来訪
「へぇ? 魔法を勉強したいんだ?」
面白そうに呟くアユールさんの言葉を、手をぶんぶんと振って訂正する。
「べ、勉強というか、そんな凄いことじゃなくて、その、なんとなく出来たらいいなぁって思って・・・」
「そんなに深く考えるなよ。いいじゃないか、きっかけは何でも。やってみたいって思ったんだろ?」
「は、はい・・・」
ふ、と微かな笑みがアユールの口元から漏れる。
その眼はとても優しくサイラスを見つめている。
「お前なら、きっといい魔法使いになれるだろうな。優しいから」
突然のほめ言葉にぼっと赤くなるサイラスだったが、アユールはふとあることに気づいて、あ、と声を上げる。
「そうだ。勉強云々の話の前に、適性があるかどうか見てみないとな」
「適性・・・ですか?」
「ああ。魔法を使うには、魔力がいるからな。魔力の量は人によって様々なんだ。微量の魔力しかない者や、魔力を一切持たないやつだっている。というか、そういう人間の方が圧倒的に多いんだよ。魔法使いになるには、一定以上の魔力を保持していることが前提になるんだ」
「そう・・・ですか」
魔法に知識が皆無の僕には、分かったような分からないような話だったけど、とりあえず頷いておいた。
「ということで、手を出してみろ」
「はい?」
「魔力量を鑑定してやる。手を出せ」
アユールさんは、ずいっと右手を出して、ひらひらと振った。
アユールさんの手の上に、僕の手をのせろってことかな?
そう思って、そろりと自分の右手を重ねる。
アユールさんは、すっと眼を閉じて、小声で何かを呟いた。
うわ、いきなり始まった。
やだな。
いきなり結果が分かっちゃうんだ。
全然ダメとか言われたらどうしよう。
ドキドキしながらアユールさんの言葉を待つ。
「・・・へえ」
驚いたような声が聞こえた。
「まあまあ、だな。うん、悪くない」
そう言って、僕の頭にぽん、と手をのせた。
「意外とあったぞ、魔力」
「・・・本当ですか?」
「ここで嘘を吐いても仕方ないだろ? まぁ、俺や叔父貴の魔力量には程遠いが、並みの魔法使いが持つ魔力には引けは取らないぐらいだな」
「そ、そんなに?」
「ま、やってみたけりゃ挑戦してみるがいいさ。ランドルフに従者の仕事を教わってるんだろ? ついでに魔法の指南も受けるといい。俺から言っといてやるよ」
アユ―ルさんは、僕の髪をぐしゃぐしゃに掻きまわしながらそう言った。
ありがとうございます、そう言おうとした時に、玄関の方から声が聞こえた。
「ん? 客か?」
ランドルフさんが誰かと話している。
「サルマンたちとのいざこざが終わったから、まあ敵が来る心配はないだろうが・・・誰かな」
怪訝そうな表情で呟くアユールさんの向こうから、ランドルフさんがやって来るのが見える。
「ああ、アユールさま、こちらでしたか。クルテルくんは、今、どちらに?」
「クルテル? クルテルなら今、書斎で調べ物を・・・って、もしかしてクルテルに客か?」
「はい、クルテルくんのお母さまだそうです。妹さんもご一緒で」
アユールさんは、ふう、と大きく息を吐いてから、頭をがしがしと掻いた。
「・・・応接間にお通ししろ。あとお茶を頼む。俺はクルテルを呼びに行ってくる」
「かしこまりました。サイラス、手伝ってくれるかい?」
「は、はい」
ランドルフさんに付いて食堂へと向かう。
お茶の準備をしながら、さっきのアユールさんの様子を思い出していた。
なんだろ。
クルテルくんのお母さんたちが来たって聞いたとき、あんまり嬉しそうな顔じゃなかったけど。
・・・っていうか、クルテルくん、お母さんとか居たんだ。
そりゃそうか。
普通いるよね。
てっきり、僕と同じで両親がいないのかと思い込んでたよ。
お茶とお茶菓子を用意して、ランドルフさんの後について応接間に入っていく。
トレイをテーブルに置いて、お茶菓子をのせた皿をそれぞれの席に置こうとした時、聞き覚えのある声がした。
「あれ? さっきのお兄ちゃん?」
驚いて視線を向けると、さっき僕が自警団に連れて行った女の子がそこに座っていた。
「君はさっきの・・・」
「ソフィ? お知り合いなの?」
互いに驚いて固まっていると、隣の席に座っていた女の人が口を開いた。
「うん、さっきお母さんの所まで連れてってくれたお兄ちゃんなの」
「まあ、あなたが・・・」
女の人は椅子から立ち上がると、僕に向かって深々と頭を下げた。
「アデルと申します。この子がお世話になったそうで、ありがとうございました。はぐれたと分かったときは、どうしようかと途方に暮れてましたの。自警団まで連れてきてくださって、本当に助かりましたわ」
「い、いえ、そんな」
慌てて僕もぺこりと頭を下げる。
会話の意味が掴めなくて困っているランドルフさんに、簡単に経緯を説明して。
ようやく話が一段落したところで、ソフィがおずおずと口を開いた。
「お兄ちゃんは、ソフィのお兄ちゃんと同じ家に住んでるの?」
「お兄ちゃん?」
ソフィの言葉に、一瞬、きょとんとして。
でもすぐに、クルテルくんの家族だということを思い出して。
「ああ、クルテルくんのことだよね? うん、そうだよ」
「そうなんだ」
「と言っても、僕はこの屋敷の使用人で、クルテルくんはお客さまだけど」
「ふうん? そしたら・・・」
こてんと、首を傾げながら、さらに言葉を続けようとしたところで、扉が開いてクルテルくんが入ってきた。
「お待たせいたしました。お久しぶりです。お義母さま、そして、ソフィ」
「クルテルさん」
クルテルの顔を見て、母親が慌てて立ち上がる。
あれ? なんだろう。
なんか様子がちょっと変だ。
クルテルくんの表情が固い。
アデルさんの顔つきもちょっと強張ってる、ような。
ソフィも嬉しそうな表情を浮かべてはいるけど、どこか遠慮がちで。
「トールギランから移動したので、念のためにと連絡先をお伝えしたのですが、こうしてわざわざ足をお運びいただくとは思ってもいませんでした。もしや家の方で何か緊急の事態でもあったのでしょうか?」
クルテルくんの表情に、言葉に、ランドルフさんも驚いた顔をしている。
後ろに立つアユールさんだけが、困ったように眉を下げているけど。
僕だって、ビックリだ。
だって。
こんなに厳しい顔をしているクルテルくんを、見たことないもの。
いつもにこにこ笑っているクルテルくんとは、まるで違う。
そこには、僕の知らない別人のクルテルくんが立っていた。




