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初恋の先輩と再会したら、同期に好きだと言われました 〜あの日のミサンガがほどけない〜  作者: 黒猫と珈琲


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番外編 あの日くれたミサンガが、まだ切れていない

春の午後だった。


小学校から帰ってきた娘が、ランドセルを背負ったままリビングへ飛び込んでくる。


「ママー! 見て!」


勢いよく差し出された腕に、愛香は思わず笑った。


「わあ、上手だね」


娘の手首には、色とりどりの糸で編まれたミサンガが巻かれていた。


「学校で作ったの!」


「そうなんだ」


「願い事をしながら編むんだって!」


得意げに胸を張る娘に、愛香は頷く。


「それでね、もう一個作ったの」


娘はランドセルの中をごそごそ探り、小さなミサンガを取り出した。


少しいびつで、ところどころ編み目が不揃いなそれは、一生懸命作ったことが伝わってくる。


「ママにあげる!」


愛香は目を丸くした。


「私に?」


「うん!」


愛香はそっと受け取る。


胸の奥がじんわりと温かくなった。


「ありがとう。大事にするね」


娘は満足そうに笑った。


その日の夕方。


娘は図工で使う材料を探そうと、押し入れの整理を始めていた。


「あれ?」


しばらくして、不思議そうな声が聞こえる。


「ママー!」


呼ばれて向かうと、娘は古い木箱を抱えていた。


「これ開けていい?」


「ああ、それ……」


愛香が答える前に、娘は蓋を開けてしまう。


中に入っていたのは、小さな思い出の品々だった。


その中から一本のミサンガを取り出す。


少し色褪せた糸。


長い年月を感じさせる結び目。


それを見た瞬間、愛香の胸が小さく揺れた。


懐かしい。


ずっと大切にしまっていた。


あの日のミサンガだった。


娘が首を傾げる。


「これなあに?」


愛香はそっと受け取る。


指先に触れた途端、遠い日の記憶が蘇る。


不安だった頃。


誰にも本音を言えなかった頃。


小さな願いを胸に抱えていた頃。


そのすべてを知っているようなミサンガだった。


「昔ね」


愛香は静かに微笑む。


「大事な人にもらったものなの」


娘の目がぱちぱちと瞬く。


「パパ?」


愛香は少しだけ笑った。


「ううん」


「違うの?」


「違うよ」


娘はますます不思議そうな顔になる。


愛香はミサンガを見つめながら続けた。


「でもね、そのおかげで今のママがいるの」


娘は意味がわからないらしく、首を傾げる。


しばらく考えてから、ぱっと顔を輝かせた。


「じゃあ宝物なんだね!」


その無邪気な言葉に、愛香は思わず笑った。


「そうだね」


宝物。


確かにそうだった。


失くしたくなくて、ずっとしまっていた。


娘は満足したように頷くと、


「じゃあ元の場所に戻しておく!」


と言って、木箱の中へ丁寧に戻した。


そのまま友達と遊ぶ約束を思い出したらしく、慌ただしく家を飛び出していく。


「行ってきまーす!」


「気を付けてね」


玄関の扉が閉まり、家の中が静かになった。


愛香は木箱を膝の上に置いたまま、しばらくミサンガを見つめる。


すると後ろから声がした。


「懐かしいものが出てきましたね」


振り返ると、慧吾が立っていた。


娘とのやり取りを聞いていたらしい。


愛香は少し困ったように笑う。


「懐かしくて」


慧吾は何も言わず、隣に腰を下ろした。


二人で並んでミサンガを見る。


しばらく沈黙が続いた。


やがて愛香がぽつりと口を開く。


「ねえ」


「はい」


「嫌じゃない?」


慧吾が視線を向ける。


「何がですか」


「これ」


愛香はミサンガを持ち上げた。


「まだ持ってるの」


少しだけ緊張しながら聞く。


すると慧吾は考えるように目を伏せた。


そして静かに言う。


「昔は嫌でした」


愛香は思わず笑った。


「やっぱり」


「当然です」


真顔で返される。


慧吾は愛香の手の中にあるミサンガを見つめた。


「そのミサンガも、先輩との思い出も、愛香さんの中にある時間も」


少しだけ言葉を選ぶように間を置く。


「全部、少し羨ましかったです」


「羨ましかった?」


「俺が知らない愛香さんなので」


その答えが、なんだか慧吾らしくて。


愛香は小さく笑った。


昔からそうだった。


嫉妬しても責めない。


不安になっても押しつけない。


ただ、本音だけは不器用なくらい真っ直ぐに伝えてくる。


変わらない。


本当に変わらない。


愛香が笑うと、慧吾も少しだけ口元を緩めた。


そして視線をリビングへ向ける。


壁には家族写真。


旅行先で撮ったもの。


娘の入学式の写真。


三人で笑っている写真。


穏やかな日常がそこにあった。


慧吾は静かに言う。


「でも今は違います」


愛香が顔を上げる。


「その願いが叶った結果が、ここにありますから」


一瞬、言葉を失った。


慧吾らしい言い方だった。


不器用で。


真面目で。


でも誰よりも優しい。


愛香は胸の奥が温かくなるのを感じた。


「そっか」


「だから」


慧吾はミサンガを見つめる。


「大事に取っておいてください」


愛香は小さく笑った。


「うん」


そっとミサンガを木箱へ戻す。


蓋を閉じる。


それは過去を閉じ込めるためではない。


大切にしまっておくためだ。


あの日の願いは、決して無駄ではなかった。


たくさん遠回りをして。


泣いた日もあって。


言えなかった気持ちもあった。


それでも。


今、隣には慧吾がいる。


窓の外からは、娘の笑い声が聞こえてくる。


愛香はそっと慧吾の肩に寄り添った。


慧吾も何も言わず、その肩を抱き寄せる。


あの日くれたミサンガは、まだ切れていない。


それは過去に縛られているからではなく。


あの日願った幸せが、今も続いている証だった。


窓の外では、春の風がやさしく吹いていた。


【完】

読んでくださりありがとうございました。

面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価(★)をいただけると励みになります。


現在は『帰る場所は、ずっとあなたの隣だった』を連載中です。


また、本日21時より新作異世界恋愛

『「君は正しすぎる」と婚約破棄されたので、自分の答えを探すことにしました』の連載を開始します。

よろしければ、こちらもお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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