戦いのスタイル
「……魔力切れで気を失ったらしい。特に問題はないらしいから、ひとまずは安心していいそうだ」
二戦目と三戦目のインターバルで木曽に付き添った先生が、帰ってきて告げた言葉がそれだった。
「よかった……」
「あぁ……」
少なくとも命にかかわるようなことがないのなら、上松先生に任せておけばいいだろう。
「だが、木曽は一体何をやったんだ?」
「急に使役魔術を解いたと思ったら、急にあの光。何が起こったのか全然わからなかった……」
「どうにも木曽の考えが分からん……」
そう、俺ですら分からない。木曽が何をやったのか、何をしたかったのか。そのいずれもが見えてこない。
「……木曽は、開放したかったんだよ。彼らを」
そこで口を開いたのは、贄川。
「贄川くんには分かったの?」
「今回の木曽は、どちらかと言えば個人的な思いで動いていた節がある。あのキマイラが許せないっていうね。命を全うした彼らの解放が、木曽の一番の思いだったんだろうね。そのために使ったのがあの魔術だ」
「あの光は一体何なんだ?」
「詳細は僕にも分からない。けれども、使役を強制解放させる逆魔術があるっていうのを聞いたことがある。使役魔術を使う人の中でもほんの一部しか知らないらしいけど……」
「そうか……」
木曽は自分の全てを賭しても、キマイラを止めたかったのか。同じ使役魔術の使い手として許せなかったんだ。そしてそれは、D組との戦いよりも優先されるべきことだったのだろう。
「木曽の思いを無駄にしないためにも、俺たちは俺たちができることをやるしかない」
これはD組との戦いではあるものの、同時にガロスヴォルド一党との戦いでもある。木曽がやりたかったことは、ガロスヴォルドたちの否定だ。そしてそれは、俺がやらなければならないこと。木曽はそれをわかっていたからこそ、あんな戦い方をしたんだ。
「三戦目を始める!」
時間というのはあっという間に過ぎる。三戦目の開始の合図。
「……似てるな」
敵方の松川という奴が使う魔術。一見すれば俺の光の矢と何ら変わるところではない。
俺の場合は規模と火力で押し切るという形を取っているが、向こうは繊細さに分がある。やはり扱いに関しては向こうに一日の長があるだろう。
詳しく見れば似て非ざることは事実だが、やはりその魔術を真似たと言われ、非難される可能性は大いにあった。それがないのは、やはり重統魔法をそれほど脅威とは見なしていないからだろうか。
「敵ながら参考になる、というのは多治見たちには悪いな……」
「? どうかしたの?」
「いや……」
ただ口にできないだけで、個人的な感情としてはやはり気に入らないのだろう。奴がフィールドに出る前に、俺を睨めつけてきたことを見れば向こうは戦いたがっているようにも思われた。似たような力を使う者同士、言葉ではなく力を以て決着をつけようという気持ちがあるのだろう。その機会はいずれ来るだろう。
「……しかし、多治見もよくやる」
多治見が展開しているのは檻だ。しかしてそれは敵を封印するのではなく、自身の身を守るための堅牢な檻。
「春日にトラップ魔法を教えたときの交換条件として、春日の魔術の基礎的な考えを教わったとは聞いてたが……」
それに加えて、参考にしているのはB組の塩尻の電磁ネットか。
「この短期間に新しい魔術を作り上げたのか……。やるな」
確かに世界は無数に魔術が存在していて、それを受け継いでいくということは基礎であり、魔法・魔術に触れる最初の一歩になる。
しかしある程度熟練し始めた魔術師たちは、自身の手で魔術を生み出していく。それができるようになることが、魔術師としての成長を示す一つの基準であるという。
そして、この場所に来る前よりも早くこの世界に触れてきた彼ならば、そのステージに居てもおかしくはない。
そして多治見が作り上げた魔術は、松川の魔術を順調に防いでいる。俺が電磁ネットを突破したときのような一点集中に対しては、手持ちの自動拳銃から放たれる炎弾が勝利をする。実に効率的な対処法ではある。
「すごい……これなら」
「いや、これはかなりまずい」
「えっ?」
「多治見たちの戦いは、守りに徹しすぎている」
ガロスヴォルド一党が扱う魔術は、一つの例外なく攻撃を目的とした魔術を中心としている。そういう手合いを相手にする場合にこちらが守勢に入ってしまうと、敵はそれに乗じて勢いづいてしまう。奴らを相手にするには、こちらも同じように常に攻勢的であるべきなのだ。
しかもこの膠着状態が続いた場合、不利となるのは間違いなくこちら側。多治見は常に魔術の多段行使をしなければならないのに対して、向こうはその必要性がない。消費量の多さは、語るまでもないだろう。
しかし敵の攻撃が苛烈を極めていて、そうせざるを得ないというのも事実なのだ。それは魔術師としての力量の差と言う他ない。
「多治見!」
だがそこで叫ぶのは、開始直後から動かずにいた古虎。自身の魔力に訴えかけて、何かしらを居していたのは分かっていたものの、それが何かまでは分からなかった。
「……この魔術は、きっとあってはならない魔術なのかもしれない。でも、彼らを前にして使うのをためらわない」
毒を以て毒を制す。その決心とともに現れるは、今にもマグマを噴き出さんとする巨大な火山。多治見の堅牢な檻を丸ごと中に飲み込むその山は、古虎の一言で、炎を上げる。
「―――Volcanic Pyroclastic」
山頂から吹き上がるマグマ、岩石、噴煙。直後それらはすべて急激な下降を始める。そしてそれはフィールド全てを埋め尽くす奔流となる。
火砕流、火山災害の中で最も残酷な火山現象。かつて古代都市ポンペイを数時間のうちに焼き払い、日本においても雲仙普賢岳による被害は人々の良く知るところだ。
それを再現した、恐らくは古虎渾身の一手。摂氏1000度にも達する火砕流は、すべてを灰へと帰す。
その中にあって二人が無事なのは、きっと火山の中を安全地帯とした魔術であるからだろう。
「この中じゃ」
「さすがに無事じゃないだろ」
やがてフィールドを埋め尽くした全てが落ち着いていくと、二人は術を解除する。あたり一帯を埋め尽くした灰を見渡しながら、敵の状況を確認する。
何者もその場に見えない、勝ちを確信した。そう二人が力を軽く抜いて―――
「二人とも!?」
誰かの叫びが会場に響き渡る前に二人は、針の攻撃をその身に受けた。
「な……」
「なん……」
倒れる二人の目の前から飛び出してきたのは、銀色の円柱。それが針ほどに細かく崩れ去ったのちに出てきたのは、無傷の松川であった。
「深化まで使わせられたのは計算外だった。それについては褒めてあげるよ。でも、たった1000度じゃ、深化して鉄にまで至った針を溶かすには足りやしない」
「こ、の……」
「善戦したけど、単にそれだけだったね。君たちの戦いは何の実りもない、実に愚かだ」
言葉と共に振り下ろされる、千本の針。
誰もが息を飲む残酷さであり残忍さ。
拍手もなく、賞賛の声もない。
それが戦いの幕引きであった。




