一つの終わり
「……アンタの母国、イギリスじゃ死刑制度はとっくの昔に廃止されてるんじゃないのか?」
「黙れ死刑囚。貴様の存在は災い以外の何物でもない。今ここで死ぬこと以外に、貴様のなすべきことなど何もない」
取り合う島もない。もともとこいつはそういう奴ではあったが、いきなり死刑を言い渡してくるなんて常識外れもいいとこだ。最早薬でもやってるんじゃないかと疑うレベルでの狂乱っぷりだ。
「死罪に当たる罪状は、世界の理を外れた力の現生。五属性を混ぜ合わせる力、ましてそのどれにも含まれない力など存在していいわけがない」
五属性。すべての魔法・魔術はその五つに分類される。それを外れることは決してあり得ない。
けれども重統魔法は、その理を外れて、二つの属性を混ぜ合わせることができる。それはすなわち、属性という概念の突破。確かにそんな力は警戒されて然るべしなのかもしれない。
だが、それのどれにも含まれない力とはなんだ?
もしかして、それが誰も立ち上がらずに、何も言えない理由なのか?
けれども、そこで間に立ちはだかる二人がいる。
「なんだお前は?」
「颯は傷つけさせない。どんな人が相手でも!」
さっきまで泣きじゃくっていたのはどこへ行ったのか、悠花の背中はたくましく見える。
「ふん……。所詮は子供の戯言だ。そして」
その視線は、もう一人に向けられる。
「ハルネ、お前もか」
「っ……」
その目は、身内に向けるにはやはり冷え切っている。
「どけ、目障りだ。そしてこれは最後通告だ。例え身内であっても、私は容赦しない」
「それでも……。それでも、私は颯を守りたい! だから、私はここをどきません!!」
「愚妹め……」
それだけ言って、右手を上げるハルネの兄。それはおそらく、攻撃命令を出すためののも。
魔力をかなり消費したハルネに、魔術を使えなくなっている悠花に、こいつの相手をさせるわけには……。
「二人ともどけ……っ」
立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。身体の中には、魔力の熱を感じられない。
今の俺たちに、こいつの兵隊をどうにかする力は……。
「愚かなのはどっちだ」
声が響きわたる。
刹那、俺たちを取り囲んでいた四体の兵隊は一人残らず圧し潰されている。
「なに!?」
気が付けば、俺たちのさらに前に人が立っていた。それはよく見慣れた人物で、けれどもまったく見慣れない姿をしていた。
「貴様……!」
「もうお前の命令なんか聞いていられるか、バカバカしい。颯を殺すというのなら、私の全てを以て貴様を叩き潰す」
服装はまるで巫女装束。この場には似つかわしくないのに、けれどもその姿に圧倒される。
「風の、巫女……。ただの教師風情のくせに……」
「颯を守れないなら、教師なんて職は今すぐ捨ててやる」
その覚悟は尋常ならざるもの。
「全ての確認が取れましたよ。グリフィスさん、あなたに命じられたのは、颯の生み出した重統魔法の調査、これだけだ。決して颯自体を監視するということじゃない。そしてそれを捻じ曲げたのは、リオナード・フォン・ヴァルモーデン。そうですね、グリフィスさん?」
続いて出てくるのは贄川。一人で何かやっていたと思っていたが、今回の一件について調べていたらしい。
「…………」
「ビンゴ。当たりみたいですね」
流石バックに日本支部がある情報屋だ。やはりこいつはただの情報屋ではない。
「……それがどうした」
「なんですって?」
「それがどうしたと言っているんだ。こいつが危険人物であることに変わりはない。これから24時間365日監視が付くことなど分かりきっていることだ。それが少しばかり遡行したところでどうということはないだろう。どいつもこいつも私に反抗して、命令に背いてただで済むとでも……」
「ならお主に命じようか。今すぐこの場から消え去れとな」
「!?」
その声は、階段の一番上。見上げれば、高身長の若い女性が一人。けれどもその声の質と口調からは、何故か若さを感じない。
ゆっくりと降りてくるその女性。
「なんだ貴様は!?」
「わしか? わしはこの学園の校長じゃよ」
「校長、だと……?」
その困惑は、奴だけではなくここにいるほぼすべての人に当てはまっていた。今まで姿を現さなかった校長。学園がこれだけ引っ掻き回されているのに、一切音信不通だった人。
「じゃが、この場には些か人が多すぎる。すまぬが……」
一度手を叩く。その音が空間全てに広がった瞬間、バタバタと人が倒れていく。
「なッ!?!?」
「心配する必要はない。少し眠ってもらっただけじゃ」
観客席にいた全員はもちろん、フィールドに出てきた贄川も倒れている。彼女の言う通りなら、単に眠っているだけなのだろうが……。
唯一まだ意識があるのは俺、ハルネ、悠花、日出先生。そして、ハルネの兄。
「は、颯……」
流石の光景に震える悠花。ハルネ揃って、さっきまでとは違い震えてしがみついてくる。
そんな惨状を引き起こした張本人はゆっくり歩いて、ハルネの兄の横を通過する。けれどもその間、ハルネの兄は動くことさえできない。
「お主確か悠花じゃったな。颯の傍に居る者の一人らしいし、いいじゃろう」
悠花のことを一目見て、日出先生のさらに前に立つ。
「バカな……こんなこと……」
「やれやれ。魔術師であるのに、目の前で起こった神秘を否定するとは、お主それでも魔術師か?」
ふとその女性の身体が光り始める。少しずつ身長は小さくなっていく、服装も変わっていく。
140cmくらいの身長なのに、知的な雰囲気を覚える立ち姿。ハロウィンで見るようなコスプレ。魔女と言う他ない服装は、ずっとずっと見てきたもの。
「……ロリ老女?」
「オティリエ、さん……?」
図書室の司書、ロリ老女ことオティリエであった。
「ロリ老女?」
「颯、知ってるの……?」
日出先生と悠花が同時に俺の方を見てくる。その困惑の表情は両方同じだが、その中身が違うように感じるのは気のせいではないだろう。
「馬鹿な……なぜこんな片田舎に……」
その中で一番の困惑をしていたのは、誰でもないハルネの兄であった。表情はもはや困惑を超えて、恐怖すら覚えているよう。
「今まで黙っておったが、もう隠さなくてもいいじゃろう」
「隠す……?」
「わしの名前はオティリエ・ヨハンナ・リヒツェンハイン。Accurate Sophia of Seven(正しき道を歩む七賢者)が一人、The Order 02 χώρος(ホロス)を名乗らせてもらっておる」
「まじかよ……」
このロリ老女が、七賢者って……。
「こやつはわしの弟子で、管轄下にある。すでに七賢者の決定済みのことじゃ」
「そんな、馬鹿な……」
「じゃから七賢者として命じよう。ギルバート・アーバスノット・グリフィス、今すぐにこの学園から出て行け」
「っ……」
「まさか、命令を聞けないなんてことはないじゃろうな?」
「…………は」
佇まいを正し、一礼をして去っていくハルネの兄。ただ、振り返る直前に殺意の眼を向けてきたことは、忘れられそうにない。
「さて、戦いは終わった。ひとまずはそれで良しとしよう。近いうちにお主たちとは、ゆっくりと話をしなければならなそうじゃがな」
それだけを言い残して、いつもの扉で図書室へと去っていくロリ老女。
戦いは終わった。数か月の長きにわたる戦いが。しかし、様々な問題を残したままで。
そしてその問題は、そう遠くない未来に再び現実のものとなる。
けれども、それを知る者は、今この場においては、一人としていなかった。
第四章、完結です!
同時に、一つの限りを迎えたと思っています。
もちろんまだまだ続きは考えついてあるので、少ししたらまた上げていければと思います!
同時に新作も書き上がりつつあるので、そちらも近いうちに投稿するのでよろしくお願いします!!




