ないものねだり
市場に足りない食材や調味料などを買い出しに出たときのこと。
サイラスはメモを片手に、買い忘れがないかどうかチェックしていた。
ランドルフが空いた時間に簡単な読み書きを教えてくれるので、サイラスも日常で使う言葉ならかなり読めるようになっていて。
それが物凄く嬉しくて、こうして仕事でちょっとチェックする程度のことでも、いちいちメモを見たりして、文字が読める自分を確認したくなるのだ。
「よし、全部買った、と」
独り言を呟いて、メモをポケットにしまう。
こんなちょっとの事で、誇らしく感じる自分がいる。
『分かる』ってすごい。
知ってると知らないとで、こんなに世界が違って見えるんだ。
ちょっと読み書きができるようになっただけで、背筋がぴんと伸びる。
もっと、もっと、いろんな事を知りたい。
頭の出来も大事なんだろうけど。
そこはちょっと自信がないけど。
でも、もっと勉強したい。
きっと、クルテルくんみたいなすごい子は、何か出来なくて歯痒い思いをすることなんて、ないんだろうな。
クルテルくんは、すごいもんな。
確か、僕より一つ下だっけ。
そう、僕の方がお兄さんなんだよ。
なのに、クルテルくんは大抵のことは知っていて、子どもなのに大人みたいで。
すごいな、カッコいいな。
・・・羨ましいな。
さっきまでの意気揚々とした気分が少し萎んで、足取りが少し重たくなる。
「・・・あれ?」
道の端に女の子が蹲っている。
この辺りの子じゃなさそうだ。
身なりも良く、こんな場所で座り込む姿に違和感を否めない。
良いところのお嬢さん、かな?
迷子にでもなった、とか。
俯いてるから顔は見えないけど、困ってるのなら助けないと。
見たところ、自分とそれほど年も離れてなさそうだし。
このまま日が暮れたりしたら、それこそ大変だ。
「あ、あの・・・」
脅かさないように、ゆっくりと近づく。
「大丈夫? 迷子になったの?」
僕の声に驚いて、ばっと顔を上げる。
目には涙が浮かんでて。
一瞬、怯えた様子を見せたけど、子どもの僕を見て安心したみたいで、ほう、と息を吐いた。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
そう聞くと、首をこくこくと縦に振った。
あ、この仕草、サーヤさんみたい。
自然と笑顔が浮かぶ。
「お兄ちゃんに会いに来たの。でも・・・ママとはぐれちゃって・・・」
ぽろりと一粒、涙が零れる。
慌ててポケットからハンカチを取りだして涙を拭いてやる。
「そっか。ええと、どうしたらいいのかな。とりあえず自警団かな。もしかしたらお母さんもうそこに行ってるかもしれない。連れてってあげるよ」
こくりと頷いて、差し出した手をきゅっと握る。
近くの露店のおばさんに声をかけ、万が一母親が捜しに来たら自警団のところに行くよう伝えてもらうことにした。
自警団本部の場所までそんなに距離はない。
女の子の歩幅に合わせて歩いても、大した時間はかからなかった。
本部の受付で迷子を連れてきた事を話すと、受付の人が中へと入っていく。
でも、すぐにまた別の人が飛び出してきた。
女の人だ。
仕立ての良い、慎ましい服装の女性。
「ソフィ! ソフィ! 良かった!」
そう言って、ぎゅっと女の子を抱きしめた。
女の子も、これまで我慢していた涙がぽろぼろと溢れ出して。
良かったね。
そう思うけど。
孤児の僕には、ちょっと眩しい光景で。
そろっと後ろに下がって、何も言わずに帰ってしまった。
少し足取りが重い。
でも、屋敷に着く頃には、僕の中にあったもやもやした気持ちも、だいぶ無くなっていた。
「ただいま戻りました」
「ああ、お帰り、サイラス」
偶然、玄関先にいたアユールさんが声をかけてくれた。
「随分たくさん買う物があったんだな。重たかったろ?」
そう言って、持っていた二つの袋のうちの一つをひょい、と手に取る。
「あ、そんな。大丈夫ですよ、持てますから」
「俺だって持てる」
「それは分かってます。でも、ここの使用人なんですから、僕が荷物を持つのは当然なんです」
そんな僕の言葉を聞いて、アユールさんは、あはは、と笑う。
「そんな難しく考えるなよ。いいじゃないか、重そうだなって思った時に手伝うくらい」
「え?」
「お前、いつもいろんな仕事やってくれてるだろう? 荷物の一つくらい持たせろよ」
「・・・」
「サイラス?」
お仕事だから、当然なのに。
・・・本当にアユールさんには敵わない。
優しくて、強くて、ぶっきらぼうで、真っ直ぐで。
困ってる人や苦しんでる人を見たら、どんな小さな事でも素通りできない人。
ああ、僕も、こんな大人になりたいな。
アユールさんが捕まった僕を助け出してくれたみたいに、僕も魔法を使って困ってる人の役に立ちたいな。
無理かな。難しいかな。
でも、やってみたいな。
ないものねだりって分かってるけど。
この屋敷にいると、ついつい夢を見てしまうんだ。




