よもやま話
ノックの音で、はっと目を覚ます。
反射的に体を起こし、懐から懐中時計を取り出す。
時刻は夕方六時半を指していた。
「おい、シン。開けろ」
眠いとは思っていたが、いつの間にか本当に、意識を手放していたらしい。かれこれ四時間程度寝ていたことになる。
「居留守は無駄だぞ。お前が謹慎していることは周知の事実! 諦めてさっさと開けろ。取り込み中なら出直すぞ!」
嬉々とした声に萎えながら、懐中時計をシャツの胸ポケットに入れる。
寝起きの身体を引きずり、扉を開けると爽やかな笑顔に迎えられた。
「お? 寝てたのか。こんばんは。処分常習犯のシン」
しかし、同時に煙草の匂いが鼻につき、思わず鼻をつまみたくなった。
「ヴィクター。勘弁してやってくれよ。これでも、最近は鳴りを潜めていたんだから」
イーサンが、ガタイのよいヴィクターの後ろから、随分と楽しそうな目で慰めの言葉――もとい、からかう。
「なんの用だよ……二人とも、明日まで任務じゃなかったのか?」
「俺たちの仕事は、昨日の夜に無事終了したのさ。ゆっくり寝て起きたら、誰かさんがアルベール殿を怒らせたって噂が広がっていてさ。全く手のかかる弟だよ」
髪をぐしゃりと撫でてくるヴィクターの手が煩わしく、跳ねのけた。
ヴィクターのことは尊敬している。面倒見のよい気質で、俺が"問題児"と遠巻きにされる中、気にかけてきた兄のような存在だ。
が、この陽気な性格がこちらの癪に障ることもあるのだ。
「今回はいったい、何をしたんだ?」
面白いネタを見つけたと言わんばかりに、目をきらきらさせる二人。嫌なヤツらだ。
「……現場指揮官への過剰な責任追及、隊内規範を乱す言動だよ。つまり、あんたの元カノへの暴言に対する処分だよ」
ヴィクターの笑顔が張り付いたものに変わる。意趣返しが少しは効いたらしい。
「……事あるごとに、セラフィーナのことをわざわざ元カノと呼ぶのはやめてくれないか?」
「なら、謹慎処分中の奴に、ダル絡みするのはいい加減やめてくれないか?」
「あははっ。お互い傷が多くて大変だな。そんなことよりシン。腹は減ってないのか? 夕飯食べてないだろ」
なぜか弱点のないイーサンへの憎しみが、ヴィクターと密かに一致したらしい。お互いの触れられたくないものには、一旦蓋することを目で示し合わせた。
「……分かった、行く。少し待——」
「よし、さっさと行くぞ」
二人はなぜか、俺の両脇を抱えるようにして、食堂の方へと引きずり始めた。
「おい、待て。何してんだよ」
「こうでもしないと、人のいない夜中に行こうとするだろ? 摂れる時は、良い時間に飯を食わねえと、感覚狂うぞ」
「は? 今、行こうとしてたじゃねえか」
「まあまあ、いいだろ? 俺たちを足代わりにできるんだから、いいじゃないか」
「どこが足代わりなんだよ……」
どう見ても、拘束されて連行されている人間にしか見えない。
廊下をすれ違う面々から、困惑した目を向けられているのに、なぜ二人は気にしないのかさっぱり分からない。
「そういえば、シンは大丈夫だったのか? 怪我とか」
「……引きずってる奴が今更、怪我の心配するなよ。ねえよ」
「そりゃよかった。研究所の襲撃だったんだろ? あの仕事は、リスクが高いから色々と大変だよな。オーバーロード事例が起こったらしいし?」
ヴィクターの言葉に、忘れかけていた白い顔を思い出す。
脳波に問題ないとは言っていたが、油断はできない。いくら苛つく相手でも、自分が強く出ていれば止められたことなので、万が一が起これば目覚めが悪い。
「あ、そうだ。ルナ、少し前に起きたらしいぞ」
途端に、頭の中にはその文字面に占領された。
「いててて……シン。腕が鬱血しちゃう」
イーサンがへらへらと笑いながら、腕を解いてほしそうにぴくぴくと動かしている。
「今、起きたと言ったのか? あいつが?」
「うん。言ったよ。嘘じゃない、嘘みたいな話だけど。あの……離してくれない? 耐えられなくて、能力使っちゃうよ?」
知らずのうちに、両脇の二人の腕を、締め上げるようにしていたらしい。緩めてやると、イーサンは腕をさすり始めた。
この中では一番小柄なイーサンには、筋力が足りず、苦しかったのだろう。反対に、ヴィクターは、けろっとした顔をしている。
「オーバーロードしたのに、起きたのか?」
「らしいよ。まだ会ってないけど。さっき食堂に、エリザと一緒に入っていくの見たって、噂がある」
まだ半信半疑だが、この二人が強引にここまで連れてきた理由が分かった。
ヴィクターは笑みを深めると、背中を大きく叩いてきた。
「というわけで、お見舞いに行こうか」
ヴィクターの大きな手に肩を掴まれ、そのまま先へと引きずられる。
後ろにイーサンがぴたりとつき、俺を逃すまいと二人が結託しているのが目に見える。
気は進まないが、確かに様子は気になるので、抵抗するのはやめることにした。
止めなかった責任がある者として。
―――
(機密百科事典より引用)
〈アポクリファ〉
組織構成∶
【指揮層】 〈オリジン〉/ 情報部
【実戦層】 精鋭部隊(Σ)
/ 前線部隊 / 支援部隊 / 拠点部隊
【その他】 医療部 / 整備部 など
部隊内構成∶
・前線部隊 戦闘員 / 索敵員
・支援部隊 後援員 / パイロット
5年後生存率
・戦闘員 約35%
・索敵員 約50%
・後援員 約65%
・パイロット 約50%
※1917-1922のデータをもとに算出。
正員 / 准員∶
訓練生を卒業した者は、配属先に応じて、まず准員(准戦闘員、准索敵員、准後援員、准拠点要員)として実戦経験を積む。
その後、〈オリジン〉より二名以上、情報部より二名以上、精鋭部隊より一名以上の、計五名以上の承認を得ることで、正員へと昇格する。
准員期間に現場でトラウマを抱え、離脱する者は少なくない。
なお、〈ジャスティカーズ〉などの外部敵対組織からの移籍者は、身辺調査期間中「研修員」として別枠で扱われる。




