シリルの最期
シリルは、自分の意識が段々と遠のいていくのを感じた。
・・・こんな終わり方は嫌だ。
もう、胸を刺し通された痛みも感じない。
悔しい、悔しい、悔しい。
あんな女に負けるなんて。
あの女さえいなければ、王に愛された筈。
こんな風に剣で討たれたりはしなかった筈。
「お・・・前さえ、いな・・・ければ・・・」
残された気力を振り絞り、目の前の憎い女を睨みつける。
殺したかった。
存在そのものを消し去りたかった。
王の目を自分に向けたかった。
何故、この女は邪魔をするのか。
何故、王は私の愛を拒絶するのか。
拒絶されればされるほど、益々手に入れたくなるだけなのに。
アッサライアを訪問したダーラスに、その物柔らかな笑みに、穏やかな声に、一目で恋に落ちて。
父王に強請って、泣いて喚いて、無理やり婚姻を取り付けてもらった。
手に入れればなんとかなる。
婚約者がいようと、蹴落としてしまえば問題ない。
そう信じていた。
自分の美しさには自信があった。
妻になりさえすれば愛されると、そう信じて疑いもしなかった。
なのに。
この女は最後まで私の邪魔をした。
王宮から消えた後も。
ずっと、変わらず今まで。
ぎり、と歯噛みして、最後まで手に入らなかった愛しい男に視線を向ける。
もう、視界もだいぶ霞んで、その姿もよくは見えないが。
・・・こんなに愛しているのに。
何故、受け入れてくれないのだろう。
この男のためなら、どんな悪にでも手を染めるのに。
シリルの視線に気づいたダーラスが、ちら、と目を向けた。
ああ、最後の最後まで、この男の私を見る目には、何の感情も籠っていない。
「・・・レナライアが邪魔だと、お前は言ったな」
ぽつり、とダーラスの口から言葉が落ちた。
「レナライアがいなければ、愛された筈だと」
独り言のような、小さな小さな呟き。
ほんの少し距離を隔てた場所で、サルマンとシェマンが激しく攻防を繰り広げているのが嘘のように。
「確かに幼いときからレナライアは私の傍にいた。愛しくて大切な存在だった。だが・・・レナライアがいなければお前を愛していたかといえば、そんなことはあり得ない」
・・・。
「あの時の私に婚約者がいなくとも、想う女性がおらず独りだったとしても、お前を愛することだけは絶対にないだろう」
・・・何を。
「相手の気持ちなどお構いなしに、ただ己の欲のままに毟り取っておきながら、取られた者が何もかも奪われたことを感謝してひれ伏す訳がない。まして捻り取った相手から愛されることを期待するなど愚の骨頂だ」
何を言っているのだ、この男は。
「私だけではなかろう。お前がどこの誰に懸想しようと、お前を愛する男など、この世界にいる筈が無い。お前のような狂った女を愛する男など、この世界のどこにもいないのだ」
どうして。
どうして、私は最後までこんな言葉しか聞かされないのだろう。
「誰が相手でも結果は同じだった。ただ不運なことに、お前の懸想した男が、偶然私だったというだけだ」
こんなに長く、この男の声を耳にするのも初めてなのに。
ああ、でも、もう・・・それも終わり、か。
目の前が真っ暗で、もう何も・・・見えない。
今、やっと・・・やっと、この男が私を視界に入れた・・・のに。
・・・やっと。
「・・・」
アユールが床に横たわるシリルの傍らに膝をついた。
指を首の根元にあて、脈を診る。
「・・・死んだよ」
誰に言うともなく、そう報告した。
その声に、一瞬、サルマンたちの闘いの動きが止まる。
最後の瞬間まで苛烈な女だった。
最後まで、自分の欲望に忠実な女だった。
ダーラスは、床に手を吐き俯いたままで。
レナライアは、苦悶の表情を浮かべながら立ち尽くしていた。
アユールとカーマインは、これまで蓄積してきた怒りのやり場に窮していて。
どこに感情を持っていけばいいかもわからずに。
床には、もう喚くことも奪うことも虐げることも出来なくなったシリルの体が、静かに転がっている。
こうして、大国から脅迫まがいに王妃として嫁ぎ、感情のままに奪い、脅し、殺し続け、この国の全てを滅茶苦茶にした女シリルは、彼女が切望し請い慕い続けた夫ダーラスの手によって殺害された。




