儀式
数日後、ナサルディとハルトは妖精の里に戻った。仲間達と合流した一行はドラゴンを復活させるため、ドラゴンの眠る祠へと向かう。
「申し訳ありませんネルソン殿、せっかく街に戻れたところをお呼びしてしまって」
「すまんなネルソンよ、どうにもお前の力が必要になったのだ」
「そんな、私で役に立てるなら大歓迎です」
道中の会話がナサルディは懐かしかった。ほんの数週間ぶりだと言うのにまるで何年も会っていないような気がする。
ドラゴンの祠は大きな山の頂にあるらしく一行は馬に跨って急な山道を登った、山頂が近付くにつれ斜面は木々のないむき出しの黒土に変わり道端にも色鮮やかな高山植物が目立ち始める。先頭を行くセルネイラが声を上げた。
「到着したぞ、ようやく頂上じゃ」
見渡すほどに広い窪地、山の頂上がすり鉢状にへこんでいて荒涼とした風が砂を運ぶ、その中の一角に岩を重ねて造った祭壇のようなものがあった。
馬が転ばないように気を付けて少し急になったすり鉢の斜面を下る、祭壇の周囲には幾人かの妖精族が集まっておりその中には妖精王の姿もあった。
「ナサルディ殿ご協力感謝します。どうぞこちらへ」
妖精王がナサルディを祭壇の上に案内した、ナサルディが祭壇に上り妖精王の示す先を見やる。
「これがドラゴンの身体です」
「……随分大きいですね」
祭壇の少し先、朽ち果てた化石のようなものが地面から顔をのぞかせていた。見たところドラゴンの身体は象三頭分ほどの大きさがあり、これが空を飛ぶなどにわかには信じられない。
「どうでしょう、貴女の術でこの身体を元に戻せませんか」
山頂の風に吹かれながら、ナサルディは祭壇の上で静かにドラゴンを眺めた。
土に埋まった身体はまるで命を失った死骸のように見える、しかしそこあるにドラゴンの魂を、そして魂に刻まれた血肉の記憶をナサルディは感じる事ができた。
「問題ありません、すぐにできそうです」
妖精達から歓声が上がる。
「良かった。お願いできますか」
一つ頷いてナサルディがドラゴンの身体を見つめる、巨大な頭がこちらを見てるように感じた。手をかざして心の中で術を唱えると地中に満ちたエネルギーが次第にドラゴンの身体へと集まっていく、やがてそれは脈動を始め横たわった身体に力強い血肉が盛り上がり始めた。
「大したもんだな」
いつしかハルトがすぐ近くにまで来ていた。ウィルとワトーもいる。
次第に形を取り戻したドラゴンが痙攣するように動いた。鍵爪が数度空をかき、ドラゴンの脇腹が力強く呼吸を始める。黄金の鱗が呼吸に合わせて上下し、喉を通る呼気は地響きにも似た音を上げる。積もった土砂がバラバラと身体から落ちていく。
「凄いなおい……」
もがくように動いていたドラゴンの鍵爪がしっかりと地面を掴み、黄金の巨体はよろめきながらも四本の肢で地中から身体を持ち上げた。そして長い首が空に高く伸び、目を閉じたままドラゴンは猛々しい咆哮を空へ響かせる。
「……」
山全体が震えるほどの大音声に誰もが耳を抑えた。
「こりゃ、たまげたわい……」
ドラゴンが再び口を開き全員が大声に身構えたが、発せられたのは百年の眠りを象徴するような、長い長い吐息だった。
長い尾と巨大な翼が、動作を確かめるようにゆっくり動いた。
「……」
ドラゴンが薄く目を開き緩慢に周囲を見渡す。勇者を、妖精王を、背後に控える妖精族達を、そして山の斜面と頭上の青空を眺めた後、最後にその視線は祭壇に立つナサルディへと留まった。
「……」
ウィル、ハルト、それにセルネイラとワトーが警戒しながらナサルディの前に立つ。
(地を歩く者よ……よくぞ私を蘇らせてくれた。礼を言おう)
「え……?」
ナサルディは突然の言葉に狼狽する。
(さあ用件を言うが良い……我が主よ、私に身体を与え何を望む)
「……私に言われても」
「何だ、どうした?」
ウィルがナサルディの様子に気付いて尋ねた。
「……皆さんは聞こえないんですか?」
「どういう事ですネルソン殿、何か聞こえるのですか」
「ドラゴンが私に話しかけてるんです、何を望むって」
「そなた、今ドラゴンと話しておるのか?」
セルネイラが驚いて声を上げた。
「そうみたいです……何だか私の事、我が主って言ってます」
(願いがないというのか?)
ドラゴンはそう言いながら空を見上げゆっくりと翼を広げる。その声はまるでテレパシーのようにナサルディの脳に直接響いていた。
「待って下さい!私達は貴方の背に乗って魔王の城に向かわなきゃいけないんですけど、今はまだ行き先がわからないんです。だから、魔王の居場所が分かるまでもう少し待って下さい」
(では、また後で訪ねるとしよう。またその時に声を上げるが良い)
ドラゴンはそれだけ伝えると少しだけ身体を沈ませ、カエルのように飛び上がった。
そして竜巻のような風を吹き起こして上昇し始めたのである、身体の軽い妖精族はもちろん、ウィルもハルトもナサルディも立ってはいられなかった。やがて嵐が収まると祭壇の周囲には散り散りに飛ばされた妖精と人間たちが腰や頭を抑えていた。
「ナサよ……」
腰をさするハルトがナサルディに声をかける。ナサルディも頭を抑えながら顔を上げた。
「……どうなったんだ?」
勇者は困惑した苦笑を浮かべてそう尋ねた。
「えーっと……」
同じ苦笑を浮かべるしか、ナサルディにはできなかった。
その場の全員に多大な不安を感じさせたドラゴンの復活だが、結果的には十分目的を果たす事ができた。何しろドラゴンの復活もさることながら勇者の一向には『ドラゴンの主』が加わることになったのだ。
かくして、ナサルディ・ネルソンは再び勇者の一行に加わった、それも唯一ドラゴンと会話のできる大切なオブサーバーとして。
妖精の里に戻ってウィルがナサルディに話しかける。
「ネルソンよ、お前は街に戻りたかったんじゃないのか?」
「戻りたかったんですけど……戻ったら戻ったでいろいろありました」
ナサルディは答えながら村に残してきた弟の事を思った。ボストは今頃何をしているだろうか。
「で、お前も付いて来るって事で良いな?」
ハルトが声をかけたのは部屋の隅で座り込むアルダだった。
「勿論だ勇者よ。先日は子供じみたことを言ってすまなかった、こんな俺を連れて行ってくれるならこれ以上の喜びはない」
「一応釘を刺しておくが、勝手な行いだけは慎んでもらうぞ?」
ウィルがそう言って睨みを利かすと、セルネイラが口を挟んだ。
「心配いらん。ドラゴンが言う事を聞くのはネルソンだけじゃ。勝手なことをしたなら帰り道でこやつを空から落としてやればよいのよ」
「そりゃそうだ」
ハルトがそう言って笑うと、戸を開けて妖精王が部屋の中に入ってきた。妖精王は席について一同を見渡す。
「皆さん、我々は遂に魔王城へ向かう全てのピースを揃える事ができました。早速魔王との戦いについて手筈を整えたいと思います」
全員が緊張感をもって姿勢を正した。
いよいよ、その時がやってきたのだ。




