戦いのルール
「寝かせてやれ」
ハルネの心配を制する日出先生。
「あんな戦いをしたんだ、少しくらい休ませてやるんだ。見た限り大丈夫そうだし、奈々にも見せるよ。真由美」
「はい」
藪原先生がやってきて、クラスメイトたち協力してエルさんをタンカーに寝かせて運び出す。
「頑張ってねハルネさん、洗馬くん」
福島は近衛騎士についていくみたいだ。パートナーだから当然か。
「さてと……」
近衛騎士のおかげで、何とか二勝二敗に持ち込むことができた。クラス対抗戦としてはいい試合を繰り広げられていると言えるだろう。そしてその決着が、次の一戦で決まる。
それは、ハルネとガロスヴォルド、俺と奴との因縁に決着をつけることと同義だ。
「さて、それじゃあそろそろ……ん?」
最終戦の開始のアナウンスをしようとした先生が、唐突に顔を上げる。その視線の先は、この会場への入り口。
「はいはーい!」
「やっほ〜!」
その扉を開けて入ってきたのは今池と駿河。
「は?」
「はい?」
俺と先生が揃って素っ頓狂な声をあげる。そりゃそうだ、B組とC組のクラス委員の二人があんなに仲良く一緒に会場に乱入してきたのだから。しかもその後には各クラスの面々がゾロゾロと入ってくる。
「お前ら何をやっている!対抗戦はどうした!!」
流石に看過できないと、客席に赴く先生たち。
「あぁ、それならもう終わりました」
「せっかくだから、まだ終わってなかったらこっちを観にいこうって思いまして」
「なんだと?」
意味がわからない。こっちは四戦目までは終わっているが、けれどもどの試合も時間は比較的短く終わっている。それよりも早く五戦全てが終わるというのは、一体全体何にが起こったらそうなるのか。
「……どういうことですか?」
「いや、実を言うと……」
「最初のうちはちゃんと戦ってたんですけど、二勝二敗で最終戦になって、それが話し合いで引き分けにしようということになって」
「はあぁ!?」
最早先生の理解さえも超えた事態になりつつあった。
「だって悠花ちゃん戦えないんでしょ? それじゃあB組の全力とは言えないし」
「それに結局優勝はできないんだし、別にもういいかなって」
駿河と今池が交互に補足する。
「お前らな……」
もう呆れ返って言葉も出ないといった様子だ。実際俺もそうだし、なんなら他の連中も同じように開いた口が塞がらないという状況。
「いいんじゃないですか?」
そこで口を開いたのはD組担任の、シュリンムライト先生。
「対抗戦の結果の全てが、これからの一戦で決まるのです。それにこの戦いは今までにない一戦になること疑いない。ならば観客は多いほうが盛り上がると言うものです。そうでしょう、グリフィス卿」
けれども同意を求めようとするのは日出先生ではなく、ハルネの兄。
「…………」
ほんの少しだけ考えた後、口を開く。
「確かにこの一戦には、大きな価値がある。多くの人が見るに値するだけの価値が。ならば観客は多いほうがいいだろう。それに彼ら自身が望んでいるのだから、魔法・魔術統治省としては推奨しても否定することはない」
「……」
そう言われて日出先生は黙り込んでしまう。それは彼らの言い分が最もなことであるから。けれども小さく舌打ちをしたのを俺は聞き逃さなかった。
「誰だか知らないけどいいこと言うじゃん」
「やるね〜お兄さん」
何一つ事情を知らない彼女たちはそんな感じに呑気な様子。
そうして観戦が認められた二クラスの面々が続々と入ってきて着席していく。
「颯」
だから当然、悠花もいる。彼らの中で一番最後に下まで降りてきて、俺に声をかけてくる。
「まさかB組とC組が観戦に来るとは思ってもいなかった……」
「俺のことを観ていてくれって言ったのは誰だったっけ?」
「……おっしゃる通りで」
そう言われると、俺も何一つ文句を言えなくなる。
「でも、……ちゃんと約束を守ってね」
「あぁ、分かってる」
「それと、頑張って」
「もちろんだ。すぐにぶっ飛ばして帰ってくる」
大言壮語を吐くのは好きではないが、今はそれが必要な時だ。だから悠花を安心させるために少しだけ軽口を叩く。
「ハルネさん」
次にその視線はハルネへと移る。
「残念だけど、今の私じゃ颯の隣にはいられない。……だから、颯のことをお願い」
「……うん、力の限り、颯のことを助けるよ」
ハルネと悠花もまた、そうして何かを通じ合っていた。
「さて、それじゃあ次の試合に関して一つ条件を出させてもらおう」
突然立ち上がって、フィールドの前までやってきたと思ったらそんなことを言い出し始めるハルネの兄。
「この戦い、審判もフィールドを出ていてもらおうか」
「なんだと!?」
しかもその提案は、異例の極みというべきものだ。
「ふざけるな! 審判が立ち会わない試合なんて今まで一つの例もない。それにいざと言う時どうするつもりだ!」
「そんなことは彼らの良心にでも任せればいい」
「いい加減にしろ! 生徒を命の危険に晒すようなことを承認できるわけないだろ!」
「くどいな。何度言わせれば気が済むのだ。貴様は命令に従うしかないのだと。一学園の一教師がどうして魔法・魔術統治省の命令に逆らえる? それにこの学園には、死なない限り全てを治すことができる優秀な治癒魔術師がいるだろう?」
「そういう問題じゃない!!」
「そもそもこの戦いに審判はいても、それが必ずしもフィールドに居なければならないというルールはないはずだが?」
「っっっ!」
初めて先生が言葉に詰まる。確かにこの試合のルールブックには、そういう規定は存在していない。教員が生徒の放った魔術に巻き込まれないようにするためという配慮があるのだろう。それでもフィールドに居るのは万一のことがないようにするためであり、生徒が放つ魔術からの防御くらいならできるから。
結局のところ、恣意によるものという誹りを免れることはできない。そして奴はまさにその隙に付け入ってきたのだ。
この言い争いは、先生の負けがほぼ確定した。
「先生、いいですよ」
「おい颯!?」
「これ以上反論の余地がありませんよ。それに奴が先生を狙いだす可能性だってあります」
「それはお前だって同じだろう。それに私があの程度の……」
「先生!」
「っ……」
気持ちは痛いほどわかるが、これ以上先生に迷惑はかけられない。
「本人がいいと言っているんだ、教師が受け入れないでどうする」
「クッ……いいだろう。だが、四人には魔術による制約をかけさせてもらう」
「……いいでしょう。ただし条件は、“人を殺めた時”という形にしてもらいましょう。傷つける程度では試合になりませんからな」
「……分かった」
先生がフィールドに居ないという話には決着がつく。だが魔術による制約とは一体?
「四人とも手を出せ」
俺とハルネ、ガロスヴォルドとそのパートナーである信町に召集がかかる。
「何をするんですか?」
「これから四人には私の魔力を媒介にした魔術契約を結んでもらう」
「魔術契約?」
「そうだ。それを違えた時、命を以てそれを償ってもらう」
「命を……」
「それだけ事は重大だということだ」
そんな魔術が存在するのも驚きだが、命で償うという重さにもまた驚く。けれどもその条件が人を殺めた時ということなら多少は理解もできる。
「条件は“人を殺めたとき”。契約、履行」
先生が伸ばした右手から光が伸びてきて、俺たちが出した掌に紋様を描く。
「これで契約は成立した。何が起こるかは今言った通りだ。もちろん魔法・魔術の使用には何ら干渉しないから安心していい」
確かにこれで表面上は命を懸けた戦いではなくなった。だが……。
「颯」
気が付けば、先生が目の前にいた。出しっぱなしだった俺の手を握る。
「必ず戻ってくるんだ。分かったな」
その手は震えている。……きっと両親を失った時のことを思い出しているのだろう。
「分かっています」
だからその手を握り返してそう答える。それだけが今俺に出来ることだから。
「……それじゃあ全員観客席に戻るぞ」
名残惜しそうに手を放して、当事者たち以外の全員を観客席に押し戻す。
そして全員がフィールドから去ったのを確認して、外側からMRBフィールドを起動させる。これで、ここに居るのは俺たち四人だけ。何人たりともこの戦いに外側から干渉することはできない。
「それではクラス対抗戦、本当の意味での最終戦。洗馬颯、ハルネ・グリフィスとガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデン、信町剛也の戦いを始める!」
全ての決着をつける戦いが、今始まる。




