Epilogue
「――っていう夢を見たんだよ」
「夢落ちで良かったな!」
豪快に笑うのは、Bこと馬場だ。
そう、ここまでのことは全部俺の夢だったのだ。
馬場は夢と同じく高校の同級生で、バカをやる仲間だ。
「しかし変な夢を見たなあ」
「そうだろうそうだろう。さすが夢ってくらい突拍子もねえし、気味が悪すぎて鮮明に思い出せちまうんだ」
「しかもシャケフレークが好きな動画配信者で元役者志望って、お前じゃねえか」
「……だよなあ」
そうだ、俺は夢の中で高杉という心霊研究家だった。でもAの設定は、まさしく俺だ。
あの時、Aの顔ってのは夢の写真でも見えなかった。
見えなかったのか? 覚えていないのか?
わからないが、まあ夢なんてそんなもんだろう。
まあ、俺はAと違って動画配信していても不人気の、社畜してなきゃやってらんねえ立場でしかないんだが。そこだけは羨ましいぜ。
「結局依頼主とAって誰だったんだろうなあ」
「顔見たんだろ。俺とお前で共通の知り合いの誰かじゃねえの?」
六畳一間の安アパート、それが現実の俺が暮らす場所だ。
夢と同じく馬場が紹介してくれた――勿論、違法薬物の取引なんて危険なことを持ち出されたことなんてないし、俺らは潔白である――ので、ヤツとしても勝手知ったる場所だからって勝手に冷蔵庫開けてビールを取り出すな。
「俺の命の水だぞ、それエ!」
「給料日にお詫びの発泡酒買ってやるから許せ」
「チクショウ、倍にして返せよ!」
「不況のご時世なんだ、そこはゆるく行こうぜ」
ちなみに俺が住んでいるのはいわゆる〝事故物件〟である。
とはいえ、半年以上暮らしているが今のところ問題はない。
Bとしても借り手ができてくれるのはありがたいということで、お互いウィンウィンってやつだ。
「そういやお前、あれどうした?」
プシュっといい音をさせてビールのタブを開けたBの言葉に俺は首を傾げる。
くっそ先に呑んでおけば良かったと思っていた俺は、なんと言われたのか理解するのに一瞬遅れたのだ。
「あれ?」
「ほら、夢じゃねえけどお前酔っ払ってこの間、駅前で見たことねえ露天商から変な仏像みたいの買ったとか言ってたじゃねえか」
「あ、あー。あれな! 怖くてゴミの日に捨てたわ」
「罰当たりじゃねえか!!」
ゲラゲラ笑うBに、俺も笑う。
そういやそんなことあったなあ。
「おっと悪い、電話だ」
見知らぬ番号だ。
基本的には普段は知らない番号では出ないのだが、何故か今は出るべきだと思った。
馬場に断りを入れて通話ボタンを押せば、どこか焦ったような声が耳に飛び込んできた。
「もしもし、はい、はい、そうです、高杉ですが。……え? 高校の同級生……あ、あー、三年の時の同級生の……え? いえ、卒業以来連絡は一度も……はい、はい。同窓会も不参加でしたし、まったく……元々親しくもなくて、連絡先も知らない状態で……ええ、はい。そうです」
「どうした?」
眉間に皺を寄せた俺に、馬場が小声で問いかけてくる。
俺は電話を切ってため息を吐いてから、答えた。
「三年の時の同級生の、親御さんが電話してきた。なんか娘さんが行方不明になって、日記に俺やお前の名前があったらしいぜ」
「はア?」
「なんか知らねえかって。うちの実家調べて俺の携帯番号聞き出したらしい。後で苦情言っとかなきゃな……もしかしたらお前んとこも来るんじゃねえ?」
「マジか」
問われるまで思い出すこともなかった女子生徒のことを、なんとか思い出してみる。
殆ど話したこともないクラスメイトの一人で、物静かな……というよりは、暗い雰囲気の子だった気がする。
(そういや、告白されたんだったな……)
当時からシャケフレークが好きだった俺の弁当を見て、可愛いって、それが好きになったきっかけだと言っていた。
なんだそれと思ったし、卒業間近だったから断った。
(しかもあの女、馬場にも告白してたんだっけか? 将来性がありそうとかなんとか……勝手な話だよな、しかも今もこうやって迷惑をかけてきやがる)
そういや、夢の中で依頼人は女だった。
ぼんやりしていた輪郭が、徐々にハッキリしてくる。
キィィンと急に耳鳴りがして、俺は思わず自分の耳を押さえた。
見れば、馬場も同じように耳を塞いでいる。
「な、んで?」
画面が真っ暗になったはずのスマホが、いつの間にか通話状態になっている。
相手の名前がないまま、通話時間だけがただ、秒を刻んでいる。
音の出所はそこだった。
【お なか が】
ノイズの中から、声が聞こえた。
馬場と俺は顔を見合わせる。
【すい た なアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
「ひっ!?」
ノイズ混じりに僅かに聞こえていた穏やかな声が、途端に奇声に変じて部屋中に響き渡る。
思わず悲鳴を上げたのは、俺だったのか馬場だったのか。
それがプツリと切れて俺たちはただ呆然と顔を見合わせたところで、ゴトンと音がした。
まるで、あの時のように。
振り返る。
そこには、シャケフレークの瓶が落ちていた。
「ば、馬場、コノヤロウ! きちんと冷蔵庫の扉くらいしめやがれ!!」
「わ、悪かったって!!」
笑って誤魔化すように、俺は冷蔵庫に歩み寄ってそれを拾う。
でも待てよ?
冷蔵庫の中で、馬場が触れたのは缶ビールで。
俺のシャケフレークは、冷蔵庫のサイドに入れて置いたから、ぶつかりようがない。
拾った瓶から視線を上げれば自然と冷蔵庫の中に目が行った。
ぴちゃっ。
ナニカが跳ねる音が、聞こえて。
俺の視界が、ピンクと、赤に、染まっテ、それ、カラ?
遠 くに、馬場の 悲鳴が、聞こえタ気がシ タ 。
これにて完結です。
謎は謎のまま不条理で終わりました( ‘ᾥ’ )