青の光、今羽ばたいて
ほんの少し、思い出した。
倒れていた時に見た夢を。
あの時、俺の目の前に現れた黒い誰か。
そう、それはおそらくは俺の中に居るもう一人の誰か。
圧倒的な力を持つ、何か。
きっと関わってはいけない類いのものなのだろう。
けれども、もうそんなことはどうだっていい。
奴を亡き者へとできるのなら、どうなったっていい。
元々生きてるか死んでいるかも分からない、言ってしまえば亡霊のような自分だったんだ。今更誰も、必要とはしないだろう。
「……て」
何だ、静かだったのに何か聞こえた気がする?
「……やて」
まただ。この静寂の空間に何かが響く。
「……はやて」
俺の名前を呼ぶ声? こんなところでそんなことはあり得ない……。
「颯!」
ハッと我に返って声の方に振り向く。
そこにあったのは手だ。俺の方へ延ばされる手。
そこにいるのは。
「そうだ……」
何のために戦うのか。
今この瞬間においてそれは、彼女のためだ。
彼女を助けるという命題なのに、その命題をこなすために、他の誰かの手を借りるなど、果たしてあっていいことなのか?
いつから自分は、そうやって逃げるようになった?
ならば、なぜ他人にすがろうとする?
なぜ奴の力におびえる必要がある?
なぜ自分の力を信じない?
なぜ自分が砥いできた力を使わない?
こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
早くあの場所に戻って、奴を一発ぶん殴ってやらなければならないのだから。
だから伸ばされた手を取る。
あの場所へ戻るために。
「行こう、颯」
その手を握り締めて、浮き上がっていく―――
*
「……?」
目を開ければ、元いた戦いの場が視界に入ってくる。
「なんだ……?」
視線を感じる。けれどもそれは期待に満ちた目ではない。まるで恐怖を感じ、畏怖を抱いた者の目だ。
それは昔、常日頃感じていたような……。
「颯!」
飛びついてくるのは、俺が壁際まで届けていたはずのハルネ。
「ハルネ?」
「よかった……颯……」
「???」
状況がよく分からない。確か俺は……どうなったんだ? 記憶が全く呼び起こせない。
そうして周りを見渡せば、奴の姿が嫌でも目に入ってきた。
「ガロスヴォルド……」
恨みがましくこちらを見ている。
そしてその隣に居るゴーレム。右腕がなくなっている。
一体何があったのか?
「……す」
「は……?」
「殺すッッッ!!!」
物騒な発言と共に、ゴーレムが突進してくる。
「Raining……っ?」
その吶喊に対処するために魔法を組み上げようと試みる。だが何故か、魔法陣が上手く組みあがらない。
「なんで……?」
そんなことを考えている猶予はなかった。目の前に迫るゴーレムに対して、成す術が……。
「Inviolable Shield!!」
けれども、泣いていたはずのハルネがシールドを展開していた。
「颯はやらせない!」
これまで見てきた中でも最大級に魔力が注がれている。その防御の厚さは、ゴーレムの進行を十分に食い止めている。
「邪魔を、するな!!!」
だが、ガロスヴォルドの激昂はゴーレムに対しても過剰な力を与えているらしい。
一枚、また一枚と盾の層が壊されていく。このままでは、すべての層が砕け散るまでは時間の問題だ。
「ハルネ、借りるぞ」
「えっ? あっ……」
返事を聞く前に、彼女の手を取る。
大丈夫だ、まだ熱を感じる力は残っている。重統魔法を組み上げるだけの量の攻勢魔力を引き出すのは難しいが、普通の魔術を組み上げるのには十分量だろう。そしてハルネの魔力は、俺よりも余力がある。
「本当の使い方を教えてやる」
地に描かれる魔法陣は、2の階乗立法の聖域を組み上げようと起動する。16本の直線が引かれ、各面が半透明な壁で埋められていく。
「Box of Sanctuary(聖域の箱)」
ハルネの盾が消滅したと同時に組みあがる、今この瞬間においては究極の防御魔術。
堅牢な聖域は、ゴーレムの攻撃を過たず防いで見せる。
「多分次の魔術で俺の魔力は完全に欠損する。その残りの魔力の全てをつぎ込む。だから、力を貸してくれ」
「颯……! わかった」
詳しく告げなくとも、俺のすることは分かってくれている。
ふと空を見上げる。この惨状にあっても、何事もないように広がる青空。気温も上昇して、すでに夏の暑さを孕んだ雲一つない晴天。
その青を借りて、この魔術は成り立つ。
再び彼女の手を強く握りしめて、二人分の魔力を駆る。
そして二人で紡ぐ、俺たち二人の魔術を。
「「空に広がる青。世界で唯一絶対平等の青。その青を持って羽ばたくのは、世界に幸せを運ぶ鳥」」
たった一度だけ使った、二人が揃っているときにのみ使える、俺たちの切り札。
「「The Blue Bird」」
空の青さをその身に宿した青い鳥。その両翼を伸ばして、再び羽ばたかんとする。
「翔け、幸せ運ぶ青い鳥」
俺たちが心の底から今願うことはただ一つ。奴に勝つこと。
それを分かっているかのように、ゴーレムに対して一直線に飛んで行く青い鳥。そしてゴーレムの前で急停止したかと思えば、青い光を発する。
温かくて、優しい光。光なのに、何故か目をつぶる必要がない。
その中で、ゴーレムは色褪せて、少しずつ形を崩していく。
「この光は……」
やがて収まると、奴のゴーレムは完全に消え去っていた。それと同時に、地面に倒れる音が聞こえる。
「ガロスヴォルドさん……?」
倒れたのはガロスヴォルド。
「まさか、私たちの……」
「いや違う。奴はゴーレムとリンクしていた。だからゴーレムが消えて、その影響が奴にも跳ね返ってきた、……だと思う。」
ハルネに、自分たちの魔術で奴が倒れただなんてことは言えない。
けれども、推測はおそらく正しいはずだ。奴のゴーレムは奴が命令を出していた。つまり奴とゴーレムは常時つながりがあったはず。だから消えたという情報が奴に逆流してもおかしくはない。なんら確証があることではないのだが。
「あれ……」
急に視界がぐらつく。全身から力が抜ける。そのせいで、地面に倒れ込んでしまう。
「颯!?」
「大丈夫だ……。魔力をすべて使い切った影響だと思う……」
近衛騎士との戦いの時にもそうであったように、全身から力が抜けて入らない。
「颯!!!!!」
遠くから声がする。振り返れば、すぐ目の前にいた悠花が走る勢いそのままに飛びこんできた。
「颯……はやてぇ……」
「ゆ、悠花!?」
恐ろしいくらいの力で、俺のことを掴んで離さない悠花。そもそも抵抗自体ほぼほぼできないが、ちょっと苦しい。
「……悪い」
悠花にこんな顔をさせるために戦っていたわけではないのに。
「もういいよ……ちゃんと戻ってきてくれたから。なんでもいい……」
「悠花……」
戻ってくる。その悠花との約束は確かに果たせている。
けれども、自分では納得のできない果たし方だ。
ふと顔を上げれば、その上に二つの表示が出ている。
『Winner 洗馬颯・ハルネ・グリフィス』
『Congratulation! Winner A』
俺たちの勝利、そしてクラスの勝利。確かに俺たちは勝利した。
けれども歓声はなく、悠花以外の誰一人駆け寄ってくることも、立ち上がることさえない。
静かな、静寂に満ちた決着であった。
ズンッッッ
その静寂を破るのは、巨大な衝撃音。
「洗馬颯。今ここで貴様を極刑に処する」
四体の鎧に包まれた兵隊が四方を囲み、その間からハルネの兄、ギルバート・アーバスノット・グリフィスが出てくる。




