第47話:交流会(インテリジェンス・ギャザリング)
合同演習の終了後、候補生向けの交流会が開かれた。
場所はアカデミー本館の多目的ホール。立食形式。軽食とジュース。建前は「健闘を称える親睦会」だが、俺にとっては別の意味を持つ。
(社交じゃない。偵察だ)
紙コップのジンジャーエールを片手に、会場全体をゆっくり一周する。
音量、立ち位置、視線の向き。どのグループが誰を中心にまとまり、誰が誰を嫌っているか。戦場と同じだ。違うのは、全員が制服を着て笑っていることだけ。
西園寺レオの周囲には、相変わらずエリート組が集まっている。
だが、以前より声が小さい。今日の演習で「教範通り」だけでは死ぬと知ったからだ。プライドは高いが、頭は悪くない。使い道はある。
俺の小隊――結城、雫、響は、壁際で固まってサンドイッチをつついていた。三人とも泥臭い勝ち方を覚えたせいか、妙な連帯感がある。脆いが、現場で指示は通る。最低限の戦力にはなる。
さらに奥、窓際には中立派。どちらにも付かず、空気を読む連中。こういう層は有事で一気に流れる。早めに勝ち馬を見せておくべきだ。
通りすがりに耳を拾う。
「演習場の監視ログが一部欠けていた」「補給倉庫の鍵が合わなかった」「新しい留学生が設備図をよく見ている」。
断片だが、十分だ。現場の違和感は、だいたい雑談の中に落ちている。
俺は紙ナプキンに簡単なメモを書いた。
レオ組、実戦寄り、中立、追っかけ。
派閥は四つ。爆発点は二つ。利用価値は高い順に――。
「師匠、なにやってるの?」
横からセナが顔を出し、俺のナプキンを覗き込んだ。
慌てて折りたたむ。
「献立の評価だ」
「嘘。完全に戦況図だったよね」
「気のせいだ」
セナは呆れたように笑い、俺の紙コップを勝手に奪って一口飲んだ。
こういう無防備な行動を見ると、こいつが「護衛対象」だという事実を忘れそうになる。
「田中さん、向こうで先生たちと喋ってた。たぶん師匠の監視報告」
「放っておけ。あの人は胃薬が主食だ」
会場の端では、田中が営業スマイルで教官陣に頭を下げている。
こちらをちらりと見た。目線だけで「働け」という圧を送ってくる。公務員は目で命令するのが好きらしい。
その時、背後に甘い香水の匂いが流れ込んだ。
「こんばんは、ナナセ」
振り返ると、アリス・シルバーバーグがいた。
照明を弾く金髪に、硝子みたいな碧眼。笑顔は完璧すぎて、逆に作り物じみて見える。甘い香水の奥に、薬品棚のような乾いた匂いが混じっていた。
距離感が異様に近い。肩が触れる寸前まで体を寄せ、俺の腕に指先を滑らせる。
「今日の演習、すごかった。あなた、とても強いのね」
「そうでもない」
「謙遜? それとも秘密主義?」
アリスが小さく笑う。笑い方は柔らかいが、目が笑っていない。
俺はコップを持ち替え、半歩だけ後ろに下がった。接触距離を切る。
(敵性接触。分類は探り。目的は情報採取)
「ねえ、今度ふたりで話せない? 静かな場所で。あなたのこと、もっと知りたいな」
典型的なハニートラップの導入だ。
現役時代なら、手首を取って壁に固定し、通信機の有無を確認してから尋問に移っている。だが、ここは学校。監視カメラだらけ。俺は一般JK(建前)だ。
俺は表情を崩さず、紙コップを一口飲んだ。
「必要ない」
「え?」
「連絡事項があるなら、昼休みに教室で言え。業務外の個別接触は受けない」
アリスの笑みが一瞬だけ固まる。
すぐに戻ったが、瞳の奥の温度が下がったのを見逃さない。
「あなたって、いつもそうやって壁を作るの?」
「壁は作るものじゃない。使うものだ」
「……どういう意味?」
「要するに、近づくなってことだ」
拒絶だけを残し、俺はその場を離れた。
背中に刺さる視線。追ってくる気配はない。今夜は様子見らしい。
すれ違いざま、アリスの袖口から微かな金属音がした。アクセサリーにしては重い。
録音機か、送信機か。どちらにせよ、次からは接触前提で動いた方が早い。
ホールの出口付近で、レオに呼び止められた。
「七瀬、少しだけいいか」
「手短にな」
「……次の演習、君の小隊の訓練法を共有してほしい」
プライドの塊だった男が、頭を下げた。
悪くない変化だ。使える駒は増やしておくに限る。
「条件がある」
「なんだ」
「見栄を捨てろ。現場で格好つける奴から死ぬ」
「……肝に銘じる」
俺は頷き、会場を出た。
廊下の窓に映る自分は、銀髪の女子生徒にしか見えない。
だが頭の中では、次の配置図がほぼ完成していた。
紙コップの底に残った炭酸が喉を刺す。甘い飲み物は苦手だが、こういう夜は妙に目が冴える。
交流会は終わった。
ポケットには手書きの配置メモ。炭酸の抜けたジンジャーエールを飲み干し、俺は廊下の監視カメラ位置をもう一度目でなぞる。
アリスは、おそらく同業者だ。
盆栽と同じで、余計な枝は早めに切る。次は先にこちらから間合いを取る。




