過ち
ソフィを連れて外に出ているようアデルに言いつけた後、ガルハムはゆっくりと話し始めた。
「アデルは、ラエラの・・・クルテルとモニカの母親のメイドでした」
言葉を選んでいるのか、それともこれから自分が話すことに迷いがあるのか、視線を彷徨わせながら言葉を継いでいく。
「私の家は商家でして、それなりに繁盛してました。私が跡を継いだ時に、同じ商家の娘と結婚しまして・・・それがラエラだったんです。アデルはラエラが家に嫁ぐときに、側付きとして一緒にやって来た娘でした」
クルテルは真っ直ぐにガルハムを見つめているが、ガルハムは決して視線を合わせようとはしなかった。
「アデルの母親もラエラの家で長く働いていたため、アデルとラエラは小さな頃から一緒に過ごしていました。だから、姉妹のように仲が良かったんです。嫁入りについてくるくらいに」
アユールを始め、ガルハムの話を聞いていた者たちの表情に戸惑いが浮かぶ。
ある者は眉を顰め、ある者は考え込むように首を傾げて。
「ラエラはしっかりした、はっきりとものを言う娘でした。そしてアデルは・・・あの通り、どちらかと言うとおっとりしていて、もの静かで・・・。私は初めて会った時から、アデルに惹かれてしまったんです。妻となったラエラではなく、アデルの方を」
話していて居心地が悪いのだろう。
その間も、かたかたと、しきりに体を揺すっていた。
「もちろんアデルの方は私に興味も関心もなく、いつもラエラの世話で忙しそうにしていました。私もそんな気持ちは捨てようと思ってましたから、何事もないかのように夫婦生活を送っていたんです。そうして一年後に、ラエラは身ごもりました。お腹にいたのはクルテルです」
父親の口から自分の名前が出て、一瞬、クルテルの肩がぴくりと揺れる。
だが、ガルハムの視線は、未だクルテルから逸らされたままで。
「その時のラエラは悪阻で苦しそうで、何を食べても吐いてしまって・・・。ようやく物が食べられるようになっても、なかなか食欲が戻らず具合の悪い日が続きました。そんな時です。アデルがマクリントプのレシピを改良してラエラに出したのは」
そう話しながら、テーブルの上に置かれたマクリントプの皿をちらりと見た。
「何でも元オリジナルより栄養価が高く、食べやすいのだとか。・・・確かにそれはラエラも好んで口にしてました。気に入って、二人で一緒に作ったりしてましたよ」
その時の光景を思い出したのだろうか、微かに笑みを浮かべた。
だが、それはすぐに歪んだものへと変わっていく。
「本当に二人は仲が良かったんだ・・・。私が、無理やりアデルを自分のものにしようとしなければ・・・そしたらきっと二人は今も、仲良く笑いあえてた筈だった。私はとんでもないことをしたんです」
このとき初めて、部屋にいた皆は、話の前にガルハムがアデルとソフィを外に出した本当の理由を理解した。
「私が無理強いしたのは一度きり。私も反省してましたし、アデルも私を見るとすぐに逃げだしていたので、本当に一度きりだったんです。ですが、ラエラがモニカを身籠ってから少しして、アデルの姿が急に見えなくなりました。家を飛び出したのです。その時アデルは・・・妊娠していました」
誰かはわからないが、はっと息を呑む気配がした。
これまで、ガルハムもアデルも、決してクルテルに事情を話そうとしなかったその理由が、今わかった。
ここに来るのが相当な覚悟だったということも。
いくら大人びているとはいえ、クルテルはまだ十歳だ。
出来ることなら隠し通したかっただろう。
まして、クルテルが世話になっているこの屋敷の者たちにまで、自分の愚かしい行為を打ち明けるのだから。
それでも、ガルハムが話している間、クルテルはずっと只黙って聞いていた。
責めるだけなら簡単な話だ。
だが、それですべてが解決する筈もない、と、この賢い子どもは分かっていた。
そして、それだけの賢さがこの子にあると思ったからこそ、ガルハムは自らの所業を打ち明けに来たのだろう。
「ラエラはすぐにアデルを探し出して保護しました。そして全ての事情を知った後、私に離婚を切り出したのです。そして代わりにアデルと結婚して、一生守れと言われました。もちろん、アデルが良いと言ってくれたら、という条件付きでしたが」
ガルハムの顔に、自嘲の笑みが浮かんだ。
「当然、断られましたよ。ラエラを悲しませた酷い男と結婚できるかと詰られました」
少しの間、沈黙が降り、ガルハムは再び口を開く。
「ですが、彼女には行くところがなかった。主人の夫の子どもを身籠った体では実家に戻る訳にもいかない。当たり前ですよね。最初に飛び出した時は自殺を考えていたようでしたが、それはラエラに固く止められたようです。・・・それで次に私は、結婚はせずに金銭の援助だけをするという提案をしました」
クルテルが驚いたように顔を上げた。
ここで初めて、ガルハムはクルテルと視線を交わした。
情けないほどに、眉を下げて。
「そしてそれをアデルは受け入れたんです。・・・ソフィのために」




