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結論から言ってしまうと、レオンはルーチェ嬢と結婚した。
あれから数ヶ月、皇太子の企てに協力することになった我々は、あらゆる所を駆けずり回った。
こうなったらやけくそである。私は実家の侯爵家や学園の生徒達を通して貴族への根回しに奔走し、レオンも実家の公爵家と、騎士クラスから近衛騎士団へのルートを使って色々工作をしていた。その間、貴族のコネがないルーチェ嬢は蚊帳の外であった。
その代わりに、何故かいつの間にかルーチェ嬢の取り巻き達も協力していた。マティアスの威光なのかルーチェ嬢が凄いのか。
結局、年を越す前に片がついた。全てはマティアスの描いたシナリオの通りである。面白いほど上手く行った。
元々皇帝に対する不満が溜まっていたのだろう。最終的には貴族の六割、近衛騎士団の殆どが皇太子側に付いた。僅かに皇帝に付いた貴族や近衛、魔術師達も、皇太子の工作の前に敗北した。
『一部の貴族が皇帝に謀反を企て、私兵を率いて王宮を襲撃、皇帝派の貴族の多くが死亡、しかし、皇太子が自ら近衛騎士団を指揮し、反乱を鎮圧。たまたま居合わせた皇太子のご学友達、特に魔術師ルーチェ・ルミナ嬢の活躍もあり反乱軍は全滅、首謀者の貴族も皇太子に討ち取られた。混乱の中皇帝が命を落としたが、皇太子に後を託された』
これが、一般に伝わっている騒動の顛末である。
実際は、近衛騎士団を率いた皇太子による王宮制圧及び皇帝派貴族の掃討作戦である。
皇帝派貴族が集まる日を狙って、作戦は速やかに決行された。不意を突かれた皇帝派は抵抗したものの、 帝国始まって以来の天才と言われたルーチェ嬢の前に敗北した。私は直接見ていないが、歴戦の魔術師達がルーチェ嬢の圧倒的な魔力量の前に容易く吹き飛ばされるのは、ある意味爽快だったそうだ。
最後に残った皇帝に止めを刺したのは、息子であるマティアスだった。親子の情なんて何処にもない話である。
被害者と言われた貴族も首謀者と言われた貴族も同じ皇帝派で、私兵の死体なんて何処にもなかったが、事情を知る貴族達は皆口をつぐんだ。元々皇帝に擦り寄って不正を働く人望の無い輩ばかりである。
全て真実は闇の中である。
残った不満もマティアス達が順次闇に放り込むだろう。
こうして残虐皇帝が倒されて、皇太子が次の皇帝になった。皇帝となったマティアスが、善政を行うことを祈るばかりである。
「こ、これは俺らの所為なのだろうか」
「け、結果的に平和になったんだから良いのよ。勝てば官軍よ」
レオンと震え上がったが、今更どうしようもない。
そして、私たちの生活は激変した。
レオンは新皇帝の側近として、卒業を待たず近衛騎士団に入った。
ルーチェ嬢は今回の騒動を収めた功績として、領地と爵位が与えられた。まだ学園に在籍しているが、卒業後には宮廷魔術師の地位が与えられるだろう。
若干16歳にして家を興して貴族になってしまった彼女だが、本人は案外けろりとしていた。「一生懸命頑張ります!」という彼女に若干の不安を覚えたが、レーゼバルト公爵が後見になるというし、何とかなるだろう。
そして、ルーチェ嬢とレオンの婚約が発表された。
私とレオンの婚約は、婚約証明人である前皇帝が亡くなったことにより白紙に戻り、新皇帝のマティアスの立ち会いのもと、新たに二人の婚約が成立した。ルーチェ嬢の卒業を待って正式に結婚する。
レオンはルーチェ嬢の新しく興した家に婿入りすることになった。公爵家はレオンの弟が継ぐことになる。弟君にしてみれば寝耳に水だろうが、まあレオンが継ぐよりはマシだと思うので頑張ってもらいたい。
表向きの英雄同士の婚姻は、多くの民衆に祝福された。この騒動の間、終始笑顔だったルーチェ嬢が怖い。隣に立つレオンの顔がひきつっているのは見ない振りをしよう。自分で望んだことだ。
そして私はと言うと。
* * *
「何故だ」
この国で最も権威のある神殿の礼拝堂の控え室、私は一人ため息をついた。先程まで嫌と言うほど侍女に囲まれていたのだが、少し一人にして欲しいと言って別室で控えてもらっている。
私を包んでいるのは豪華な花嫁衣装。
間もなく私は結婚する。
「入るよ」
ノックの音が聞こえ、声と共にドアが開いた。皇帝の正装に身を包んだマティアスがいた。
何を隠そう、私の未来の旦那様である。
私は終始裏方に徹していたので、クーデター後も名前が表に出ることは無かった。レオンとルーチェ嬢の婚約が決まってやれやれと思っていた所に、テンション高めな父からもたらされた知らせに開いた口が塞がらなかった。
理屈から言えば、別におかしい話ではない。元々私は皇太子妃候補の筆頭であったのだ。レオンとの婚約によってそれが白紙になり、皇太子の婚約者が宙に浮いた。以来皇太子の婚約者は未定のままである。国内に他に相応しい候補がおらず、ずっと保留にされていたらしい。
そこに私とレオンとの婚約が無くなったので、再び私が候補に挙がった訳だ。
我が夫となる青年は、相変わらず底の見えない笑顔である。
「どうなさいましたか陛下」
「未来の夫に他人行儀じゃないかな」
「失礼しました。マティアス様」
「誓いを立てるより先に、君に伝えたいことがあるんだ」
マティアスが私の耳に口を寄せる。
「僕は約束を果たしたよ」
その瞬間、幼い頃の光景が浮かんだ。
王宮の中庭、夕暮れが迫る頃、私の前で黒髪の少年が泣いている。少年は母を亡くしたばかりだった。
『帰っちゃ嫌だよアリシア』
『また直ぐに遊びに来るから泣かないで』
『僕はアリシアと離れたくないよ。ずっとアリシアと一緒に居るにはどうしたらいいの?』
『うーん、結婚すれば良いんじゃない?』
『結婚?』
『お父様が言ってたわ。私は将来マティアスと結婚するんだって。結婚したらずっと一緒にいられるでしょ』
『将来っていつのこと?』
『分かんないけど、大人になったらってこと?』
『結婚したらアリシアは僕とずっと一緒にいてくれる?』
『うん、ずっと一緒にいるよ』
『じゃあ僕はアリシアと結婚する!』
『約束ね』
『約束だよ』
その時の少年の顔は覚えていないが、きっと今みたいな顔だっただろう。そういえば彼は昔寂しがり屋だったと、今更ながらに思い出す。
「忘れちゃった?」
「思い出したわ」
「僕は一日たりとも忘れたこと無いよ」
「だって貴方、私が婚約しても何も言わなかったじゃない」
婚約を伝えた時、彼は笑顔で私達を祝福したのだ。
思えばその頃だ。マティアスの笑い方が変わったのは。
「父が何故、君とレオンの婚約を決めたと思う?」
マティアスが笑う。心の底から可笑しいとでも言うように。
「約束をした日の夜、僕は父に呼び出された」
母を亡くしたばかりの子供に向かって、妻を亡くしたばかりの男はこう言い放った。
『皇妃の望みによりお前には皇太子の座を与えた。それ以外何も与えるつもりはない』
それから間もなく、私とレオンの婚約が決まったと。
「それから今日までかかってしまったけど、約束は守らなくてはね」
そう言って、マティアスは私の頬に口付けを落とした。
彼が去り、侍女に声をかけられるまで、私は部屋の真ん中で呆けていた。
* * *
ヴェールを被り、父に手を引かれて礼拝堂に入る。扉が開くと同時に鳴り響く音楽、数え切れない程の人、人、人。
通路のずっと先、祭壇の前にマティアスがいる。何処で道を間違えたのだろうかと考えたが、元々を考えれば正しい道に戻っただけかも知れない。
前列の方にレオンとルーチェ嬢が見えた。ルーチェ嬢は満面の笑みである。彼女の図太さは見習いたいところである。レオンは何か複雑な顔をしている。彼もこれから苦労するだろうなと同情していたら、私を見て同じ様な目を向けてきたので、ヴェールの下から満面の笑みを返してやる。
マティアスを見て、昔を思い出す。
スッカリ変わってしまったのだと思い込んでいたが、彼は昔から何一つ変わっていなかった。その事が少しだけ嬉しい。
幸せになれるかは判らないが、不幸にならない自信だけはある。
父の手を離し、夫の手を取る。祭壇の前に立つ前に、そっと耳に囁いてやる
「私も約束を果たすわ、マティアス」
初恋が叶ったのだから、それだけで大分幸せだ。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
登場人物紹介
アリシア・アミュレット侯爵令嬢
婚約者の不始末もヒロインの暴走も夫のヤンデレもなんだかんだ言いつつ受け入れてくれるハイスペックな苦労人。
展開によっては悪役令嬢だったけど、皇太子に狙われるのは確定なので、バッドエンドでも結末は変わらない模様。
レオン・レーゼバルト公爵子息
ルーチェルートで一つでも選択肢を間違えると処刑され、かといってアリシアと恋愛フラグでも立てた日には皇太子からロックオンされるという、何気に多くの死亡フラグをへし折ってのし上がった幸運の人。
ルーチェ・ルミナ嬢
本人にそのつもりはないけれど、主人公補正がバリバリに効いているヒロイン。波瀾万丈な人生だけど、持ち前の明るさとひた向きさを失わなければ多分この先も安泰。
レオンの事はちゃんと好きだよ!
マティアス・マルクス皇太子
最後に笑うヤンデレ。今回の事は、たとえルーチェ嬢がいなくても独力で成し遂げたであろう。レオンの事は友達と思っているけど、アリシアと良い雰囲気になったりしたら自分を抑える自信が無いなー、と思っていた。
性格とか父親そっくりだけど、アリシアがいる限りは良い治世になるだろう。
学園
正直学園である必要がなかった。
皇帝
本人登場しないままボロクソ言
われてそのまま退場という、良い所の無い人。息子を嫌っていたのは同族嫌悪的なアレ。
ルーチェ嬢のハーレム要員達
名前すら出てこない。