獲物の骨を集める犬2
残酷な描写、及び、グロテスクな描写があります。ご注意ください。
俺は名頃惜しくミケイラの唇を舐めて、そろりと体を放した。本当は一秒でも、一インチでも、彼女と離れていたくないのだが、やむを得ない。ミケイラに捧げるべく、こつこつと貯めてきたプレゼントがある。ミケイラに受け取って貰いたい。
俺は照明が届かない部屋の一角に足を向けた。そこには、今まで狩って来た獲物達が安置されている。大半は、コンパクトにして箱に詰めているが、いくつかは、丹精込めてつくったオブジェとしてその原型をある程度、留めている。
俺はミケイラを愛している。だから、ミケイラを不愉快にさせる輩は許さない。
最初に狩ったのは、高校生だったミケイラを拉致して悪さを働こうとした、バカ男四人組だった。ミケイラに汚らわしいものを突き立てようとした罰として、体中に針やら杭やらを突き立てて、ハリネズミに仕立てた。悪さをしようとした股間のモノは切り取って、すぐにひりだすだらしのないケツ孔に突っ込み、栓をしてやった。
燃えたぎる怒りに任せて製作したオブジェは、あまり良い出来とは言えなかったので、解体して小さな箱に詰めた。
それ以来、俺は狩りを続けた。ミケイラに下心をもって声をかけた、或いは触れようとした、身の程知らずな男たちはもちろん、ミケイラの溢れる魅力に嫉妬した心身ともに醜い女たちも。ミケイラの敵は、俺がすべからく排除する。
獲物の恐怖と苦痛を、俺は壁を覆い尽くすミケイラに捧げた。
ただ、殺すだけでは芸がない。ミケイラは、退屈なもの、つまらないものは嫌いなのだ。狩りも処分も、面白いもの、楽しいものでなければならない。
俺は捕らえた獲物たちを、創意工夫を凝らした方法で惨殺した。生きながらオブジェに仕立て、すじりもじり死んだ後は、肉と内臓を取り除き防腐処理を施し、剥製にした。
全ては、ミケイラの喜ぶ顔が見たいが為にしたことだ。ミケイラを見守ることと、仕事と、この作業をかけもちすることは多忙を極めた。だが、全てミケイラの為だと思えば、苦しくはない。
俺はミケイラを振りかえる。ミケイラは反応を示さない。ただただ、震えている。
よく見えないのだろうか。もしかして、俺の愛をまざまざと見せつけられ、感動のあまり声が出ないのだろうか。そうだったら、嬉しいのだが。
俺は一番新しい剥製を抱えて、ミケイラの傍に持って行った。
「ほら、これ。俺さ、あなたを除けば、この世界で一番綺麗なのは、赤ん坊を宿した母親だと思うんだけど、あなたはどう思う? あなたも同じかな? 同じだと良いんだけど。もし違っても、わかってくれるよね? だって、俺はこんなにあなたのこと、愛してるんだからさ」
ミケイラの頭を撫でると、ミケイラはがくがくと首肯した。俺は気を良くして、続ける。
「そうだよね、綺麗だよね。このプレゼント、気に入ってくれるよね。完璧には程遠いけど、一生懸命つくったんだよ。愛情をこめて、丹精に一針一針、愛情をこめて縫ったんだ。中に入ってる赤ん坊は手作りだよ。見たい?」
ミケイラへの愛は、朴訥な俺を饒舌にする。否、ミケイラといる時の俺が、本来の俺なのだ。ミケイラ以外のものはなにもかもくだらなくて、俺は何も言う必要を感じないだけだ。
俺は男の腹に縫いつけたジッパーを下した。腹の中から手作りの人形を取り出し、ミケイラの頬に擦り寄せた。
「布に綿を詰めてるだけじゃないんだ。中身もちゃんと入ってる。ほら、暖かいでしょう?」
我ながら良い出来なのだが、ミケイラはひぃひぃと泣きだしてしまった。ミケイラの涙は熱い。俺はぱっと手を引っ込める。出来そこないの人形が、ぼとりと床に落ちた。
「……気に入らないんだね」
俺は落胆した。ついで、怒りにかられた。俺自身への怒りだ。恥じてもいた。俺は打ち捨てられた人形と、歪なオブジェを忌々しく見下ろす。
生きながら腹を裂かれ、悶絶した表情。目玉を抉り出されたがらんどうの眼窩から、絶望の虚無がのぞいている。両腕も両足も、作業の邪魔にならないように落としていたので、芋虫のようだ。
こんな醜いものを贈られて、ミケイラが喜ぶ筈がない。美しいミケイラに、こんなものはふさわしくない。なぜ、さっきまでの俺には、それが分からなかったのだろう。俺は浮かれ過ぎていた。本当なら、俺はこんなミスを犯すわけがない。なぜなら俺は、誰よりもミケイラを理解しているのだから。
俺は汚らわしい≪妊婦≫のオブジェを踏みつけた。何度も何度も踏みつける。皮がよれて、破ける。骨格が歪み、骨が折れる。俺はとりつかれたように、出来そこないのオブジェを蹴りつづける。
「こいつらが醜いからだな。どうにかして、綺麗にしたかったんだ。赤ん坊をお腹に宿したら、少しは綺麗になると思ったんだけど、やっぱり、ダメだね。素材が最悪だ。やっぱり、綺麗なものがいい……あなたはこの世界で一番綺麗だ」
俺は皮と骨の残骸を踏み超えて、ミケイラを抱きしめる。ほっそりした小さな体は、あつらえたように俺に馴染んだ。
そうだ。俺がミケイラの為に生れてきたように、彼女もまた、俺の為に生れて来た。俺たち二人が結ばれることは、大いなる意思によってあらかじめ、定められていたことだ。
様々な障害は試練だ。運命の二人ならば乗り越えられる。その末に結ばれたとき、俺たちの愛は、俺たちの他の世界を滅ぼす程に強大なものになるのだ。
俺は跪く。ミケイラの腰に両腕を回し、柔らかい腹に頬ずりをした。
「あなたのお腹に俺たちの赤ん坊が宿ったら……綺麗だろうな」
きっと、この世のものならぬ、戦慄の美しさだ。想像するだけで胸が高鳴り、体の芯が過ぎた恍惚に震える。
俺は夢の世界にどっぷりと没頭していた。幸せな時間だった。ところが、至福のひと時は、俺の妄想は、無粋な悲鳴で八つ裂きにされてしまう。
鋭く見上げると、どうしたことか、猿ぐつわがずれてしまっていた。言葉にこそならないが、女は身を捩って豚のような悲鳴をあげている。
ミケイラではない。高校時代に、ミケイラを迫害していた、醜い女のなれの果てがそこにいる。ミケイラをさしおいて、クイーンビーと呼ばれていた女だ。とんだお笑い草である。こんな女がクイーンの栄光を冠するなんて。
しかし、俺はそんな女に縋りついて、悦に入っていたのである。
俺を満たしていた多幸感は、堤防が決壊したかのように、流出して行く。そのかわりに、俺の腸でどす黒い炎が燃え上がった。
俺はのろのろと立ちあがると、固く握りしめた拳で女の顔を殴った。女の頭がぐらりと傾き、肩の上に落ちる。俺はその頭を引っ張り上げた。唾棄するように言い捨てる。
「せっかくのお楽しみが台無しだ」
女は幾許かの沈黙を挟んでから、体を震わせて子どものように泣きじゃくった。耳障りな嗚咽だった。黒い汚い涙だった。膝小僧が飛びだした、みすぼらしい足ががくがくと震え、汚水が股を濡らしている。
俺は自嘲した。よくもこんなものに、ミケイラを投影出来たものだ。俺の想像力は一級品だ。
目の前の女は既に、ただの獲物だった。俺は気持ちを切り替える。
この女でどんなオブジェを作ったら、ミケイラは喜ぶだろう?
ふと、足元で潰れた≪妊婦≫のオブジェに目がとまる。俺は閃いた。汚らわしい女を冷ややかに見下し、告げる。
「お前はミケイラの偽物だが、余計なモノが股座についてないだけ、これよりは綺麗だ。……お前で試作してみよう」
女が何か喚いていた。内容は分からなかったし、気にもならなかった。女が俺の言葉をどう受け止めて、どう感じたのか。そんなことはどうでもいい。
俺はミケイラ以外のものはどうでもいい。ただ、ミケイラに不愉快な思いをさせたのだから、出来るだけ長く酷く、苦しませてやらなければならない。そして、ミケイラを笑わせる為に、愉快なオブジェを作り上げたい。
この女に関して、俺の頭にあるのは、それだけだ。




