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嫌いなもの

六つの扉がすべて氷で閉ざされ、サルマンは今以上の戦力を中に投入することが出来ない。


中にいる者たちは、シリルの怒りを買うまいと必死に闘った。

兵たちは剣を奮い、宮廷魔法使いたちはサルマンの指示のもと様々な術を行使してくる。


相手はたった四人。

しかも、そのうちの一人は攻撃する術も身を守る術も何も持たない、かつて王宮内で誰よりも蔑まれた第二王妃レナライア。


なのに、どれだけ攻められても、誰ひとり倒せない。


誰もーーその四人のうちの一人として倒すことは出来なかった。


サルマンの目に焦りが色濃くにじむ。

シリルの顔は怒りで歪みきっていた。


「・・・何故だ。お前らのような塵が、何故私の邪魔をする。何の価値もない虫けらが・・・!」


四人の前に立ちはだかろうとする者は、もういない。


圧倒的な力の差に、残された僅かな力を奮い立たせてまで戦おうとする者はいなかったのだ。


それでもなお、サルマンだけが攻撃の手を止めない。


サルマンとアユールたちとの攻防の最中、甲高い声で喚き散らすシリルの横に座すダーラスの瞳は、何かを考えようと揺れていた。


シリルの狂気を前にして、思考を止めることで保身を図った国王の前に、かつて愛した女性が、見捨てた妻が、死んだと思っていた王妃が立っている。


「待ってくれ。・・・レナライアと話をさせてくれ」


これまでずっと、シリルたちが何をしようと傍観するだけだった王が、声を上げた。


じっと前を見据えながら、王はその重い口を開いた。


「私、を・・・恨んで、いるか・・・?」


絞り出すような声。

答えを求めている訳でもない、独り言にも似た問いかけ。


恨んでいるに決まっている。


強国から押しかけてきた王妃に怯え、一人にしないでくれ、と第二王妃にして。

なのに、王宮内でどんな扱いを受けているか知りながら、放置した。


恨まない筈がない。


なのに。


ふ、とレナライアは笑った。


「そんなこと、思う余裕もなかったわ」


そう言って。


「俺は恨んでいるぞ」

「私もだ」


何故か、予測した答えを予測していない相手から突き付けられて。


「・・・は?」


思わず、聞き返した。


「私にはね、可愛い娘がいるの」

「娘・・・?」

「栗色の髪のとっても可愛い女の子。瞳の色は若葉のような明るい緑色で、明るくて前向きで優しい子よ」

「くり、いろ・・・にみど、り・・の目・・・?」


それは。

それは、私の。


「・・・でも、貴方には絶対に渡さない。絶対に会わせたりしない。これから先も、永久に」

「・・・それは・・・」

「貴方は、絶対にあの子を守ってはくれないでしょう?」

「やはり・・恨んでいるのだな・・・」

「恨んではいないわ。・・・でも、貴方のことを信じてもいないから」


目の前で真っ直ぐにこちらを見つめるレナライアは、身なりこそみすぼらしいものの、その瞳の美しさは出会ったときと変わらないままで。


「だから、私は・・・」

「レナライアッ! 子どもを産んだからといって、私に勝ったつもりになるな!」


突然のシリルの叫びが、レナライアの言葉を遮る。


興奮して玉座から立ち上がったシリルは、レナライアを物凄い形相で睨みつける。


「子どもを産んだことがそんなに偉いか? それで私に勝ったつもりか? 私に・・・私に子どもがいないからと馬鹿にするなっ! 王がお前を・・・お前だけを愛したからと私を見下すなっ!」

「・・・私は貴女を馬鹿にしたことなど一度もないわ、シリル」

「嘘を吐けっ! お前はいつも陰で私を笑っていただろう! 最初から、私がこの国に嫁いだ時からっ!」

「私はそんな・・・」

「だから王は私を愛さなかったのだ! だから王は一度も私を・・・!」


シリルの眼から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れる。


「お前など、初めから殺しておけばよかった! 時を待たずに、会ったその日のうちに・・・! そうすれば王は私を愛するしかなかったのに・・・! そうすれば王の子を産んだのは私であった筈なのに・・・!」


怒りで目が燃え、体は屈辱に耐えるかのように、ぶるぶると震えている。


「サルマンッ! あの日、この女を殺し損ねた責を今ここで負え! この女を殺せ!」


シリルがそう叫んだと同時に、王はゆらりと玉座から立ち上がり、足下で倒れている兵士の上に屈み込んだ。

そして、兵の手にあった剣を取り、振り向きざまにシリルの体を突き倒した。


「ぐっ!」


シリルの胸に血が滲む。


「シリルさまっ!」


動こうとしたサルマンをアユールが止める


「・・・私こそ、最初からこうすれば良かったのだ。お前がこの王宮に足を踏み入れた最初の日に」

「王・・・?」

「レナライアがいたから、お前を愛さなかったのではない。現に、レナライアがこの王宮から居なくなった後でさえ、私がお前を愛することなどなかっただろう?」


胸に剣が突き刺さったまま、シリルは呆然とダーラスを見つめる。

これまで、何があっても黙っているだけで決して動こうとはしなかった王の豹変に混乱していることは明白で。


「王よ、な、ぜ・・・?」

「私は、お前が嫌いだ」

「お、う・・・?」

「大嫌いだ」

「そ、んな、私は王を・・・」

「私の声も聞かず、この国に妃として押しかけてきたお前が嫌いだ。一つでも気に入らないことがあると喚き散らすお前が嫌いだ。人を傷つけることを何とも思わないお前が嫌いだ。目的を遂げるためには手段を選ばないお前が嫌いだ。・・・そして・・・」


ダーラスは、突き刺したままの剣の柄を握り直すと、ぐりっと詰った。


「ぎゃあっ!」


シリルが痛みに顔を大きく歪め、身をよじる。


「・・・そして、お前と闘うことを放棄した自分が、大嫌いだ」


そう言ってシリルの体から剣を引き抜くと、今度はそのまま自分の胸を突き刺した。


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