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第103話 神魔機装

《――魔力回路の統合、完了。……アガートラーム、自己進化エボルヴシーケンスへ移行します》


 脳内に響く無機質なアナウンスが、どこかカリバーンの情緒不安定な声と重なって聞こえた気がした。


 ピキ、ピキ、ピキィィィィィンッ!!!


 ひしゃげていた胸部の装甲が、内側から押し返されるようにして一瞬で元の流線型へと修復されていく。

 いや、修復だけじゃない。


 鈍く光っていた漆黒の装甲には、カリバーンの刃紋と同じ白銀のラインが幾何学模様となって走り、背中からは光と闇の魔力が物理的な一対の翼のようにほとばしる。


《――神魔機装アガートラーム・カリバーン、展開完了。所有者:相馬透。これより、全システムを上限解放します》


 全身に、かつてないほどの濃密な「力」が満ちていく。


 ただの身体能力のアシストじゃない。俺の右目の『真贋鑑定』が、アガートラームの超演算、そしてカリバーンの持つ拡張感覚と完全に同期したのだ。

 世界が、スローモーションのようにゆっくりと動き始める。


『フフ……アハハ! フハハ!! 何という事ですか、主様!! ワタシと主様が、そしてこの分厚い鉄の塊が概念レベルで一つに溶け合ってしまいました!! ああ、主様の溢れんばかりの魔力が、ワタシの光と闇を巡って装甲の隅々まで染み渡っていく……至福、まさに至福でございますッ!!』


 ヘルメットの内側に響き渡る、光と闇の混ざり合ったカリバーンの狂喜。

 だが、その騒がしさすら、今の俺にとっては心地よい。


「……待たせたな、セイラ」


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 一歩、大理石を踏みしめる。ただそれだけの動作なのに、まるで大地そのものと同期したかのような圧倒的な安定感があった。


「とお、る……? その姿、一体……」


 壁際に膝をついていたセイラが、その美しい碧眼を限界まで見開いていた。

 無理もない。

 つい一瞬前まで、ノアのデタラメな暴力の前にひしゃげ、スクラップ寸前だった漆黒の古代鎧。それが今や、漆黒の深淵と白銀の閃光を同時にまとう、神々しいまでの【神魔機装】へと生まれ変わっているのだから。


「アガートラームとカリバーンが融合したらしい」


 俺は両手のガントレットを握り締めた。

 右拳からは白銀の、左拳からは漆黒の魔力刃が、ブレードとなって滑らかに伸長する。


「っ……時間が、ないのに……」


 ノアの口から、掠れた、ひどく人間臭い焦りを含んだ声が漏れた。

 彼女の全身を走る赤黒い血管は、いよいよその脈動を速め、限界を超えた過剰な魔力によって、皮膚が所々で細かくひび割れ、黒い灰のような霧を吹き出し始めている。

 『真贋鑑定』のカウントダウンも、残り二分を切り、一秒刻みで彼女の生命の終わりを刻んでいた。


「はぁ……お父様の、為に……! あああっ!!」


 決して大きくはない、けれど耳をつんざくような悲鳴に近い咆哮が迸った。

 直後、彼女の足元の大理石が爆発的に弾け飛び、その小さな身体が肉眼では捉えられないほどの弾丸と化して俺へと突っ込んできた。

 少し前の俺であれば、その速度に反応することすらできず、再び装甲ごと押し潰されていただろう。


 だが、今は違う。


《敵対的超高速接近を検知。予測回避・迎撃ルートを表示します》


 アガートラームの超演算が、ノアが突進してくるコンマ数秒先の『軌跡』を、視界に青い光のラインとして完璧に描き出していた。

 さらに、カリバーンの持つ拡張感覚が、彼女の周りの大気を震わせる風の動きすらも、俺の皮膚感覚へとダイレクトに伝えてくる。


「何とか……ついていける!」


 俺は身体の奥底から湧き上がる力に身を任せ、右腕のガントレット――白銀の聖ブレードを構えて一歩踏み出した。


 ガガシィィィンッ!!!


 ノアが放った、空間を捻じ曲げるほどの凶悪な右ストレート。  

 俺はその拳の軌道を、白銀のブレードで滑らかに受け流し、彼女の力を最小限の動作でいなしてみせた。

 体勢を崩したノアの脇腹へ向けて、今度は左腕の漆黒のブレードを躊躇なく突き出す。


「ハァッ!!」


 ズバッ、と。  

 漆黒の刃がノアの強固な魔力障壁を切り裂き、その肉体へと吸い込まれるように食い込んだ。


「……! 魔力、を……吸われ……くっ」


 ノアが苦悶の声を上げながら、咄嗟に後方へと跳躍する。

 宙を舞う彼女の身体の各部から、過剰に蓄積された赤黒い魔力がパチパチと不気味な放電となって弾け散っていた。

 俺の左腕のガントレットから吸い上げられた魔力が、アガートラームへと流れ込み、装甲をさらに輝かせる。


『主様! ワタシが啜り食ったあ奴の魔力、凶悪にして極上! エネルギー源としてはこれ以上ない一級品でございます。このまま主様の糧として、装甲の隅々まで還元して差し上げましょう!』


「おうっ!」


 俺の気合に呼応するように、背中の魔力翼が白銀と漆黒の粒子を爆発的に吹き荒らした。

 衝撃波が地下空間を駆け抜け、ノアの放つ赤黒い威圧感を真っ向から押し返していく。


「透……これは私も気合入れないとね!」


 セイラが目を輝かせながら立ち上がる。彼女の『エクスカリバー・アヴァロン』も、俺の纏う神魔機装の魔力に共鳴するように、黄金の輝きを一層強く放ち始めた。


「いくよ、透! あの子の動き、私が止める!」


「ああ、頼んだ!」


 黄金の閃光と化したセイラが、残像を置き去りにしてノアへと肉薄する。

 その手から放たれた刃が、光速の連撃となってノアの正面を埋め尽くした。


 ガガガガガガガッ!!!


 ノアは一対の黒い翼を盾のように交差させ、赤黒い魔力を爆発させてそのすべてを防ごうとする。

 だが、その強固な防御の隙間、わずかに生じる死角へ向けて、俺がアガートラームの超演算に従って正確に回り込んだ。


「後ろだ!」


 右の白銀ブレードによる刺突と、左の漆黒ブレードによる斬撃の同時波状攻撃。

 カリバーンの放つ光と闇の二重の衝撃波が、ノアの側面の障壁を内側から爆破するように切り裂いた。


「ぐ、うっ……!?」


 ノアの身体が大きくよろめく。

 セイラと進化したアガートラームとカリバーンを纏った俺。最高の武器を手にし、完全に息を合わせた二人の同時攻撃を前に、いかに鑑定不能の暴力を宿したノアといえど、徐々にその絶対的な優位を崩し始めていた。


 ――ズズン。


 ノアの足元の大理石が、彼女から放電される赤黒い魔力の負荷に耐えきれず、広範囲にわたって砕け散る。

 ノアは床に深く爪を立て、辛うじて踏みとどまっていたが、その表情には、明らかな『乱れ』が生じていた。


(……なんだ?)


 アガートラームのバイザー越しに、俺はノアの無表情ではなくなった顔を見つめた。

 彼女の視線の泳ぎ、僅かだが、どこか怯えるように引き攣る指先。


 違和感を感じた俺は右目の『真贋鑑定』を発動し、ノアの内面――彼女の精神状態のステータスを直接覗き込んだ。


 ====================

【対象】ノア(魔物因子完全解放形態)

【精神状態】極度の焦燥、混乱、および『死への恐怖』。

【真意】

 自身の細胞が限界を迎えていることへの本能的な恐怖。

 それ以上に、アダムスから与えられた『Master_Eyeの確保』という任務を失敗し、不要なゴミとして処分されることへの、底知れない恐怖を抱いている。

 ====================


 アガートラームのバイザーに映し出されたその感情のパラメータを見た瞬間、俺の胸の奥を、冷たい針で刺されたような感覚が貫いた。

 感情を排され、命令にのみ従う完全な生体兵器。

 これまで対峙したノアは、まさにその通りの冷徹な人形にしか見えなかった。


 だが、考えてみれば生まれて間もない子供なのだ。

 セイラと同じ顔を持ち、同じ遺伝子から生まれながら、感情を奪われ、ただの使い捨ての駒として育てられた。セイラのありえたかもしれない未来。

 命令を仕損じればスクラップ。少しでも不具合を見せれば消去される。そんな底知れない闇の中で、彼女はたった一人、誰にも言えない怯えを抱えたまま、この戦場に立ち続けていた。


「ノア……お前も……」


 被害者。思わず、俺の口からそんな言葉が漏れかける。

 だが、ノアの赤い瞳から放たれる狂気と殺意は、一瞬の容赦も許さなかった。彼女は両足を踏み鳴らし、大理石を抉りながら、再び拳を振り上げて俺の喉元へと突進してくる。


「っ、いや――同情なんてしてる場合じゃないな!」


 俺はヘルメットの奥で強く歯を食いしばり、ノアの拳に白銀のガントレットを交差させて真っ向から迎え撃った。


 ガキィィィィンッ!!!


 凄まじい衝撃波が地下空間を爆発的に吹き荒れる。

 だが、俺の心は驚くほど冷静だった。

 

(ここまで追い詰められてるんだ……何か新しい弱点を見つけられるかもしれない)


 ノアの狂暴な突きを辛うじて白銀のガントレットで弾き、俺は思考を加速させた。

 アガートラームの超演算プログラムと、カリバーンの極限まで研ぎ澄まされた拡張感覚が、俺の『真贋鑑定』の視界にこれまでにない膨大な情報量を流れ込ませていく。


 世界がスローモーションを通り越し、静止画の連続のようになっていく。

 ノアの全身を走る赤黒い魔力の『光の筋』。それが、彼女の体内を巡り、最終的にどこに集束しているのか。


「……あれか」


 俺の右目が、ノアの額に生えた赤い角の周囲の空間に、不自然な『魔力の揺らぎ』を捉えた。


====================

【解析結果】支配の箱舟ドミネーション・アーク

【詳細】

 アダムスが施した、 エデングループ及びアダムスとノアを繋ぐ呪い。魔力や情報等の送受信、人格の制御等のすべてを司る、精神と魔力の中枢リンク。

【弱点】

 想定外の長時間の戦闘、および先ほど実行したプラントからの逆流魔力による影響で、接続が極めて不安定な状態に陥っている。

【推奨】

 この中枢リンクに『概念切断』に類する強力な一撃を叩き込めば、強制的な暴走を維持している魔力源が遮断され、アダムスの支配から解放した上で、ノアの無力化が可能。

 ====================


(……これだ!)


 俺は、アガートラームのバイザーに表示されたシステム解析画面を、食い入るように見つめた。

 ノアの額に生えた赤い角の周囲。そこに、空間を歪めるようにして存在している、細く、けれどおぞましい魔力の糸。

 あれを切断できれば、アダムスの手からノアを開放しつつ、この戦いに勝利できる。


「――セイラ!」


「透? どうしたの!?」


 セイラが『エクスカリバー・アヴァロン』を構え、ノアと切り結びながら、一瞬だけ俺を振り返る。


「角だ! あそこにアダムスとの『繋がり』がある! それを、エクスカリバー・アヴァロンの力で断ち切るんだ!」


「繋がりを切るって……そういうことね! 流石、いいこと思いつくじゃん!」


 俺の意図を理解したセイラの美しい碧眼が、ハッとしたように大きく見開かれた。

 ノアは、アダムスによって造り出されたクローンであり、セイラを捕獲するために送り込まれた敵。

 だが、それでも、自分と同じ遺伝子を持ち、同じ顔をした幼い少女。

 できれば殺したくはなかったのだろう。

 

「うん。やろう! 透!」


「ああ。隙は俺が作るから、セイラは全開の一撃の準備を頼む!」


「了解!」


 黄金の光粒子を散らしながら、セイラが力強く頷いた。

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