もう少しゆっくりしたかった件
アニータに刺繍を習ったり、お勉強を見てもらったりしながら冬籠りを満喫している私。
なお、勇者達男三人衆はロージア辺境伯に兵と一緒に特訓に参加させられていた。私も誘われたの意味わかんないんだけどたまに参加して、逃げるのに最適なルートの見極め方とか教えてもらっている。
「撤退のタイミングというものも時には重要です。特にあなたは聖女というお立場の尊き女性です。尚更、見極める力が重要になることでしょう」
重要なのは聖女であることでなく、私が女であることのようだ。
どこの世界でも捕まって酷い目に遭う可能性が高いのは女、子供なのだろう。
そういった感じで私の異世界転移生活史上最も平穏な日々を嬉々として過ごしていたところに、大きな問題が転がってきた。
「スタンピード、か」
「伝染病……」
辺境伯領の西側でスタンピードが起き、東側で伝染病が広がっていると連絡が届いた。
よりにもよって、東側の伝染病は隣接するフォリア公爵領からのものであるっぽいらしい。なんで公爵家ルイーゼさんいるのにそんなことになってんの?意味わからない。公爵家は否定している上に、領の境目封鎖してるんだって。いや、だから聖女なんて言われてるんだから癒して回って。
さらに、その疫病対策を取るための指揮官として第三王子メーティスが送られてきた。
スタンピードの方は武に秀でたロージア卿に任せるとのことである。
「……お許し頂けるのであれば、私は東へ向かおうと思います」
「スタンピードの方が急務だ。魔物の群れを放置しておくことはできない」
「ええ。ですから、私だけメーティス様について行き、後ほど合流致しましょう」
そう言えば、「ふざけるな!」とセドリックさんが私を睨む。それに向かって私は微笑んだ。
「ふざけておりませんとも。私以外の聖女や癒しの力を持った方など王都からは派遣されていないでしょう?ここでいたずらに時間を費やせば、恐ろしいほどに民への被害は増えるでしょう。病というものは初動が全てです。ここで根絶できればこれ以上の広がりは抑えられます。魔王の前に病に滅ぼされては元も子もないのでは」
「だが、それでお前が病に罹ったりしては魔王討伐に支障が出る」
「私は自分で治せますわ」
自分には癒しの力が通じない、みたいな小説やゲームもあったりするけれど、私の場合はバッチリ自分にも適用可能である。
「癒しの力を込めた魔石をナージャさんにお渡しすれば、そちらはセドリック様がなんとかしてくださるでしょう?」
「ノエル……」
「セドリック兄上、僕には聖女様をお預かりするなど…。僕たちでなんとかしてみせますので聖女様は兄上達の方へ行っていただくべきです」
「メーティス、ノエルは言い出したら聞かん。存外、意志の強い女だ。それに……自分の身は自分で守れるな?」
「ええ。私の帰る場所になってくださいませね、セドリック様」
「お前こそ、帰る場所を見誤るなよ。私の聖女」
互いに死ぬなよ、を遠回しに告げて口角を上げる。
食料や水、薬などを確認して私達は翌日に出発することになった。
私が参加すると知ったメーティス殿下の連れてきた兵たちの士気は上がっていてホッとする。ちらほら見たことのある顔もいた。どうしてここにいるんだろうと首を傾げていると、第一騎士団でアレンと過ごしていた青年が苦笑しながら「いやあ、みんなで上の不評を買ってしまいまして」と言う。
「不評を買ってって……真面目に鍛錬しているような方がそんな」
「いえいえ、単に俺たちはフォリア公爵派には嫌われてるんですよ。まぁ、俺は妹がノエル様に助けていただいてるんでノエル様派ってだけなんですけど。それだけで気に食わないらしいんであんまり気にしないでください」
どうやら、王都で浄化や治癒の練習をしていた時に治したのがこの人の妹さんだったらしい。
ルイーゼさんってフォリア公爵が認めた人しか治さないって聞いたからそこらへんの利権の問題で嫌われてるのかな?いや、聖女の利権って何よ。金積まないとなの?人のこと言えないけど、私欲に走る聖女ってイメージ悪いな……。
「それでは、ノエル嬢。僕の側が一番護衛が多く安全です。離れぬように」
「はい」
馬を引いて隣に並ぶと、「さすがセドリック様の特訓に付き合った方、根性が違うぜ」って聞こえた。セドリックさん異常者扱いされてるが?
「馬に乗れるご令嬢はあなたが思うより少ないのですよ。お気になさいますな」
「それよりも兄君が異常者扱いされている方に突っ込まれては?」
「あれは異常者でしょう?」
何言ってんだこの人みたいな顔で見られた。ええー……確かにあの特訓の仕方はドン引きでしたけどもぉ……。
「セドリック兄上はストイックな上に才能の塊です。あれを常人にしたら僕たちはどんな努力をしても無駄ですよ。とはいえ、性格的に言えば母上に溺愛されてごり押しで王太子筆頭になった上に変な女に転んだクロード兄上や、好きな女の子だからって父上に溺愛され傲慢になっている弟に比べるとまともとしか言いようがありませんが」
「その環境に身を置いていたらグレそうですね……」
そう言うと、メーティス殿下は「そういうものかな?」と首を傾げるので、「そういうものですよ」と真顔で言っておいた。
そしてセドリックさんの真似はやっぱり誰もしないよね。私もお勧めしない。




