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贄川の怒気

今回は俺たちがC・D組の訓練ルームの壁を取っ払った空間に行くことになっている。



改めて各々が調子を確かめ、準備を整えたうえで歩いていく。



「逃げもせずに、やってきたか」



「わざわざ廊下で待ってるなんて、貴族っていうのは案外暇なんだな」



「貴族はお前たち庶民とは違って、礼節を忘れない。だからこうして迎えてやっているんだ。その気遣いに感謝するべきだろう?」



「やれやれ、無用な気遣いとはこのことだな」



「……やはり貴様のような低俗は、葬られるべきだな。この僕が直々に貴様を葬り去ってやる」



「やれるものならやってみろ。お前ごときに負ける俺ではない」



最早こいつへの口答えなんてなんて、無意識のうちに出来る気がする。



「いつまでそうしているつもりだ」



部下らしき人物を連れてこの場にやってくるのは、ハルネの兄。



「ハルネ」



「っ……」



「洗馬颯がいるとはいえ、おまえが積極的に戦いに出てくるとは正直思っていなかった。……はっきりと言っておこう、身の程知らずが過ぎる」



「…………」



「せめてグリフィス家の恥とならないような戦いをしろ、これは命令だ」



「おいっ」



いくらなんでも、自分の妹に……。



「大丈夫です」



「ハルネ……」



だが俺が口を開く前に、ハルネの方が先に顔を上げて兄に対していた。



「少なくとも、今までの私とは違います。見ていてください」



まさかハルネがこんな風に言うようになっていたとは。



「……フン」



つまらなそうに背中を向けて、先に会場に入っていく。……やはりこいつも観客席にいるらしい。



「……それじゃあ、行こう」



陰謀と悪意の渦巻く戦場へ。



全員が観客席に腰かけてから、先生が一人前に出ていく。



「クラス対抗戦最終日となった。これまで様々なことがあった。それについて今更何も言わん。もうこの日が来たんだからな。各々の奮戦に期待する」



何も言わないというよりは、何も言えないといったところか。



「両クラス代表、前に」



形式であり伝統であるから、仕方なく席を立ちあがる。だが心底嫌だということは変わらないが。



そしてそれは向こうも同じだろう。だがさっきも言っていた貴族の矜持というものがあるのだろう。そんな態度はみじんも見せてこない。



「……嫌な気持ちは分かるが、それを態度に出さない努力はできないのか、颯」



「僕はただの一般市民なんで、そこの人間ほど厚顔ではないのです」



必要なことでも、馬鹿馬鹿しいということには変わりはない。しかもこの場合はとてもじゃないが嫌なものは嫌なんだ。



「相変わらず庶民というものは、恥を恥とも思わないのか」



「黙ってろ金髪厚顔野郎」



さっさと手を出して、握手を交わす。



「……後で絶対に手を洗おう」



その場を離れながら決心を呟く。



「……はぁ、まぁいい。とりあえず一回戦、贄川翔太&紺野定光vsジルケ・ド・セイファーティッツ&常盤夕」



「じゃあ、行ってくる」



「贄川」



「ん?」



「頼んだ」



「任された」



穏やかな顔でそう返す贄川は、すぐに険しい表情へと切り替わっていく。



「大丈夫かな……?」



「大丈夫、だろ」



あいつがわざわざ自分から出ていったんだ。勝算はあるのだろう。



     *



「君はただの情報屋と聞いていたんだけど、どうして志願してまで戦おうとするのかな?」



セイファーティッツは余裕を見せびらかすように問いかけてくる。自分が勝つということを疑っていないのだろう。



「…………」



何も答えない。ただ目をつぶって、これからのことに集中している。



「だんまり? それとも命乞いの方法でも考えてるのかな?」



「…………」



「……もういいや、つまんない。お望み通り、とっとと潰してあげる」



心底つまらないという口調を最後に、離れていった。



「……紺野」



「どうせセイファーティッツとは僕が戦う、だろう?」



「……」



「そう驚くことじゃないよ。予想はしてたしね。ただし」



「?」



「必ず勝つこと、それが条件ってことで」



「……はいはい」



僕はいい友人を持ったな。こうやって託してくれる紺野、クラスメイト、そして……。



「さて……」



それに応えるためには、ほんの少し、本気になろう。



「Revenant Class Wolf」



手に浮かび上がる黒い靄。そしてそれを操る言葉で、四匹もの狼が作り上げられる。



「……それで人を襲わせて、楽しかったか?」



「さて、何のことかな?」



当然だけど、あくまで白を切るセイファーティッツ。



「さて、それじゃあ彼らに……」



「……彼らって?」



「は? なっ!?」



奴が生み出した四匹の狼もどき。それは同じように横っ飛びに吹き飛ばされて、消え去っていく最中であった。



「っ、Revenant Class Löwe!」



今度はライオンをかたどったであろうものが三匹生成される。



「そんなもの」



しかしそれらもまた、同じようにそれぞれふき飛ばされて霧散する。



「……鎌鼬」



こちらを睨みつけながら呟く言葉は、この事態を生み出した答え。



「よくご存じで」



流石にバレるか。



「お前のレブナントと僕の鎌鼬じゃ、階位が違う。ただの黒煙と風を象った伝説上の生物じゃ、その差は歴然だ。颯が考え付いた、光術による弱点を突いた戦いっていうのは一つの手。でも、階位の差があれば簡単に片が付く」



颯のあの対処は、基本に則った順当な手段だ。けれども僕ならばもっと簡単に、しかも効率的に対処できてしまう。もちろんそのことは伏せていたし、話すつもりもなかったけど。



「なんでただの情報屋が、そんな高位の魔術を……!」



再びレブナントでの精製を開始しながらそんな問いかけをしてくる。



「お前の言う通り、情報屋っていうのは裏方に徹して、こんな風に戦いになんて出てこないだろうね」



「……」



「でも、僕はそういうテンプレ的な情報屋であるつもりはないし、最初からそういうのは嫌いなんだよ。情報をかき集めたうえで積極的に対処する。それが僕の目指してるものだからね」



姉貴や両親には好戦的過ぎるとよく言われる。けれども、目指すもののためには、目標としている人に少しでも追いつくためには、それくらいでちょうどいい。



「……目指しているもの?」



「僕の戦い方の基本は、“風の巫女”だからね」



     *



「“風の巫女”ってなんだ?」



聞き覚えのない単語が出てくる。



「私にも……」



ハルネは当然知らないか。こういう時、いつも解説してくれるのは贄川なんだが、今それを聞くことはできない。



「……この世の魔術の五属性。それぞれ属性を司る精霊のような存在がいるらしい」



しかして口を開いたのは近衛騎士。そういえば、こいつも贄川に負けず劣らずの博識だった。



「……なんだ、それ?」



「私も本で読んだだけだから、良くは分からない。だが、私の剣に宿るアヴァンクと同じように」



「そういう存在がいる、ということか」



精霊、妖精、スピリット。呼称はともかく、やはりそう言った存在はいるらしい。



「アヴァンクは妖精に分類されるが、妖精というものは一つの属性に無数に存在する。だが精霊というのは一属性に対して一つ……いや、一人しかいない。そしてそれはこの世界とは違う、高次の世界に居ると考えられている」



「……」



「階位においては最高位に属するその精霊と繋がりを持つことができる、その属性に異常なまでに秀でた人のことを“巫女”と呼ぶらしい」



「なるほど……」



詳細は分からないが、聞いてるだけでもやばい存在だというのが分かる。



「そんなどこかの誰かを参考にした戦いか……」



そもそも贄川の実力には、常々疑問に思っていたことがあった。それはこの戦いが心配という類いのものではなく、あいつは常に本気を出していないのではないかというもの。



手を抜いている、とは思っていなかったが常に余裕ではあると思っていた。



だからなのだろうか、今の贄川を少し怖いと思うのは……。

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