間章『魔女』
「おい、クソ魔女! お前、一体どういうことだ?」
「わぁ、いきなり人の工房に押しかけてきたと思ったら、開口一番なんなんだい?」
そこはとある魔女の工房。エメライドが扉を蹴破らんばかりの勢いで工房内へ入ってきた。
普段は感情をそこまで昂らせたりしないエメライドが激昂しているにも関わらず、工房主はゆっくりと振り返ってへらりと笑うだけだった。
「なにをそんなに怒っているのさ」
「これを見ろ」
「おや、これは……」
エメライドが差し出したものを工房主が受け取ってまじまじと見つめる。それは花の蕾のようで、閉じられた花びらの色は漆黒だった。
「黒薔薇……」
「これはお前たち〝魔女〟にしか扱えない花だろう」
「まぁ、そうだね」
「それは俺の弟、カイラムが吐き出したものだ。大量の泥と一緒にな」
そこまで聞いて、工房主はエメライドの怒りの原因を悟った。この黒薔薇は主には魔女にしか扱えないものであり、黒薔薇の養分は泥、つまりは負の感情だ。おそらく、カイラムは元々負の感情を少なからず抱えていた。それを魔女に付け込まれ、黒薔薇を植え付けられたのだ。
そして黒薔薇は死に至る呪いの証。カイラムは、殺されそうになっていたということだ。
「知っているんだろう。これを植えたのが誰かを」
「まぁ、心当たりはあるかなぁ」
「言え」
こちらに向かって凄んでくるエメライドに、工房主は変わらず緩やかな笑みを浮かべるだけだった。
「それはできないんだよ、残念ながらね」
「言わなければお前を殺すとしてもか?」
「そうだね。ま、君に俺が殺せるとも思わないけど。とりあえず座りなよ。お茶を飲んで気分を落ち着けるといいよ。久しぶりのお客さんだし」
工房主がそう言うと、いまかいまかと待機していたソファがエメライドの体を引っ掴んで強制的に座らせ、立ち上がらせないようにしっかりと抱きかかえる。
「おい、なんだこいつは」
「お客さんが久しぶりだから張り切っているんだよ。許してあげて」
この工房にある物はすべてに命が宿っている。そして、大半の物は自分が使われることに誇りを持っていて来客があれば我先にと動き出す。現に、工房主がお茶の準備をしようとする前に、ティーポットとティーカップは期待をするような雰囲気を出していた。
工房主はお湯を沸かしながらティーポットに茶葉を入れる。嬉しさのあまり動き回るティーカップを捕まえてからテーブルに置くと、大人しくはなったがそわそわと動いている。
お湯を入れて蒸らし終えた紅茶をカップに注いでエメライドに渡す。鼻孔を擽るよい香りに、少しだけエメライドの気持ちが落ち着いていく。
「それで、話の続きだけど。僕は〝魔女の不可侵条約〟により、他の魔女のことを第三者に話すことは禁じられているんだ」
「相変わらず面倒だな」
「これは主たる神が決めたことだから、僕個人の力ではどうにもならない。申し訳ないけどね」
魔女。幻想種の一種であり、神が創造した種族でもある。すべての生物の良き隣人として知恵を授けることを使命とし生み出されたが、何百年か前に人間による『魔女狩り』が横行し、激高した魔女は人間を恨みながら姿を消した。それ故に、現在では魔女の存在は幻のものとされている。
そして、エメライドの目の前で紅茶を飲んでいるのもまた、魔女の一人だった。
名を『ユグドラシルの魔女』もしくは『明けの魔女』と言う。神によって最後に生み出された彼は、魔女の中でも一番人間に友好的だった。
「それで、ユグドラシル」
「駄目だよ。ちゃんとアキラって呼んでくれないと」
「…………」
「こいつ面倒だなって顔しないでよ。僕はこの名前気に入ってるんだからさ」
ユグドラシルの魔女、もといアキラはにこりと笑った。普通の魔女は神から与えられた名前に誇りを持ち、その名で呼ばれることを望む。しかし、アキラは彼の友人が与えてくれたこの呼び名の方を好んでいる。
「それに、俺の手元にはもう『ユグドラシル』はないからね。こっちの方がちょうどいいんだ」
「……分かった」
アキラがそう言うと、エメライドは少し思うところがあったのか軽く頷いた。それにアキラは笑って、思い出したように棚からなにを取り出した。
「まぁ、なにも教えてあげられない代わりにこれをあげるよ」
「なんだ、これは」
「これはねぇ、防犯ブザーだよ」
「それは見ればわかる」
「この紐を引っ張ると、それはもう、ものすっっごい音が鳴るんだよ、それ。君の妹さん、学園に行くんでしょう? 持たせておくと安心だよ。いつでもどこでも魔法が使えるわけじゃないからね。やっぱり強いのは結局は物理だよ、物理」
「魔法の権化がなにを言っているんだ?」
魔女は魔法を統べ、魔女にはどんな魔法や魔術を使っても勝つことはできない。また、魔女には一人一人が違う『個性魔法』を持っている。
アキラの個性魔法は『創造』であり、彼は魔具を作るのが得意だった。
この世界で普及している魔具の大半がアキラの発明だった。それをアキラは人間に教え、少しでも生活が豊かになればいいと願っている。それが本来の魔女のあるべき姿なんだよ、と笑いながら。
「あとは、僕の『魔女としての勘』だよ。それなら信じられるでしょ」
「まぁ、そうだな。これはもらっておこう」
「それがいい」
魔女の予知能力はとても精密で、魔女が予言をすればそれはほぼ現実となる。なので、きっとエメライドの妹である海がこの防犯ブザーを使うときがあると言うことだ。正直そんな状況が一切思い浮かばないが、エメライドは防犯ブザーを胸ポケットにしまい込んだ。
「ああ、そうだ。あと君からここに来てくれたから言うけど、いい加減に神としてのお勤めを果たしてもらわないと困るんだよ」
アキラにそう言われて、エメライドはあからさまに嫌そうな顔をする。けれど、どれだけ嫌な顔をしようともそれはアキラには関係のないことだ。
「君の願いを叶えたんだから、対価は払ってもらわないと」
「分かっている」
「本当? 一応、君は『神籍』に身を置いている神なんだから」
エメライドは海を探しているときに、人間の身の限界を感じ取っていた。時化により流されてしまった人間を探すなど、砂のなかから一粒のダイヤを見つけるようなものだ。それこそ、神でなければ見つけられないだろうと、エメライドはそう思っていた。
八方塞がりでどうしようもなかったそのとき、目の前に一つの扉が現れた。突如として出現したものだったが、不思議とその扉に警戒心は持たなかった。そっとその扉を開くと、そこはまだユグドラシルの魔女と呼ばれていたアキラの工房だった。
そこで、エメライドはアキラに相談をした。時化で流されてしまった妹を探している。だが、これ以上は打つ手がない。時空を越えるような魔法を人間は使うことはできないと。すると、アキラは至極簡単そうにこう言った。
「だったら神になればいいよ。そうすれば時空魔法を使うこともできるよ」
あまりにも予想だにしていないことだったが、そのときのエメライドにはそれ以外に縋るものがなかった。
「どうすれば神になれる?」
「これを食べれば神気を帯びることができるようになるよ」
そう言われて差し出されたのが『ユグドラシルの葉』だった。それを迷いなく食べたエメライドは、人の身として神となった。これを、現人神と呼ぶ。
そして、時空を越える術を手に入れて、海を探し出すことができた。だから、感謝はしている。感謝こそしているのだが。
「君は現人神として、迷える人々を導かなければいけない」
「そんなことは教会の仕事だろう?」
「なにを言っているのさ。大きな力を得るためには、対価があるのは当然だよ。忙しい我が主の代わりに是非頑張ってほしい」
にこりと笑うアキラに、自分はこの魔女に唆されただけなのではないかと、エメライドは思っている。
文学フリマ大阪14で販売した『異郷帰郷ノススメ』1巻に先行掲載していたものになります。




