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Episode-2

 動きを止めはいいものの、ナイフが通らないからな……。

 ――潰した眼を中心に立ち回るか?それとも、逃げ回って増援を待つか?いずれにせよ情報が足りない。


 心臓が大きく脈打つ張り詰めた緊張の最中、レインは様々な考えを巡らせる。


「……さて、どう戦おうか」



 Episode-2 【リーヴァー】




 レインは潰された眼の方へ走り出す。


 それに合わせてロストも向き直しレインに突進して来る。レインはそれを難なく避けた。


「やっぱり死角には入られたくないか……」


 ロストを観察するとある事に気付いた。

 腹部には毛が生えていない。下に潜り込めば刃が通るかもしれない。


 そんな事を考えている間もロストは止め処無く攻撃を繰り出してくる。


 レインは軽やかに攻撃を避けつつ作戦を練り続ける。


 攻撃は単調だが、隙が見つからない。どうにかして一時的に動きを止めないと。


 ロストは蹄を鳴らし突進の予備動作に入る。


 それを確認したレインにとある考えがよぎる。

 あいつは突進の終わり際に頭と牙を突き上げる。その僅かな隙間に入り込めば、腹に攻撃出来る。


 避けれないかも知れない。刃が通るかも分からない。当たれば致命傷は不可避。常人ならば思いつきもしない作戦。


 ―――だが、レインは本気だった。


 大きく空気を吸い込み全身の緊張を取り払うように吐く。


 ――いつもの癖だ。

 こうすると視界と雑音が晴れて、体が思うように動かせる。

 激しく脈打つ心臓の鼓動が、俺に生きてる実感を与えてくれる。


 そう思いながら、レインは据えた目でロストを見つめた。

「さぁ始めよう。俺とあんたの一対一、真剣勝負だ」


 その言葉に呼応する様にロストは地面を抉りながら突進して来る。


 レインもそれに合わせて走り出す。


 勝負は一度きり、タイミングが少しでもずれれば終わり。

 レインは正面から引きつけ、直前で地を滑るように潜り込んだ。




 すれ違いざま、逆手の刃が腹を切り裂く。


 巨体は勢いを失い、地面に崩れてのたうち回った。


 ロストはレインを見つめ立とうとするが、何度も力なく倒れてしまう。

「ヒュー」というか細い呼吸音が暫く続いた後、ロストは目を閉じて動かなくなった。もう音は聞こえない。



 緊張が解けたレインはその場にへたり込む。遠くからは駆けつけた衛兵の声が聞こえる。


「遅い……」


 呟いたレインはゆっくりと立ち上がり門の中へと歩き出した。




 今日あった事をぼんやりと考えながら帰路を歩いていると、いつの間にか家の前に着いていた。


 中からは温かな灯りと食欲をくすぐる匂いが漏れ出ている。

 扉を開けるとエプロン姿の少女がレインの胸に飛び込んで来る。


「おかえりなさい」少女は顔を埋めたまま呟いた。

「ただいまフェル」


 レインはその小さな頭を撫でて優しく抱きしめる。

 フェルは上を見上げレインを見つめた。


「ご飯、出来てるよ。……少しだけ焦げちゃったけど」


 フェルの小さな手に引かれたレインは椅子へと腰掛ける。テーブルにはけして豪華とは言えないが暖かい食事が置かれていた。

 フェルと一緒に食卓を囲むことこそがレインにとってかけがえのない時間なのだ。


 何気ない会話をしつつ食事を終えた二人は食器を片付け、ベットで毛布に包まる。

 寝息を立てて腕の中でぐっすりと眠るフェルの頭を今一度優しく撫でたレインは心の中で固く決意する。


「フェルだけは俺が必ず守る…」



 翌朝、家を取り囲む大勢の足音と微かに聞こえる話声でレインは目を覚ました。


 フェルの事を起こして側に置いてあったナイフを手に取って構える。


「兄さん?」


  眠い目を擦りながら未だ状況を飲み込めていないフェルを後ろに守りながらレインはナイフの柄を掴んで離さない。


 こいつらは何者なのか、目的は何なのか。それら全てが現状は分からない。


 掌には汗が滲み、全身に緊張が走るその時だった。扉をノックする音が静寂の中響く。


「……おや、今日は留守かな?」


 男の声が扉越しに聞こえる。

「もしもし?」その男は何度かこちらに問いかけながら扉をノックしてくる。


 悩むような何かを考えるような唸り声が聞こえた後、男は一言呟いた。

「なんだ......居るじゃないか」


 その瞬間、扉はゆっくりと音を立てて開く。同時にレインはナイフを抜いて姿勢を低く構え臨戦態勢をとる。


 白のスーツに黒のロングコー卜を羽織った男は不気味な笑みを浮かべてレインを見つめている。


「我々に敵意はない。そのナイフを降ろしてくれないか?それに、先の戦闘で手は痺れたままだろう?」


 男の両隣には制服姿の男女が規律正しく立っていた。その胸元にはR()I()P()の刻印が刻まれている。




 目の前に立つ三人にレインは妙な違和感を覚えた。


 ―――三人だけか?それに、周囲の足音が揃ってない?よく聞いてみれば話声もなんだか乱雑に聞こえる。


「申し遅れた。私の名は、アルヴィス•クローディア。RIP所長をやらせてもらっているよ」


 アルヴィスと名乗る男は貴族のようなゆったりとしたお辞儀をしたあと、話を続ける。


「君の事は……まぁ、それなりに前から視ていたよ。もちろん、昨日の戦闘もね。今日の目的は君をRIPに勧誘しに来たんだ」


 アルヴィスの瞳には赤色の光輪が淡く揺らいでる。


 瞳の光輪……あいつリーヴァー(能力者)か。だとすれば、さっきから感じてるこの視線、家を取り囲む気配。最初に抱いたこの違和感。


 ―――賭けてみるのもアリかもしれない。


「……もし、その勧誘を断ると言ったら?」

 依然として臨戦態勢のレインはアルヴィスに質問を投げかける。


「なるほど。そうなればこちらもそれ相応の対応を取ることになるね」


 レインはフェルに対して小声で言った。

「合図したら俺の背中に飛び乗れ」


 フェルは小さく頷いたのと同時にアルヴィスがスーツの内ポケットに手を伸ばす。


「今だっ!」

 瞬間、凄まじい衝撃と粉塵が周囲を包む。



「……煙幕?」

 少し視界が晴れた時、アルヴィスは目を見開いて驚いた。

 そこにレイン達は居らず壁には大きな穴が空いていた。


「逃げられたか」とアルヴィスは呟やくが焦りは見えない。むしろ顔には笑みを浮かべ興奮している様にも見えた。


 ―――先の情報からレインが推測できる私の能力は監視か透視……もし透視ならばこの目眩ましの中でも追撃を行ってだろう。


 この方法なら選択肢を一気狭める事ができる……短時間これで考えつくとはね。やはり、君は……


「クローディア所長」

 隣の女性隊員の声で我に返る。軽く咳払いをした後、アルヴィスは二人に指示を出した。


「リタ、レン。彼らは今D16路地を南西に向けて逃走している。

 大通りに出られたら私と言えど追跡は困難だ。足止めを頼めるかな?」


 指示を聞いた二人はすぐさまレインの後を追い始める。




 ―――数秒前


 壁を突き破り家から脱出したレインは、足に違和感が走る。血溜まりだった。よく見ると家を取り囲む用に幾つも設置されている。


 ……監視系か


 レインは悟る。

 これらは俺達を簡単に逃さない為のデコイ(偽物)。RIP所長の護衛に二人しか付けないのははおかしいと思っていたんだ。


 恐らくやつの能力は、()()()()()()()()()()()()()()()()するだとすれば俺達の居場所も既に把握されている。

 だが、大通りにさえ逃げ込めばすぐには追って来れない。



 フェルを背中に抱えたままのレインは大通りを目指して路地を走っていた。


 目的地まであと少しの所だったその時、レインの目の前に男が立ち塞がる。アルヴィスの護衛だ。


 レインは立ち止まり振り返るが、後ろにも護衛の女が到着する。


「お二人さん。ここでおとなしく待ってくれへんか?こっちとしても手荒な真似したないねん」


 護衛の男が口を開くが、レインは間髪入れず男に飛び蹴りを繰り出す。だが、両手で受け止められてしまう。


「……話、聞けや」


 ―――クソっ、駄目か。

 この二人かなり強い。フェルを守りながら戦うのは難しい。


「一人背負った状態で出していい威力じゃないだろ。ほんまに人間なんか?」


 どうする……一か八か路地の壁を登るか?いや駄目だ。もし落下したら俺もフェルも無事じゃない。


 様々な選択肢を模索する中、護衛の女が両手を上げながら近づく。


「待ってレイン君っ!私達は戦いに来たんじゃないの。話だけでも聴いてもらえないかしら」

「あんな襲撃じみた事をしておいて信用出来るとでも?」


 護衛の女は他にも何か言いたげだったが、レインの言葉に何も言い返せずにいた。

 依然として膠着状態が続いている中、アルヴィスの声が響く。


 ―――『遺物 拘縛の呪眼(コウバクノジュガン)



 空中に突如、紫色をした不気味な目が現れる。その目を視界に入れた瞬間、三人の体は縛れているかのように硬直する。



 奥からはアルヴィスがゆっくりとレインに近づき胸ポケットに手を伸ばした。


「や、やめてっ!」


 レインの背中から抜け出したフェルが両手を大きく広げてアルヴィスの前に立つ。


「フェル…逃げろ」レインはそう言葉しようとするが声が出ない。


「呪眼は視界内に収めた者の動きを止める。レインの背中で見えていなかったか。まぁいい、本題に移ろう。君も対象の一人だ」

 アルヴィスはポケットから何かを取り出す。


 フェルとレインは自分達の結末を悟り、瞼を固く閉じる。だが、暫く目を瞑っていても何も起こらない。


 レイン達はゆっくりと目を開ける。


 アルヴィスは一枚の紙をこちらに見せていた。内容には部屋の間取りとその詳細が記されていた。


 清潔な風呂にベット、完全な個室。そのどれをとっても今の生活より明らかに高水準の物ばかりだ。


 レイン達は状況が理解出来ず目を丸くしていると護衛の女がアルヴィスに詰め寄る。


「所長っ!この子達困惑してるじゃないですか。だからあんな襲撃者みたいな事やめようって言ったじゃないですか」

 アルヴィスは笑いながら護衛の女に謝っている。いつの間にかレインも体を動かせる様になっている。


 アルヴィスに対して数発蹴りを入れたあと護衛の女は、レイン達の方に向き直った。


「試すような事してごめんね。私はRIP所属リタ・コールマン。よろしくね」


 リタと名乗る女は先程の事を仕切りに謝っていた。

 背後からも気さくな声が聞こえてくる。


「同じくRIP所属レン•ミズキや。お前の蹴り、なかなか凄かったな。次は、本気やろか」

 二人が自己紹介をしたあと、アルヴィスはもう一度あの言葉を言った。


「レイン。私は君をRIPに勧誘しにき来たんだ。今度こそ返事を聞かせて貰えるかな?」


 こいつらの事はまだ信用出来ない。だが、フェルを守る為なら……


「………分かった。RIPに入る。ただし、条件がある」

 アルヴィスを含む三人はレインの目を真剣に見つめていた。


「何があってもフェルの安全を保証しろ。それが呑めないならこの話は無しだ」

 その事を聞いたアルヴィスは、レインに手を差し出して握手を求めて来た。


 その手をレインは強く握り返す。


「契約成立だ。RIPはレイン・シルヴァとその妹、フェル・シルヴァを歓迎しよう」

 握手を交わした後、アルヴィスは突然手を叩いた。それと同時に羽織った上着に話し掛ける。


 上着の内側には僅かに血痕が見て取れる。

「皆さん聞いていましたか?新たなメンバーを出迎えるパーティー準備を大至急お願いします」


 血痕からは様々な人の喧騒が聞こえてくる。

 呆気に取られているレインをよそにフェルは目を輝かせて言った。


「兄さんパーティーだって!なんだか楽しそう」


 フェルのその太陽のような笑顔にレインの緊張はほぐされる。


 RIPの事を完全に信用した訳じゃない。これからも警戒は続けよう。


 フェルの事を無意識に抱き寄せたレインは今一度心に固く誓うのだった。

「たとえ俺がどうなろうとも、フェルだけは必ず守り通す」

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