この男だけは
「ダーラス!」
思わず駆け寄ろうとするレーナを、アユールたちが留める。
「レナ、ライア・・・」
胸を抑えながら膝をついたダーラスは、苦しそうにその名を呟いた。
その傍らで、痛みに呻きながら彼の名を呼ぶシリルには、目を向けることもなく。
「・・・意気地なしですまない。迷惑をかけ続けてすまない。・・・この女を一緒に連れて逝くから、それで許してくれないか・・・」
「ダーラス、私は・・・」
「ふざけるな」
低い冷たい声が響いた。
「逃げるだけ逃げて、悲しませるだけ悲しませて、それで自害して終わりにするつもりか? ・・・くだらない自己満足はやめろ。どこまでこの方の優しさにつけ込むつもりだ。いい加減に自分の頭で考えたらどうなんだ。王の責務とは、どのようにして果たすものなのかを」
そう告げたカーマインの掌から光が放たれる。
その光は、ダーラスを包み込むと、胸の傷を塞いでいった。
「ああ、傷が・・・何故・・・」
塞がれた胸の傷や消えた痛みに絶望を覚えるダーラスだったが、そんな彼に向かって、カーマインの容赦のない声が降り注ぐ。
「王よ。逃げるな。隠れるな。黙り込むな。もし本当にレナライアさまに申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、もし本当に許されたいと願うのなら、せめて自分の仕出かしたことの始末くらいはつけるべきだろう」
「始末? 何を・・・言って・・・?」
「この国を建て直せ」
「は・・・?」
「王妃シリルによって滅茶苦茶にされたこの国を、一から建て直せ」
「建て、なお・・す・・・」
「貴方はバンテラン国の王なのだろう? 貴方がすべてを放棄し逃げたせいで、この国はシリルの思うがままに弄ばれた。王権を放棄したくば、まずこの国を次代に譲れるだけのものにしろ。そうして初めて、民は貴方を王座から退くことを許すだろう」
「そんな・・・」
「まだ分からんか? 死にたいのならば、やらねばならぬ事をやり尽くしてから死ね。せめて最後くらいは王らしくあれ。そう言っているのだ」
王は深く項垂れた。
じっと動かないダーラスの横で、シリルが甲高い声でうるさく喚き続ける。
その傷の深さを見て、もはや彼女が助からないことを悟ったサルマンは、外にいる兵士たちを呼び入れようと、氷結で塞がれた扉の一つを破壊した。
「あっ、くそ! サルマンの奴め!」
破壊に伴い、扉周辺にもうもうと煙が立ち込める。
アユールたち三人は、新たな兵の侵入に備えて構えを取った。
ようやく煙が晴れ、破れた扉の向こう側が視界に入る。
だが、そこにはサルマンが期待していた兵士や魔法使いたちの姿はなかった。
・・・いや、よく見れば、兵たちの姿は確かにあったのだ。
皆、倒れて地面に伏していたが。
「な・・・?」
サルマンが驚愕の声を上げる。
「そんな・・・。何故だ、何故、兵たちが倒れているのだ・・・?」
「分かりませんか? ・・・オレがやったんですよ、サルマン殿」
聞き覚えのある声に、アユールが顔を向ける。
「・・・シェマン」
「やあ、アユール」
兵士や魔法使いたちが全て倒されていた扉の向こう側では、以前、サルマンと共謀してアユールの殺害を図った、かつての友が立っていた。
「何故だ、何故こんな事をする? シェマン」
「遠見で覗いていたのですよ。そうしたら貴方がたの負けが濃厚でしたのでね。これならば反旗を翻しても、貴方に取られた人質を殺される恐れはないかと判断しまして」
会話の中に出てきた物騒な言葉に、アユールたちが眉をひそめる。
「くっ、小癪な奴め・・・!」
サルマンは、苦々しげに呟いて攻撃の態勢を取った。
対するシェマンも、構えを取る。
「アユール」
「・・・なんだよ」
シェマンが落ち着いた声で話しかける。
「許してくれとは言わない。オレは確かに、あの時、お前を殺そうと攻撃を仕掛けた」
「当たり前だ。本気で死にかけたんだぞ。誰が許すか」
普段通りの乱暴な物言いに、シェマンの口元が、ふっ、と緩む。
「後でお前の気の済むようにしてくれて構わない。何ならいっそ殺してくれてもいい。だが、こいつは・・・この男だけは、オレに譲ってくれないか」




