その後のその後
出席者全員に強烈な印象を残したレーナとカーマインの結婚式から五年後。
今日は同じマハナイムの屋敷の中庭で、アユールとサーヤの結婚式が執り行われる予定だ。
贅沢を知らずに育ったサーヤに綺麗なドレスを着せてやりたい。
そんな気持ちから行うものなので、親しい仲間内だけのこじんまりとしたものだったけど。
この日のためにレーナとクルテルとサイラスが縫ったドレスは、レースをたっぷりあしらった可愛らしくも豪華なデザインで、サーヤの魅力を最大限に引き出すものだった。
傍で嬉しそうにサーヤの花嫁姿を眺めているのは、腕の中に可愛らしい女の子を抱いているレーナ。
そしてその隣には、蕩けそうに甘い笑顔で愛する妻と可愛い娘を見つめているカーマインがいた。
すっかり町になじんだサーヤたちのために、この門出の日を祝おうと町の人たちもやって来る。
勿論、フィルとマリー、それにアレクフィードとその妻クレアも出席している。
そして会場内を忙しく走り回っているのは、恋心を抱きつつも二人をずっと応援していたクルテルとサイラスだ。
くるくる巻き毛ですらっと背の高い美少年へと成長したクルテルは若手ナンバーワンの魔法使いとして名を上げつつあり、いつも笑みを絶やさない。優しく生真面目なサイラスはそんなクルテルとコンビを組む有能な魔道具師として日々腕を磨いている。
アレクフィードの見込み通り、サイラスは細工師としての才能もあり、それまでは単なる術具にすぎなかった魔道具を芸術品と呼べるまでに美しく細工を施すことで需要を一気に伸ばし、注文は常にひっきりなしに入ってきた。
装飾品としても十分に使える、と女性からのファンが多い。
ちなみに、作品だけでなく当人の人気もなかなかなものである。
曰く、クルテルは近寄るのに勇気がいるが、サイラスは親しみやすいからつい声をかけてしまうのだとかなんとか。
そういう訳で、クルテルは専ら遠くからきゃあきゃあ騒がれる専門だ。
本人もその方が面倒臭くなくていいと言っている。
アレクの娘マリーも、最近おませになってきたようで、サイラスの周りをうろちょろしている。
お父さんのお使いで、とか言いながら、頻繁にサイラスに会いに来たりするのだ。
さて、五年前の結婚式の事をまだ鮮明に覚えている人は結構いたようで、前に現れた二人を祝福する声と共に聞こえてきたのは、ある種の期待なのか揶揄いなのか、「長いちゅーを頼むよー」という声援(?)で。
そんな期待に応える度胸がサーヤとアユールにある筈もなく。
そんな声援を受けると同時に二人はぴしりと固まった。
「・・・え、と。どうしよう。ねぇ、どうしたらいいのかな?」
「・・・」
小声で聞けば、目の前に立つアユールも真っ赤になって、もごもごと何かを言っている。
「アユールさん?」
「・・・ぞ」
え? と聞き返す前にアユールの顔が近づいて。
ちゅ、と軽く、唇が重なった。
途端にわあっと歓声が上がる。
中には「短いぞ」とか「もう一回」とか囃し立てる声もあったけど。
「・・・見世物じゃねぇっつーの」
真っ赤な顔でそっぽを向きながら、そんな事を呟くアユールが、その期待に応えることはないだろう。
「・・・ふふ」
「・・・笑うな」
「ごめん。なんだか嬉しくて」
「・・・」
「ありがとうね。私の呪いを解いてくれて、こんな幸せをくれて」
「・・・」
照れたアユールは何も言葉を返さなかったが、そんな事を気にするでもなくサーヤは会話を続ける。
「夢の中で声が出せただけでも嬉しかったのに・・・今はこうやって普通に皆と話が出来るようになるなんて、それこそ夢みたい」
「そんな大した事、してない・・・」
ここでアユールはようやく口を開いたが、サーヤはさらに一歩距離を詰めて言葉を被せる。
「アユールさん、・・・大好き」
その言葉は予想外の筈はないのに。
アユールは一瞬、大きく眼を見開いた。
「・・・俺も好きだよ。初めて黒の森で出会った時から、ずっとお前が好きだった」
「本当?」
「ああ」
「そんなの初めて聞いた」
少し拗ねた口ぶりに、アユールがふ、と笑う。
「そりゃ言ったことないからな」
「もう、酷いなぁ」
衆目の中、小声で頬を赤らめながらひそひそと囁き合う姿は、これはこれで大変に見せつける姿でもあって。
「・・・本当、仲いいですよね」
ぽつりと呟くクルテルの横顔も、もう見慣れてしまったサイラスだ。
「僕たちも頑張って前に進まないといけないね」
どこか他人事のように、のんびりとサイラスは呟く。
「分かっていても、なかなか難しい事ですけどね」
「はは、そうだね。なかなか思う通りにはいかないもんな」
対するクルテルの声は、いつもよりも感情がこもったものだ。
「・・・喧嘩の一つもしませんでしたね、あの二人」
「うん、お似合いだよね」
「・・・そうですね」
「何を話してるのかな。随分と楽しそう」
「どうせ惚気に決まってますよ」
「はは、そうかもね。聞かない方が身のためだよね」
二人は眩しそうに目の前の新郎新婦を見つめる。
その視線の向かう先にいる新婚の二人は、今、大好きな人の隣に立ち、嬉しそうに、幸せそうに笑っていた。
読んでいただきありがとうございました。