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第15話 誤算

 新宿ダンジョンのエントランスゲート。

 無数のフラッシュが瞬く中、俺はガスマスク型ヘルメットの奥で目を白黒させていた。

 記者たちから矢継ぎ早に飛んでくる質問の嵐。

 俺は完全にパニックになり、セイラの背中に隠れようとした。だが、彼女は俺の腕をガッチリと掴んだまま離さない。


「えっ……ちょ」


「落ち着いて。言ったでしょ、約束。……メディアの皆さん、今日は私から、重大な発表がございます」


 セイラが凛とした声で言うと、騒然としていたマスコミがピタリと静まり返った。

 カメラのレンズが一斉に俺たちに向けられる。


「この剣、そしてこの盾。これらは全て、ある一人の天才的な職人によって修復・浄化されたものです」


 セイラは腰の『聖剣エクスカリバー』と、左腕の『アイギスの盾』をカメラに見せつけるように掲げた。


「その職人の名は、ネットオークションで話題の『Master_Eye』。そして――」


 セイラは俺の肩を抱き寄せ、マイクに向かってハッキリと宣言した。


「今私の隣にいる彼こそが、そのMaster_Eye氏の代理人であり、私、神宮寺セイラの《《専属装備メンテナンサー》》です」


「「「なっ……!?」」」


 記者たちがどよめき、再び猛烈なフラッシュが焚かれる。

 

(な、なるほど、そういうことか。じゃあ俺は黙ってたほうがよさそうだな。ボロが出そうだ)


 代理人という建前でMaster_Eye=俺という事実は隠しつつ、Sランクと公式に繋がっていると宣言することにより、Master_Eyeという存在を不特定多数の外敵から守ってくれたのだ。

 目立ちすぎている気もするが……まあ、文句は言うまい。


「さて、ここからが本題となりますが。いいですか、皆さん」


 セイラの声のトーンが、一段低くなる。

 その瞬間、ダンジョンでミノタウロスを両断した時と同じ、圧倒的な威圧感が場を支配した。


「彼、およびMaster_Eye氏のビジネスを妨害する者。不当な利益を搾取しようとする者。あるいは、彼の身元を不躾に暴こうとする者がいれば――」


 セイラの碧眼が、カメラのレンズ越しに《《誰か》》を射抜くように細められた。


「それは、私、神宮寺セイラを敵に回すのと同じことだと思ってください。覚悟があるなら、どうぞご自由に」


 氷のように冷たい、最強の探索者からの宣戦布告。

 マスコミはおろか、周囲の探索者たちすらも息を呑み、恐怖に身を竦ませた。

 

 ある意味で、彼女は「後ろ盾になる」という約束をこれ以上ない形で果たしてくれた。

 圧倒的に効果的で、暴力的な宣言。

 彼女なりの確かな誠意を感じ、少しだけ救われる思いだった。


「さ、発表はこれでおしまい! 行くよ、代理人さん」


 威圧感をあっさりと引っ込めたセイラは、そう言い放つと、呆然とする記者たちを置き去りにし、俺の腕を引いて迎えに呼んでいた車へと乗り込んだ。


車のドアが閉まり、外の喧騒が遮断される。


「……ぷはっ! 緊張したー!」


 セイラは先ほどの冷徹な表情から一転、いつもの無邪気な顔に戻ってシートに背中を預けた。


「どう? 透さん。私、うまく言えてた?」


「はい。色々とありがとうございます……本当に助かりました」


 冷静になって考えてみると、とんでもない事態である。

 日本中のメディアが集まる場所で、トップ探索者の口から直接語られたのだ。

 『Master_Eye』という名前と『謎の代理人』の存在は、今日中にニュースを駆け巡るだろう。


 俺はガスマスクを外し、ふぅ、と深く息を吐きながら、車の天井を仰ぎ見た。

 目立ちたくないという当初の予定からは大きく外れてしまったが、最大の懸念だった凛からの横暴な干渉は、これで完全に防げるはずだ。


 凛との本契約の話し合い。

 反故にするのは簡単だが、セイラとのコネに、出来れば使いたくはないが深層で手に入れた『服従の種』もある。

 何とか有利に話をまとめられるかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 Side:酒井 凛(さかい りん)


「……は? 何、これ」


 都内の高級ホテル、そのラウンジカフェ。

 優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた私の手から、カチャリとティーカップが滑り落ちた。

 テーブルに立てかけられたタブレット端末。

 そこに映し出されているのは、探索者専門のニュースチャンネルの生中継だった。


『――それは、私、神宮寺セイラを敵に回すのと同じことだと思ってください』


 画面の中の剣聖は、隣に立つ不審なガスマスク男の肩を抱き寄せ、冷徹な声でそう宣言していた。

 ガスマスクで顔は見えない。

 だが、その背格好、立ち振る舞い。何より、Master_Eyeということは──だ


 アイツだ。代理人なんて使ってるわけがない。

 相馬 透(そうま とおる)本人だ。


「う、嘘でしょ……?」


 私は震える手でスマホを取り出し、昨日アイツと交わしたチャットの履歴を確認した。


『セイラ様のアポの件だけど……会えるの来月になっちゃいそうなんだけど』


「騙した……!? あの馬鹿、私出し抜いて……裏でSランクと直接交渉してたっていうの!?」


 無能のくせに、雑魚のくせに。心底気に食わない。


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 アイツは、私が作った利益を70%掠め取る『専属マネジメント契約書』の罠に気づかず、ホイホイとサインする《《ただのチョロい金づる》》のはずだった。


 戦闘力皆無のFランク。

 剛田たちに顎で使われていた、底辺の荷物持ち。

 ちょっとあざとく接して、適当におだてておけば、一生私のために稼ぎ続ける都合のいいATM。


 その前提が、根底からひっくり返された。


『不当な利益を搾取しようとする者……覚悟があるなら、どうぞご自由に』


 画面越しのセイラの言葉が、私への死刑宣告のように響く。

 Sランク探索者の庇護下にある人間に、あんな詐欺同然の契約書を突きつければどうなるか。

 最悪、ギルドから永久追放。下手すれば命すらない。


「ふざけるな……ッ! ふざけるなッ!!」


 バンッ!!

 

 テーブルを思いきり叩く。周囲の視線が一斉に私に向けられるが、今はそんなことどうでもいい。


「あのゴミカスがぁぁッ!! 舐めやがって!! 調子に乗りやがって!!」


 完璧だった私の計画が。

 何十億、何百億という富を独占し、勝ち組の頂点に立つはずだった私の未来が。

 あんな冴えない男の手のひらの上で、無惨に打ち砕かれた?


「マジで出し抜かれたっての? ……この私が? あの底辺に?」


 ギリギリと爪を噛む。

 綺麗に整えたネイルが傷つくのも構わず、私はタブレットの画面をひたすらに睨みつけた。


 悔しい。腹が立つ。

 でも、絶対にこのままじゃ終わらせない。

 近々、本契約の話し合いがある。Sランクが後ろ盾になったとはいえ、アイツが法的な知識に疎い素人であることに変わりはない。

 まだ、付け入る隙はあるはずだ。

 絶対に逃がさない、どんな手を使っても交渉のテーブルに乗せてやる。

 どちらが優れているか理解させてやる。


「見てなさいよ、相馬 透(そうま とおる)……! 泣いて土下座して、私の靴を舐めるまで搾り取ってやるんだから……ッ!」


 周囲の客が怪訝な目を向ける中、酒井 凛は一人、狂ったようにギリギリと歯ぎしりを響かせた。


 

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