決着に向けて
「というわけで、ハルネには奴のパートナー……、最もほとんど何もしてないけど。そいつと戦ってもらうことになる。大丈夫か?」
「……ガロスヴォルドさんとは、やっぱり颯が」
「あぁ。奴とは俺が決着をつけなきゃいけない」
ハルネの決心は分かっているつもりだ。ガロスヴォルドと真正面から対峙する、その気持ちは尊重したい。
けれども、奴との決着は俺自身が付けなくてはいけない。奴も俺との戦いに何故かこだわっているらしいから、乗ってこないはずがない。
「……必ず颯の元に行くね」
「あぁ、待ってる」
全ての手を打つためには、やはりハルネがいなければ成り立たない。打てる手を全て打つためにも、ハルネが戻ってくるまでの時間は稼がなくてはいけない。もちろんその策も手段も作り上げている。
「だから颯、一つ約束して」
「約束?」
「最後には必ず私の隣に立っていること。もし戦いに勝ったとしても、それが颯を犠牲にした結果だなんてことは、嫌だから……」
「……分かった」
ハルネと、そして悠花との、少し違っているけれど同じ約束。そして、俺が今、何にも優先してやらなければならないことだ。
「……それはともかくとして」
問題はクラス連中だ。残り四戦、その相手をどのチームが務めるか。
もちろん相性等を考えた作戦や選出を考えてはある。だが、問題はそこではない。
「……筒抜けなんだよな」
どれだけ考えようとも、結局のところ黒服たちのせいで筒抜けなのだ。これじゃあ作戦の意味をなさなくなる。今部屋のリビングでこんな話をしているのも、一から十まで全部聞かれているのだから。
「それに、戦意が高すぎる」
もう一つの懸念。それはみんなの戦意は今までで一番高いこと。ただし、今回は異常と呼べるレベルで。
その戦意の高さを否定するつもりはないが、ともすれば冷静さを失わせる要因になりかねない。
それに、選出回数に間違いなく差が出ている。本当のところ、もう少しばらけさせたかったんだが……。
「ただの交流戦で済んでいれば、こんな悩みを抱えることもなかったんだろうか……」
B組に悠花がいて、その悠花と戦うことになって。C組との戦いの前に俺がぶっ倒れて、そのせいで迷惑をかけて。そして、ガロスヴォルドとの。
例年の戦いの雰囲気とは明らかに違うと誰しもが口をそろえる。この異常な空気感は、学園全体にまで広がりつつある。
「……いや、やめよう」
こうなってしまったのはもう仕方ない。
勝つためには、現有戦力の中で、特に秀でた彼らに任せるしかない。
「納得してもらうしかないな」
高い戦意をへし折ってしまわないように、配慮しつつ説明するしかないか。
「大丈夫だと私は思うな」
「ハルネ?」
「颯のことを疑う人は、もういないから」
「……そうだろうか?」
今回一度も出られないチームは多数だ。あれだけの戦意の高さ、出られないことに少なからず不満を漏らすチームだっているだろう。
「それに、これもみんな分かってるよ」
「?」
「みんな絶対D組に勝ちたいって思ってる。そしてそのためには、颯の考えに従うべきだってこともね」
「……」
「だから颯は自信をもって、みんなに話せばいいって思うよ」
「……か」
どっちにしたって、もう他に選択肢はないんだから、それでやるしかない。
*
「さて、D組との戦いだが、選出を発表する」
「ちょっと待て洗馬、いいのか?」
「いいって?」
「奴らがいる状況で、そんな話をしていいのかってことだよ」
全員の視線は、黒服たちに集中する。
「一応言ったんだが、無意味だった」
作戦会議をするから一度消え去れと。だが結局、連中が話を聞くことはなく、中まで入り込んできてしまった。
「まぁ遅かれ早かれ分かることだ。それに今回に限っては、向こうは俺たちの小細工を関係なしに力づくで叩きのめしに来るだろう。だったらもういっそのこと細かい作戦なんて考えずにこちらも力づくで対処する他ないんじゃないか?」
「……なるほど」
そう、だからこちらの選出も必然的に力づくを目的とする、現有最高戦力を以て当たるほかない。
「というわけで、一回戦だが……」
「颯」
選出メンバーの名前が喉まで出かけたとき、贄川が声を上げる。
「一回戦は、僕らにやらせてほしい」
「は……?」
予想だにしなかった言動に、戸惑い果てる。
「いや、正直贄川たちには三回戦に出てほしいんだが……」
「わがままだっていうのは分かってる。けれども、セイファーティッツは僕が相手をしたい」
「……理由は?」
「……僕にも、許せないことがある」
「…………」
「……頼む」
あの贄川が初めて頭を下げてくる。それに、あの贄川がそんなわがままを口にするとは思ってもいなかった。それだけ、あいつの意思は強いということか。
「……はぁ、分かった」
とんでもない予定外だが、ここは本人の気持ちを尊重するべきだろう。
「……ちょっと時間をもらうぞ」
こんな事態になるなんて思ってもみなかった。プランの練り直しがいる。
「……よし、続けよう」
いざという時のためのサブプランもある程度は考えておいてよかった。そうじゃなきゃ、贄川のわがままを聞けなかっただろうし、それで言い争いになっていたかもしれない。
「二回戦なんだが……」
「僕らに任せてくれないか?」
「は?」
贄川に続いて木曽も何か言いだした。
「……実は僕も立候補しようとしていたんだ。この戦いは任せてほしいって」
「理由は?」
「僕は大分すればテイマーの分類に入る魔術師だし、自分でもそうだって思ってる。だからこそ、命を終えた動物たちをあんな風に扱う魔術を、僕は許せないんだ」
「…………」
「ダメかな?」
「や……、実は最初から木曽たちに頼もうかって思ってたから」
むしろ驚きすぎて唖然としてると言った方が正しいだろうか。これほどまでに戦意が高いとは思ってもいなかったし、それに全員が納得しているのもまた驚きだ。
「取り合えず、二回戦は木曽・十兼チームでよろしく」
「うん」
「分かった」
なんかこれ以上ないくらいスムーズだ。
「で、次の三回戦だが……」
「俺らにやらせてくれ」
今度は多治見と古虎が名乗りを上げる。
「…………」
「なんだよ、その目は」
「……お前ら、俺の思考回路でも読んでるのか?」
そう、贄川チームを一回戦に回してしまった場合のサブプランは、彼らにしか務まりえないと考えていた。そうなんだが、こうやってそのチームが名乗りを上げるっていうのは、なんだか思考回路を先読みされてる感じがして気持ち悪い。
「俺たち、若干だけど洗馬の思考が分かってきたかも知れないな」
「嘘だろ……」
「なんとなくわかるんだよ。まず魔術の相性や適性的なものをお前は重視する。それを逆算すれば誰が候補に挙がるかって。今までの傾向から、みんなで考えていたんだよ」
「……マジかよ」
いつの間にそんなに分かりやすい人間になっていたのか。それとも思考回路が硬直し始めていたのか?
「はぁ……まぁとにかく三回戦は頼んだ」
反省はこの戦いが終わったらすべてやる。今は目の前にある戦いに集中しよう。
「じゃあ次、四回戦は」
「私たち、だろう」
「……あぁ、近衛騎士たちに頼む」
もう思考回路は読まれているのだから、ただ一言頼むと伝えればいい。
何よりもこの四回戦には、俺たちと同じで個人的な因縁もある。その汚辱を晴らすべく、剣を鍛えていた近衛騎士の努力を無為にする理由もない。
「次は、必ず勝つ」
決意は固い。それに今回は福島もいるんだから、きっと大丈夫だろう。
「そして五回戦……必ず勝ってくる」
もう何も言わなくても、全員が分かっているだろう。彼らに報いる道はただ一つ、勝利を収めることだけだ。
「それじゃあ明日、すべてに決着をつけに行こう」
この戦いで、すべてが決まるのだから。




