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トル・ラバートリックの冒険  作者: 長谷川コールスローサラダ
12/15

三本目と四本目

『手がかりを辿れ、行き止まりでは大きな足が南へ、貴方の足が西へ、小さな足が北へと向かう。胸元の呪いともう一度向き合うとき、柔らかな羽が導きとなろう』


 白く乾いた道の上、細かな砂を巻き上げながら数頭の馬が一列に道を進んでいく。カッポカッポと響く蹄の音を聞きながら馬上のワトーは汗を拭った。今日は日差しが強い。

 ワトーの乗る馬のすぐ後ろを王女であるセルネイラの乗った馬が歩いている。妖精族としてあまり高位でないワトーにとって自分が王女の随行をするなどと言うのは身に余る光栄だった。更に後方へ視線を移せばそこには勇者トルと戦士ウィルの乗る馬がセルネイラの背後に続いている。


『俺はトル・ラバートリックじゃないよ』


 数日前に聞いたあの言葉がふとワトーの脳裏へ蘇った。

 これまで想像さえしなかった事実、希望だったはずのトル・ラバートリックが既に逝去している事、自分の見つけた勇者は弟のハルト・ラバートリックであった事。本当に驚いたが、不思議と騙されたことへの憤りは感じなかった。


「……」


 自分は彼と長く接しすぎたのかも知れない、ワトーはそう思った。トル・ラバートリックがいかに勇敢で気高い勇者であるか、それは旅を通して十分に知ることができた。今更彼の本名がトルであれハルトであれ、ワトーにとってそれは些末な事でしかなかったのかも知れない。

 もう一度勇者の姿を見ようと振り返り不意に王女と目が合った。


「何じゃワトーどうかしたかえ?」

「ああ、いえ。なんでもありません……」


 慌てて前を向いて額の汗を拭う、思い出したように強い日差しが肌を焼いた。道の脇には立ち枯れた木々が点々と並び一層の暑さを感じさせている。


「……」


 ワトーにはもう一つ気がかりなことがある、それはこれまで共に旅をしてきた仲間、ナサルディ・ネルソンがチームを抜けたことだ。

 皆が妖精の里で予言を聞いたあの日、ナサルディは妖精王より森の滴を授けられ『身体を再構築する呪文』を習得した、そして術を会得した彼女は自らの手で弟を封印から解き放ち、チームを去っていったのだ。


(確かにネルソン殿の目的は弟のボスト殿を元に戻すことだった……だがせめてもう少し、せめて魔王との戦いまでは力を貸してくれても良いのに……)


 そう考えもするが、妖精王によるとナサルディの持つ退魔のオーラは弟の魂が力の源だったのだという、その弟が封印から解き放たれた以上彼女はもう退魔のオーラを使えない。力を失ったナサルディがこの旅に同行するのは少し荷が重いだろうか。


(しかし魔王との最後の戦いも近い、我々はもっと一枚岩にならねばならんと思うのだが……)


 その時突然馬の足が止まった。


「ん?」


 ハッとしてワトーは周囲を見渡す。白く乾ききった道の上、小さな丘の方を見て馬達はぶるぶると唸っている。


「何だ、どうかしたのか?」


 誰に言うでもなく最後尾のウィルが尋ねた、見れば四人の馬全てが足を止めているようだ。ハルトもセルネイラも訝しげに馬が唸る方を見やった。

 全員の視線が集中する丘の先、そこからまるで煙が立ち昇るようにして一匹の大蛇が姿を現した、蛇の頭は4m近い高さまで持ち上がり丸太のような身体が後からズルズルと地を這って現れる、そしてよだれを垂らしながら口を大きく広げてハルト達を見下ろした。

 ハルトは強く手綱を引いて叫ぶ。


「逃げるぞ!」


 四頭の馬が一斉に駆け出した。勝てない相手ではないが、今ここで馬を失ってしまったら目的地に行くことも、里に引き返すこともできなくなる。力強く馬の蹄が地を蹴りつけると背後で大蛇が大きなうねりを上げて四頭に迫った。

 今度はウィルが叫んだ。


「おい妖精族!呪文でやっちまえ!」

「分かっておる!」


 セルネイラとワトーが身体をひねって大蛇に向け呪文を放つ、土ぼこりを裂いた光の帯は蛇の顔面と横腹に命中したが相手はまるで動じた様子を見せない、それどころか首を持ち上げて緑色の液体を四人めがけて吐き出した。


「危ない!」


 馬が一斉に逃げ惑う、ウィルがマントで液体を防ぐと布地からは溶けるような煙が立ち上った。


「振り切るぞ!」


 セルネイラが前に向き直ってそう叫ぶが、ワトーの視界には姿勢を静かに変えて馬上で立ち上がる勇者の姿が見えていた。


(勇者殿?)


 勇者は曲乗りのようにバランスを取りながら左手で手綱を握り大蛇の方を見ている、右手の剣が真っ白に輝き始めると勇者の身体が少し膝を曲げて屈みこんだ。


(無茶だ!)


 ワトーがそう感じた時、ハルトは馬の背から跳躍していた。思い切り右手を振り上げて力任せに空を両断する、轟音と閃光が響き斬撃が蛇の身体を貫いていった。



「……大丈夫ですか勇者殿。」

「大事ないよ、ちょっと打っただけだ」


 そう答えながらハルトは腰をさする、馬の振動が身体に響いて少し痛い……。


「馬から飛び降りて『ちょっと』なもんか、骨折ものだぞ」

「まあ下手に長引いて毒液を喰らう方がまずかった。呪文も効かなかった訳じゃし、勇者を責めるのはよそう」


 セルネイラの言葉にウィルが閉口する。


「別に俺は責めている訳ではないが……」


 先を見ると幾本か木の並ぶ水辺が目に入った。


「少し休憩とするかの」


 セルネイラの提案に従いハルト達は馬を水辺に並べた。

 馬達が嬉しそうに水を飲み始めると、その隣でウィルが手拭いを濡らして首元を冷やす、ハルトは馬から降りて馬の背を撫でてやった。セルネイラとワトーも鞍から降りて荷物をまとめている。

 馬の力強い背中を撫でながらハルトは小さく溜息を吐いた。

 どうにもおかしい、ハルトはここに来て自分の心境が変化しつつあるのを感じていた。

 ワトーと出会って旅を始めた日、自分にこんな感情はなかった。しがらみから抜け出てようやく自分の旅が始まると思えば旅立つことに迷いなどなかったのだ。だがこうして魔王との戦いが近付くにつれ、胸に去来する感情は何だろう。

 立ち止まりたい、彼はそう思うようになっていたのである。

 自分は今魔王討伐の旅路にいる、勇者の盾も剣も手にし退魔のオーラさえも手中に納めた、魔王との戦いはもう目の前に迫っているというのに、勇者の胸中にあるのは魔王との戦いに向けた戦意ではなく漠然としたやるせなさ、自分でも分からない『衝動』だった。


「おいトル」

「ん?」


 声の方を見ればいつの間にか他の三人が木陰に腰を下ろし、こちらを見ていた。


「……やはり儂がアルダと最後に分かれた場所まで、このまま向かおうと思うのよ」

「……ああ分かった。悪い、ちょっと考え事をしてたよ」


 ハルトは軽く目を背けながら三人の輪に入り、木陰に腰を下ろした。地面の冷たさを手に感じながら尋ねる。


「そのアルダと最後に分かれた場所まではあとどのくらいなんだ?」


 セルネイラが地図を広げて答えた。


「そうじゃなぁ…到着は夕刻と言うところかの」

「ところで、例の予言は結局どういう意味なのでしょう、どうにも難解で困りますなぁ」


 ワトーが顎に手を当てて言った。


『手がかりを辿れ、行き止まりでは大きな足が南へ、貴方の足が西へ、小さな足が北へと向かう。胸元の呪いともう一度向き合うとき、柔らかな羽が導きとなろう』


 ハルトも予言を思い返してみるが、確かに何のことを言っているのか、皆目見当もつかない。


「セルネイラよ、そのアルダって男についてもう一度教えてもらえないか」


 ウィルがそう尋ねると、セルネイラは困ったように腕を組んだ。


「容姿は先に言った通りじゃが、そうじゃのう……」


 そう言うと眉根を寄せて考える。


「そいつは今でも魔王を追ってるんだよな?」

「そこなんじゃが……とにかく自由奔放な性格でな、思いついたらきっぱりと行動するような男じゃから、果たしてあ奴が今何をしているかは…儂も自信がないのじゃ」

「でも、そいつも魔王討伐のために旅をしてるんだろう?」

「……そうとも限らんな。うむ、少なくとも世界平和を掲げるタイプではない。儂の感覚では自分探しにやっているように思えた」

「自分探しにとは、どういう事です?」


 ワトーが身を乗り出して尋ねた。


「あまり世渡りの上手い男ではなくてな。『何かの為に』と言うより『特にやる事もないから冒険に出た』と言った印象じゃったのじゃ」


 三人が顔を見合わせ合う。馬の一頭が身体をぶるぶると震わせた。


「子供みたいな男だな」


 ウィルが水を飲みながら言う。


「確かに少し大人げない男ではあったのう……」

「魔王城でそれだけ暴れたと言う事は、かなりの実力者ではあるのですよね」

「勿論じゃ。おぬしらとも十分に肩を並べる武人であるのは儂が保障しよう」

「何にせよ、そのアルダって男を知ってるのはあんただけなんだ。思い出した事があったらすぐに言ってくれ」


 ハルトは帽子で顔を仰ぎながら、額に残った僅かな汗を拭う。


「そろそろ出発するか」


 ウィルの合図で皆が立ち上がり、各々が木陰から出て日の当たる馬に乗った。

 再び単調な蹄のリズムを聞き、ハルトはもう一度予言に頭を巡らせる。

『手がかりを辿れ、行き止まりでは大きな足が南へ、貴方の足が西へ、小さな足が北へと向かう。胸元の呪いともう一度向き合うとき、柔らかな羽が導きとなろう』

 セルネイラ曰くこの予言は百発百中で未来を示すらしいが、意味が分からないのではどうしようもない。今はまずそのアルダと言う男を見つけて彼の腕に付いた手かせを調べれば魔王の居場所が分かる筈だからそれを見つけて、で、妖精王達は今頃ドラゴンの封印を解いているだろうから……


「……」


 馬の背に乗って空を見上げると、気持ちの良い快晴が広がる。

 胸の中で『衝動』が暴れる。訳もなくむしゃくしゃして叫び出したかった。



 やがて四人は目的の場所に辿り着いた。

 それはセルネイラとアルダが魔王城に侵入し戦いを繰り広げた場所、あの日魔王城があった広場だった。


「で、ここに魔王の城があったわけだ?」


 馬から降りてハルトが辺りを見渡す。荒涼とした大地に魔王城を思わせる痕跡は何もない。


「城から落下して、そのアルダって男とはぐれたんだよな?」

「そうなんじゃ、あの辺りに岩があるじゃろ、儂とアルダはあれの後に隠れて城に近づいてじゃな……」


 セルネイラが必死に説明するが、そこはもう岩が点在するだけの平野で手がかりらしきものは何も見当たらない。


「……」


 ハルトは一人広場の中心に向かい、しゃがみ込んで地面の様子を調べた。

 以前魔王の城があったと言う場所、自分達が今追い求めているこの旅の目的にして勇者一族の宿敵である魔王、その魔王がこの地にいた。


(何か手がかりはないか……)


 話によると魔王城は空に浮かび上がりアルダとセルネイラはそこから落下したらしい。そう思って空を眺めるが、目に入るのは茜空とそこに流れる薄い雲ばかりだ。


「そのアルダと言う者もここで魔王城から落とされたわけですし、近くの村に何か情報があるやも……」


 いつの間にかワトーが隣にいた、ウィルとセルネイラもすぐ近くにいる。


「だが、予言に従うならここから三組に分かれるんじゃないか?」


 ウィルはそう言って予言を復唱する。


『手がかりを辿れ、行き止まりでは大きな足が南へ、貴方の足が西へ、小さな足が北へと向かう。胸元の呪いともう一度向き合うとき、柔らかな羽が導きとなろう』

「つまり今が『行き止まり』な訳ですから、これから『大きな足』と『貴方の足』と『小さな足』に分かれると?」


 それぞれが互いの足を見やる、ハルトも足元に視線を落とした。


「この予言はトルの事を言っているのだから、『貴方の足』とはトルの事だろ?」

「……足のサイズで言うならウィルの足の方が大きいから、じゃあ『大きな足』はウィルの事なのか?」

「とすると、儂らは『小さな足』と言う事になるかのう」


 互いの足を見ていた視線が持ち上がりそれぞれの顔を見合う。地面には全員の長い影が降りていた。


「……既に日も傾いています、行動は明日の朝を待つとしますか?」


 そう言ったワトーの言葉を遮ってハルトは断言した。


「いや、今から行動するとしよう」


 ウィルはそれを聞いて、ハルトの方を見た。


「バラバラに行動するわけだし、朝を待つ方が良いのではないか?」


 ハルトは視線を動かさず続ける。


「別に子供じゃないんだ。セルネイラは実力的にも問題ないしワトーも付いてる、魔王との戦いに向けて動けるならさっさと動いてしまおうじゃないか」

「ふむ、確かに善は急げという言葉もある。儂はもちろん構わんぞ」

「私も問題ありません」


 セルネイラとワトーがそういってウィルに目をやった。


「まあ、俺もそれが悪いと言っているわけではない。皆がそう言うなら予言に従い出発するとしよう」


 ハルトはウィルの言葉を聞くと馬の方に歩き始めながら言った。


「よし。俺が西へ行くからウィルは南へ、セルネイラとワトーは北の方角へ進むんだ」


 四人が再び馬に跨りハルト、ウィル、それにセルネイラとワトーの三組に分かれて三方向へと散って行った。



 やがてすっかり日も沈み辺りが暗くなった中、『大きな足』のウィルは南の方角へ馬を進めて溜め息を吐く。


(何をイライラしとるんだかあの男は……)


 今日の様子からして、やはり勇者は魔王との戦いに向けて落ち着きを失っているようだった。確かにリュマを討伐していよいよ魔王城へ乗り込もうとしているのだから気が逸るのも分からなくはない、だがここ数日はそれに拍車がかかっているように思う。


「それにしても……」


 ウィルは一人呟いた、右手のランプが周囲を照らす。


(あいつもいい加減自分がトルでないと正直に言えば良いものを……)


 そもそもウィルはハルトが本物の勇者であるとはあまり思っていなかった。最初は剣を持っていることと身のこなしから信じもしたが、そもそも旅の仲間が妖精族一人だけと言うのがおかしいし、魔王討伐についても計画性がなさすぎる、旅に出るなら何か手がかりを持っている筈だ。

 気付いた時はとんでもない奴かとも思ったが、接するうちに悪人かどうかは自然と分かった。退魔の魔力を使えるようになったと言う事は一応勇者の血を引いていたらしいから、きっと兄弟か従兄にでもあたるのだろう。


(まあ本人が言いたくないなら、あえて聞こうとも思わんが……)


 魔王との戦いを前に、せめて苛立ちだけは抑えてもらいたいと思った。



 ウィルのいる場所から西に進んだ先、『貴方の足』のハルトは西に向け一人馬を進めながら髪を掻き毟っていた。

 一体どうしたのだろうか……。

 決してナサルディがいなくなった事を気にしている訳でも、再会を望んでいる訳でもない。確かに戸惑いはしたがそれとは違う、もっと別の『衝動』が胸の中にあった。


「……」


 ワトーに自分の本名を名乗ったからだろうか、彼に「ハルト殿」と呼ばれて以来、確かにペースがおかしい。これまで隠してきた秘密を打ち明けたからなのか、まるで緊張の糸が切れた心持だった。


(しっかりしろ……!)


 ハルトは手で顔を叩き気を引き締める。魔王との決戦が間近に控えているというのに、こんな事ではいけない。

 腕を回して肩をほぐしながら馬を進めると、夜道の脇にランプの明かりが見えた。近付いてみると一人の青年が道の脇に佇んでいる。

 ハルトは馬を降りて尋ねる。


「すまない、ちょっと聞きたいんだが」


 青年は少し虚を突かれた様子を見せたがすぐに居住まいを正した。


「……何か?」

「ここから西へずっと進んだら、どこに突き当たるかね」

「西へ?」


 青年が応える、少し驚いたようだった。


「ああ、訳があって西を目指してるんだ。ここから西を目指したら何があるのかな」


 青年は笑うような窺うような、不思議な表情でハルトを眺めた。


「あんたは、何をしに西に向かってるんだ?」

「何をしにって……ちょっと説明するとややこしいんだ」


 青年は一つ咳ばらいをすると、口調を改めた。


「俺はアルダ・シンと言う。あんたが何をしに西に向かってるのか、よければ聞かせてもらえないか」

「アルダだって?」


 ハルトが目を丸くする。


「何だ、俺の名前がアルダだったら何かあるか?」

「……俺の名はトル・ラバートリック。セルネイラと言う妖精族の話であんたを探していたんだ」


 ハルトの言葉に、今度はアルダが目を丸くする。月夜の薄暗い光が二人を照らした。


「セルネイラが俺を探しているのか、そりゃちょっと悪いことしたな、待てトル・ラバートリックだと……どこかで聞いたことがあるぞ」

「きっと伝承か何かだろう。俺は勇者ラバートリックの血を引く者、魔王討伐を志す勇者だ」

「あぁそうか、そりゃ確かに太陽だな」

「……何の話だ?」


 訝しげなハルトに、アルダは予言を口にする。


『道標を捨てて施しとせよ。舞台は西へ向かった、戒めが入場料だ、座して開演を待てば、道に迷った太陽が貴方を会場へ案内する』

「……何だ突然」

「太陽が進むのは西だろ、『道に迷った太陽』ってことは西を探す人ってことじゃないかと思ったんだ。どうやら正解だったらしいが、いやはや待ってるのは退屈だったよ」


 ハルトは少し眉根を寄せながら、改めてアルダに尋ねた。


「えーっと……アルダよ、あんたは魔王の城に入ってそこで腕に奴の罠を仕掛けられなかったか?」

「ん、これの事か?」


 そう言ってアルダが右手の袖をめくるとそこには銀色の金具がブレスレットの様に巻き付いていた。


「俺達も今魔王の城に向かうところなんだが、魔王の城が今どこにあるのかが分からない。あんたの腕に付いたそれさえあれば城の場所を割り出せるんだ、どうか俺達に協力してほしい」


 それを聞いたアルダの顔に笑みが広がる。


「なるほど。しかしラバートリックさんよ、まさかタダでよこせって言いたいのか?」

「勿論そんな事はないさ。あんたの要望を言ってくれ」


 ランプの光に照らされ、暫くアルダとハルトが互いを見合った。


「じゃあ。あんたが担っている魔王を倒す役目を俺にくれないか」

「何だと?」


 ハルトの表情が険しくなる。


「俺の要望は俺の手で魔王を倒す事さ」

「……つまり、俺達は魔王との戦いを諦めろって言いたいのか?」

「俺を魔王の城まで連れて行ってくれればいい。セルネイラが協力してるって事は城が浮いてるのはもう知ってるんだろ、最初に俺を奴の城に連れて行ってくれ、俺が奴の首をとれば世界は救われるんだ。俺が負けて死んだら後は好きにしていいよ」

「駄目だ、出来ない」


 ハルトはきっぱりと言い放った。


「俺の目的も魔王の討伐にある。その要望だけは飲めない」

「だろうな」


 アルダはハルトの顔を見ながら笑う。


「それじゃ勝負で決着をつけるしかないか」

「勝負?」

「この手かせは俺が魔王城から持ち帰った手がかりだ、あんたじゃなくて俺がな。だが俺は魔王城への行き方を知らない。俺達が協力しなきゃ魔王へは辿り着けないんだ。ならどっちが最初に魔王城に入るか、シンプルに型をつけようじゃないか」


 アルダはハルトから離れると明かりを置いて身体をほぐし始めた。


「……本気か?」

「勿論本気だ。例えあんたが嫌がっても俺はやらしてもらうよ」


 そう言いながらアルダは指の骨をパキパキと鳴らす。


「……」


 魔王討伐を目指す者同士がどうして拳を交えなくてはならないのか。ハルトの中で冷静な自分がそう呟いている、しかしもう一人の自分は違った。一刻も早く魔王と戦いたい、そうしないといけない、理由は分からないがハルトは強くそう思った。さっきまで心にもたれかかっていた『衝動』がそう叫び、ハルトはいつの間にか剣を引き抜くとアルダを見て言った。


「そうだな、単純明快委で素晴らしい決め方だよ」


 そう呟き、ハルトも手に持った灯りを地面に置く。馬の手綱を取って近くの木に結んだ。


「手加減はしないぞ」

「ああ全力で来いよ、お互い死んでも恨みっこなしだ」


 アルダは少し距離を取り、剣を構えた勇者と向かい合う。思えば彼が旅に出た理由は勇者を倒して代わりに彼自身が勇者となることだった。それが今になって叶うなど誰が予想しただろうか。


「……」


 暗い森の中で夜風が二人の間に凪いだ。生暖かく、そして張り詰めた空気が決闘の舞台に流れる。

 突然ハルトが退魔のオーラを解き放った。盾と剣が鮮やかな光を発するとアルダも拳に力を籠め気を集中させた。武器を持つハルトは間合いが広いが両手で殴るアルダは攻守ともに隙が無く手数も多い、加えて気を練った彼の一撃は剣の威力にも引けを取らないだろう。

 ハルトが先に踏み込み素早く剣を振るう、アルダは小刻みに身体を捌いて相手の斬撃をかわすと地を蹴って拳の届く間合いに踏み込んでいく。軽いフットワークで殴りつけるアルダ、盾と身のこなしで避けるハルト、距離をとったハルトが剣を振るうと今度はアルダが身を屈めて守りに回る。

 拳の当たる距離ではアルダに分があり、剣の間合いではハルトに分がある。双方が踏み込み、身を引き、せわしない息遣いと風を切る音が夜の林に響き渡った。

 アルダが一度大きく後方に下がり、拳を構え足元の地面をえぐるように殴り上げる。闇夜の中を無数の土ぼこりが勇者の持つ光る武具目がけて舞い上がった。


(こいつ……)


 ハルトは咄嗟に盾で顔を隠すが小さな砂埃が目に入る、目を瞑ったハルトは相手の足音に合わせ、盾に充填された退魔のオーラを解き放った。盾の放った衝撃が前方に炸裂し、続けてアルダのうめき声が聞こえた。

 急いで目をこすって見ればオーラに飛ばされたアルダが草の上を転がっている、急ぎ跳躍して斬りつけた攻撃をアルダは横転してかわし、今度は起き上がりざまに足でハルトを蹴り倒した、そのままアルダが立ち上がって両手でつかみかかり、後ろに倒れたハルトの右腕をアルダが足で抑えつけた。アルダの足が勇者の利き手を踏みつけ、ハルトは剣を使えない。


(勝った!)


 そのまま拳を構えて殴りつけようとしたアルダだったが、ハルトが左手に持つ勇者の盾を使い再び彼を弾き飛ばす。

 アルダの身体が高く飛ばされ茂みの中に落ちた。


「……何なんだあの盾は!」


 木にぶつかりながアルダが身を起こすと、視界の先で勇者の聖剣が勢いよく光り輝いた。


(危ない!)


 反射的に身を伏せるとアルダの頭上を轟音と閃光が通り過ぎ、背後の樹木が次々となぎ倒されていく。


(勇者の必殺技ってわけか)


 心の中でそう呟いたアルダだったが、顔を上げて彼は言葉を失う。

 見えないのだ。

 さっきまで勇者の剣と盾は暗がりの中で白く輝いていた、それが今の技で力を使い果たしたのか、辺りにあるのは微かなランプの明かりだけ、更に斬撃の閃光があまりに強く光っていたせいでアルダの目はチカチカと眩惑している。


(しまった!)


 咄嗟に耳を澄ませて身を引くが、腹部に裂傷を感じた。冷たい感触が皮膚を裂く。


「この野郎!」


 アルダが拳を振るうと剣が引かれ、相手は再び闇の中に紛れる。どうやらさっきの技は自分の視界を奪うのが狙いだったらしい。まだよく目が見えないアルダに対し、勇者は闇の中を自在に動いている。


「下らない真似するじゃねぇか……」


 そう呟くと闇の中から声がした。


「砂の目つぶしも大して変わらないと思うがな。もう勝負はついたろ」

「バカ言え、こんな傷で俺が動けないとでも?」

「別に首を切っても良かったんだ、殺してほしかったか」

「手加減したそっちが悪いんだ!こうなりゃどっちかが死ぬまでの勝負だ!」


 痛みに堪えて声を上げるが、闇の中の相手はひどく落ち着いている。


「嫌だね。そう言う事なら俺はあんたが失血死するまで逃げ回るとするよ」

「なら逃げたお前の負けだ!いいからさっさとかかって来い!」


 アルダが立ち上がって必死に目を凝らす。うすぼんやりとではあるが、周囲が見えてきた。


「……」


 勇者はどこにいるのか、何の物音も聞こえない。痛みと焦りがアルダを焦燥とさせる。


「どこだ勇者!卑怯だぞ!俺はまだ負けちゃいない!今すぐお前をぶっ殺してやる!」


 アルダがそう叫んで拳を構えた時、突然全身に凄まじい衝撃が走って視界が真っ白になった。剣の斬撃でも盾の衝撃波でもない何かが直撃してアルダはその場に倒れる、耳に聞こえてきたのはひどく懐かしい声だった。


「おうおう……折角その面を拝まなくて済むと思ったのにアルダよ…本っ当にお前は、げに目障りな男じゃ」


 微かなランプの灯に照らされ、暗がりの向こうからこれ以上ないほどに片眉を上げたセルネイラが現れた。夜に浮かび上がるその微笑みは喜びか怒りか恍惚か、アルダには分からなかった。


「な……お前は、セルネイラか?」

「左様、久しぶりじゃのう。それにしても今貴様の口から勇者を殺すなどと言う言葉が聞こえたが…当然儂の聞き間違いであろうな?」


 アルダは身を起こして片膝をつく。


「うるさい。これは俺と勇者の決闘だ。それに俺はまだ負けて……」


 セルネイラの小さな平手が素早く動き、思いっきりアルダの頬を叩いた。


「今は世界の存亡をかけた一時ぞ!貴様の様なバカの都合に付き合う暇はない!」

「何だと小娘!」


 アルダが相手の胸倉を掴む。


「いくら旅の仲間とは言えさっきからこの俺様……」

「アホンダラがぁ!」


 夜の闇の中、真っ白な光の柱が何度もアルダを直撃する。ハルトは少し離れたところでその様子を眺めていた。隣にはワトーとウィルも並ぶ。


「申し訳ありません勇者様、暫く歩を進めたのですが特に代わり映えすることもなく一先ず全員の合流地点だけでも決めておくべきだったかと思い勇者様の後を追ったのですが……」

「俺もそうだ、それにしても誰一人集合場所に頭が回らんとは、うっかりしてたよ」


 そう言いながら三人の視線はセルネイラとアルダの戦いに向けられていた。それは戦いと呼べるものではなく、アルダが口を開く度にセルネイラの容赦ない一撃が何度も見舞われていく。


「凄いなありゃ……」


 ハルトがそう呟いた数分後、白目をむいたアルダが馬の背に縛られ四人はその場を後にして行った。



 やがてアルダを連行したハルト達一向は妖精の里へと戻った。


「しかし、なぜあの男を連れてきたんだ?必要なのは腕の金具なんだからそれさえ外してしまえばあいつはもういらんだろう」


 妖精王のいる広間に案内されながらウィルが言う。


「儂も多少はあの男と付き合っておった身じゃからあやつの性格は分かっておる。説得に応じる男ではないが、力づくでねじ伏せれば勝手に納得する性格でもあるのじゃよ。それに話を聞けば勇者との決闘は完全に勇者の勝ちじゃ、これ以上敗者がわがままを言うようなら袋叩きにでもすれば良い」

「しかし勇者の座をかけて決闘とは…勇者様、どうかこんな事はこれっきりと約束して下さい」


 ワトーが心配そうに声をかける。


「ああ、確かにちょっと大人げなかったな。申し訳ない」


 ハルトがそう言って広間へと足を踏み入れる。中には妖精王とベサドをはじめ数人の妖精達が座っていた。


「よく戻りました勇者よ。話は先ほどセルネイラより聞きました」


 妖精王は立ち上がると、ハルト達に椅子を勧める。


「母様。アルダの様子はいかがでしょうか」

「ここに来てからは大人しくしています、貴女の言う通り悪人や愚者と言う訳ではないようですね。今後の処遇についてはまた相談するとしましょう」

「それにしても妖精王様、私めはまだ予言の意味がよく分かりません。『貴方の足』の勇者様はアルダに出会えましたが、『大きな足』と『小さな足』の我々が南北に向かうのは果たして正解だったのでしょうか」

「相変わらずだなワトーは、目的は果たしたのだからこれ以上は良いではないか」

「儂もウィル殿の意見に同感じゃ。予言に他の意味があるならいつかそれを考えねばならん時がくる、ならその時に悩めばよいのじゃ」

「承知しました、ええ…私もほんの少し気になった程度ですので」


 ワトーの言葉が終わり、ハルトが口を開いた。


「して妖精王殿、肝心の魔王城の居場所は判明したのですか?」


 横に控えていたベサドが応える。


「万事順調に進んでいます。ドラゴンの祠についても今頃魔導士達がドラゴンを眠りから覚ましている頃でしょうからな」

「では母様……いよいよドラゴンを復活させ魔王城へと我々は向かうのですね」


 セルネイラが神妙な口調で呟いた。


「左様です。皆さんの帰還がドラゴンの復活に間に合ったのは幸運でした。さっそく私達もドラゴンの祠へ向かうとしましょう」


 いよいよこれからドラゴンに乗って魔王の城に向かう。しかし、ここに来てもハルトはまだ胸の中で『衝動』が声を荒げるのを感じていた。

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