絶望的な戦況を何一つとして好転させるものではないものの、この場で唯一「勝てる敵」である彼女の存在は、兵士たちの恐怖心をいくらか麻痺させる。

 そんな兵士たちの様子を味わうように、少しだけ長く息を吸ったキアロスクーロは、気絶したウィアの首を掴むとその身体を引きずりながらリンゴのもとへ歩いた。


「良いところに来たよ、妹さん。今からこいつの痛めつけかたを相談しない?」


 木の陰から離れようとしないリンゴの前に、ウィアの身体を放り投げる。

 重い鎧ごと地面に叩きつけられた彼女の手足は、壊れた人形のようにあらぬ方向へ投げ出されていた。


 痛みで意識を取り戻したウィアの眼前には、幼いゴブリンの姿。

 恐怖と痛みで呻き声をあげようとして、しかしそんな暇すらなくキアロスクーロに腹を踏みつけられ、ただ短くくぐもった声を零した。


「きみにあんな酷い怪我をさせて、きみの仲間を、家族を殺したやつさ。きみの言う通りに壊してあげる」


 これから起こることを想像したウィアが、涙を溢れさせながら喉を鳴らす。


 それは「たすけて」という、あまりにもか細い悲鳴だった。

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