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第10話 提案

「……チッ、やっぱりお前かよ」


 剛田は俺だと気づくと、露骨に舌打ちをした。

 先ほどまでの獲物を見る目つきから、道端の石ころを見る目つきに変わる。

 相変わらずの態度だ。


 俺は帽子を目深に被り直し、努めて冷静に振る舞う。

 心臓は少し早鐘を打っているが、それは恐怖じゃない。

 背中のリュックに入っているアイギスの盾と、ポケットの中のスマホ(残高16億円)が、俺に絶対的な安心感を与えてくれているからだ。

 とはいえ、俺は強くなったわけじゃない。強引に略奪されないように誤魔化さねば。


「何の用だ?」


「あ? それはこっちのセリフだ。おい相馬、お前ここで何してんだ?」


 剛田がズカズカと歩み寄ってくる。

 後ろには、魔法使いの田代と、ヒーラーの酒井凛もいる。

 三人とも装備が薄汚れている。特に剛田の自慢の大剣は、刃こぼれが目立ち、メンテナンス不足なのが一目で分かった。


(前より酷くなってるな……どれも安くはないだろうに)


 俺が抜けてまだ数日。

 それなのに、彼らの装備はまるで数ヶ月放置されたかのように劣化していた。

 俺が毎日、寝る間を惜しんで手入れしていた成果が、逆説的に証明されている形だ。


「ゴミ漁りか? 落ちぶれたもんだな」


 田代が鼻で笑う。


「ま、Fランクのお前にはお似合いだよ。せいぜい空き缶でも拾って、日銭を稼ぐんだな」


「そうだな。俺にはこれくらいがお似合いだよ」


 俺は軽く肩をすくめた。

 無理に言い返して、彼らと同じ土俵に立つつもりはない。

 今の俺は、彼らが一生かかっても稼げない額を、たった一回の取引で手に入れたのだから。


「じゃあ、俺はこれで」


 俺は興味なさげに彼らの横を通り過ぎようとした。


「おい、待てよ」


 剛田が俺の肩を掴む。


「お前、なんか隠してるだろ」


「……は?」


「さっき、慌ててリュックに何か入れてたよな? ここでもたまに、レアな素材が見つかるって話だ。それ、見せてみろ」


 カツアゲかよ。

 Sランクを目指すパーティのリーダーがすることじゃない。

 俺は呆れて溜息が出そうになった。


「ただのガラクタだ。鍋の蓋だよ。盾を買う金がないんだ」


「嘘つけ! 中身を見せろ!」


 剛田が俺のリュックに手を伸ばす。

 その時だった。


「ねぇ、剛田くん」


 後ろから、甘ったるい声がかかった。

 酒井凛だ。

 彼女は退屈そうに自分の爪を眺めながら、剛田の腕をポンと叩いた。


「やめなよ。透くんがそんな良いもの見つけられるわけないじゃない。時間の無駄だよー」


「あ? でもよぉ凛、万が一ってことが……」


「ないない。それより早く行こうよ。新しい狩場、他のパーティに取られちゃうわよ?」


 酒井は俺の方をチラリと見た。

 その瞳が、一瞬だけ鋭く光ったような気がした。


(……なんだ? 助け船か?)


 彼女はパーティ内でも一番の現実主義者だ。

 計算高く、損得勘定で動くタイプ。

 そんな彼女が、なんのメリットもない俺を庇うなんて珍しい。


「……チッ、そうだな。こんな雑魚にかまってる暇はねぇか」


 剛田は舌打ちをして、俺の手を離した。


「運が良かったな、相馬。次会った時は、その汚い装備も剥ぎ取ってやるから覚悟しとけよ」


 捨て台詞を残し、剛田と田代は奥へと歩き出す。

 酒井もそれに続くが、すれ違いざま、彼女は俺の耳元で小さく囁いた。


「透くん、その服……『パルマーリ』の新作だよねぇ? タグ、切り忘れてるわよ? はっずかしぃー」


「ッ!?」


 心臓が止まるかと思った。


 急いで襟元を確認すると、確かに小さなタグが残っていた。

 地味な色を選んだつもりだったが、素材の良さまでは隠せなかったらしい。いや、それ以前にブランドを特定されるとは……流石はハイブラマニア。


 酒井は意味深にウインクすると、ひらひらと手を振って剛田たちの後を追っていった。


(まさか、バレたのか?)


 いや、ただ、金回りが良くなったことには勘づいた程度だろう。

 しかし油断はできない。酒井は、金の匂い限定でかなり鼻が利く。



 ◇


 マンションに戻った俺は、すぐに作業に取り掛かった。

 広いリビングの床にブルーシートを敷き、拾ってきた『アイギスの盾』を置く。


「まずは洗浄だな」


 買ってきたばかりの業務用漂白剤を、惜しげもなくぶっかける。

 ジュワワワ……と、聖剣の時よりも禍々しい紫色の泡が立つ。

 強烈な塩素臭が漂うが、24時間換気システムのおかげで部屋に匂いはこもらない。


 電動ポリッシャーを回転させ、表面の汚れを削り落としていく。

 剛田たちへの鬱憤を晴らすかのように、俺は無心で作業に没頭した。


 一時間後。

 

 ピカァァァン!


 黒ずんでいた金属板は、鏡のように輝く白銀の盾へと生まれ変わっていた。

 表面には魔法陣が刻まれ、中央には女神の横顔レリーフが浮かび上がっている。


《汚染除去率:100%》

《呪いが解け、『祝福』が付与されました》

《ランク変動:伝説級→ 神話級》


「……マジか。丁寧にやれば昇格することもあるのか。だったら低レアでも持ち帰るのはありだな、っと」

 

 そして、推定価格の欄を見る。


【推定市場価格:3億円】


「3億! 市場価値まで上がるのか。これもエクスカリバーの時には無かったな……もっとちゃんと磨いときゃよかった」


 いろいろと感覚が麻痺しているが、プラス1億。とんでもない額だ。


 俺はスマホを取り出し、『D・マーケット』を起動した。

 アカウント『Master_Eye』の評価欄には、昨日のセイラからのコメントが燦然と輝いている。


『評価:非常に良い』

『最高の出品者です! 商品の状態も完璧。また利用させていただきます!(Sランク探索者)』


 このコメントのおかげで、俺のアカウントは一気に「神出品者」として認知されていた。

 フォロワー数は一晩で5万人を突破している。


「よし、出品だ」


 今回は1円スタートにする必要はない。

 ある程度の価値が分かる奴にだけ売りたい。


【商品名】

【真作】女神の盾アイギス(浄化済み・魔法反射率100%)


【商品説明】

ダンジョン深層で発見。呪いを解き、本来の力を取り戻しました。

あらゆる魔法を反射します。


【開始価格:3000万円】


「ポチっとなっと、ん?」


 出品ボタンを押した瞬間、スマホが震えた。

 D・マーケットの通知ではない。


 電話だ。電話が来た。


 表示された名前に、俺は息を呑んだ


 『酒井 凛』


 ……さっきの今日で、もうコンタクトを取ってきたのか。

 恐る恐る通話を開始する。


『透くん、久しぶり! 元気?

 さっきは助けてあげたんだから、感謝してよねー

 ところでさ、単刀直入に聞くけど。

 

 今、話題の『Master_Eye』って……透くんでしょ?』


「っ!?」


 心臓が止まるかと思った。

 なぜバレた? タグの件だけで?


『あ、その反応、マジなんだぁ。

 あの時リュックからはみ出てた鍋の蓋と、いま出品されたアイギスの盾の形が似てるなぁって思っただけで確信はなかったのよ? でもぉ……アハッ、ビンゴみたいね?』


「……」


 ……完全に詰んだ。

 こいつ、状況証拠をつなぎ合わせてカマかけてきやがった。

 まんまと嵌められた俺も俺だが、この女、やはり油断できない!


『あ、勘違いしないでね、私は別に敵じゃないのよ?

 ただ、透くんのビジネス、私も一枚嚙ませてもらえないかなぁって』


「は? 何を……だってお前は──」


『剛田くんたちのこと? それなら心配いらないわよ、こんなおいしい話、告げ口するつもりなんてないし。ていうか、私もうあのパーティ抜けるつもりなのよねぇ。

 ま、それはそれとして、あなたのビジネス、私がもっと《《大きく》》してあげられると思うんだけど……これから会わない?

 美味しいお店、知ってるの。もちろん奢るわよ? あの時のポーション代も併せてね』


 「……話だけなら聞いてやる」


『ふふ、交渉成立ね♪ 私に任せて。透くんの商品、もっと高く売ってあげるから』


 吉と出るか凶と出るかは分からないが、味方なら心強いのは確かだ。


 そんなことを考えながら、指定された店に向かった。




◇ ◇ ◇

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