Episode-1
朱色の霧の向こう、崩れた街並み。
一人の青年が腕に着けた濃度計を見てマスクの奥で息を整える。
「……今日は、もう少し深くまで行けそうだな」
青年の名はレイン。ネストの外で活動しながら遺物を収集、売却をして生計を立てているランナーの一人だ。
ぼんやりと浮かぶビルの残骸を目指しながらレインは腰に着けたホルスターから古びたナイフを抜いて呟く。
「何か見つかればいいんだけど」
Episode1【ロスト】
残骸に着いたレインはナイフを構える。ビルの中は薄暗く重々しい雰囲気が漂っている。
各部屋をくまなく確認したが、ロストの気配は感じ取れない。
同時に遺物らしい物も見当たらなかった。
「はずれか……」
レインが外にでて辺りを見渡すと少し離れた所に小さな残骸が見えた。
レインはほんの少しの希望を抱きつつその残骸を目指して歩き出した。
残骸に到着したレインは息を整えナイフに手をかける。その時だった。
「やめろ!!こ、こっちに来るな!!」
怒号とも、叫びともとれる男の声が響く。
レインは声が聞こえた方に駆け出して行く。すると徐々に人影が瘴気の中に現れた。
「ロストとの戦闘中か?瘴気が濃くてあまり見えない……急いだ方がよさそうだ」
―――全体像が見えてきた。
三匹の狗型ロストが四人を取り囲んでいる。
その内の一人が槍を持って追い払おうとしているが全く意味を成していない。
装備はバラバラ、動きもまとまってない。素人の寄せ集め――レインにはそれが一目で分かった。
あいつらが着てる制服。何処かで見覚えがあった気が……。
そんな事をレインが考えていると、男の背後を取っていた一匹のロストが飛び掛かろうとしているのが見えた。
「まずいっ!」
レインはナイフを逆手で抜き、さらに加速する。
ロストが跳び、牙が迫るその瞬間、レインの刃がロストの喉元を切り裂いた。
目の前の一匹が絶命したのを確認すると、レインは残った二匹の前に立ち塞がる。
仲間、あるいは家族を殺されたからだろうか。ロストは逃げる事をしない。
その様子を見たレインは後ろで怯える男に槍を貸して貰えるよう頼んだ。
男はそれを了承し槍を手渡してきた。レインは槍を強く握りしめる。
ハウンドは本来は群で行動する。仲間を呼ばれてしまったら俺一人じゃ太刀打ち出来ない。
そう思ったレインは軽く息を整える。
「やるなら速攻戦だ」
次の瞬間、レインは地面を力一杯に蹴り上げた。
大量の砂埃が空中を舞い、ロストの視界を一瞬にして塞ぐ。
ロストの咆哮が空気を震わせた時、砂埃の中から一本の槍が投げられ片方のロストの身体を貫く。
その攻撃に気を取られた一瞬の隙にレインはロストの側面に回り込み、その首にナイフを突き立てた。
最後の一匹が絶命したのを確認したレインは振り返ると先程の数人に駆け寄った。
「大丈夫か?」
レインが話しかけると男はゆっくりと立ち上がった。男の仲間達にも安堵の声が漏れ始める。
「ありがとう本当に助かったよ。もうここで終わるかと思っていた」
タリアンと名乗る男はレインに深々と頭を下げていた。
お互いに軽く自己紹介を済ませたレインはタリアンに尋ねる。
「こんな所で何をしていたんだ?見た感じ戦闘はあまり得意ではないようだけど……」
「あぁ、俺達はR.I.Pの調査隊員だ。ここには瘴気調査の為に来たんだがあのロストに出くわしてしまってな」
そこで初めてレインは制服の既視感に気付いた。
Rest in peace――街の警護や医療などの他にも様々な設備を管理している。街の中枢機関と言っても過言ではない。
しかし一方で黒い噂もよく耳にする。
違法薬物、人身売買。中にはロストを人工的に作っているとまで言っている人もいた。
これはあくまで噂の範疇に過ぎない。だがあまりいい印象は持っていない。
こんな事を考えていたレインにタリアンが話し掛ける。
「なぁ、レイン。俺達を街までの護衛してくれないだろうか……もちろん報酬は出す」
そう言ったタリアンは常に仲間の事を心配していた。その内の一人は足に怪我を負っており満足に歩けそうにもなかった。
「俺達は寄せ集めだ。まともに戦える奴なんて一人も居ない。次に襲われれば終わりだろう」
「頼む」そう言ったタリアンはレインに頭を下げてその返答を待っていた。
その様子を見たレインはため息をついた。タリアンに返す言葉は既に決まっていたからだ。
「当たり前だ。関わったしまった以上、最後まで付き合うさ」
晴れた顔をしたタリアンはレインと固く握手を結ぶ。
「契約成立だ。あんたらをネストまで護衛しよう」
朱色の霧の中へ、レイン達は歩き出した。
生きてネストに帰る為。家族の元に帰る為に。
ネストに帰る道中、レインはタリアンに尋ねる。
「R.I.Pはあんたらのような非戦闘員を危険地帯に送り出すほど人手不足なのか?」
タリアンは複雑な顔をして暫く考えた後答えた。
「……本当なら、君みたいなランナーに一人ついてもらうはずだった。
だが――ここ数ヶ月、調査員がまとめて行方不明になる事案が続いていてな。
そのせいで、俺たちR.I.Pには人手が足りていない。……正直、情けない話だよ」
レインはタリアンの声の揺れを聞きながらネストへの道を進む。
そんな話を聞きながら歩き続けているといつの間にかネストの門に着いていた。
タリアン達は門番に事情を説明した後、怪我人を優先的にネストへと入って行った。
「君が来てくれて本当に助かったよ。謝礼はR.I.P本部にて支払おう。着いてきてくれないか」
そう言ってタリアンが手を差し伸べた瞬間、地面が僅かに揺れるのを感じた。
タリアンを含むその場の人々はまだ気づいていない様子だった。
しかし、その揺れは徐々に強まり。遠くからは轟音が迫ってくる。
「何か……来る」
レインは音の方向に向き直してナイフを構える。
「前方っ!中型のロストを確認!!」
衛兵の掛け声と警報が、ピリつく緊張とともに周囲に鳴り響いた。そして一体のロストが姿を現す。
朱く濁った荒々しい目、鋭く尖った二本の牙、鋼のような体毛。その悍ましい姿に足が竦む。
ロストは依然として凄まじい速度でこちらに突進してくる。
「タリアン。あんたは仲間を連れて早くネストの中へ」
それを聞いたタリアンはすぐさま残りの仲間をネストの中へと誘導した。
最後の一人を誘導し終えたタリアンはレインに呟く。
「死ぬなよ」
「まだ報酬を貰ってないからな。それまで死ぬつもりはない」
お互いに笑みを浮かべた後、それぞれの方向に走り出す。
このままじゃ確実にネストの門が破壊されてしまう。どうにかしてあいつを止めないと……
走る最中、奴の動きをを止める方法をレインは考えていた。
辺りを見渡した時、一部だけ地面が盛り上がり段差になっている箇所を見つけた。
レインの脳内にある作戦が浮かぶ。
それは作戦と呼ぶにはあまり雑で危険だった。しかし他に選択肢はない。
レインはその段差を利用して勢いよく跳躍した。そして、ロストの背中に飛び乗る。
しがみついたレインはナイフを突き立てるが、硬い表皮に阻まれ刃が通らない。
―――ネストの門まで距離がない
レインはロストの頭まで駆け登ると右目をナイフで突き刺した。
凄まじい咆哮と共にロストは足を止めレインも前方に投げ出される。
「ようやく止まったか……」
立ち上がったレインを片目で睨み付ける。ロストは蹄を鳴らし全身の毛を逆立てる。
レインはナイフを構え、マスクの奥で息を整え空気を吸い込む。
「タリアンからは、追加の報酬を貰わないとな」
ロストは咆哮する。闘いの合図が鳴った。




