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対、黄昏の怪

間違いなく今回の事件にはガロスヴォルド一党が絡んでいる。



奴は解決すると言い切った。学園が対処に困っているものをだ。ということは、その原因が彼らの手の内にあるとみてまず間違いない。



けれども俺には常に黒服たちが付きまとっていて、思うように動けない。つまりこの件に関しては俺以外の人間に対処してもらう他ない。そしてそれができる人物はごく少数に限られてくる。



しかもそれを奴らに悟らせないように、対処をしなければならない。



だからまずは、その手段を手に入れる必要がある。



「よしっ……」



いつも通り、部屋のお手洗いに入ってからロリ老女の元へ行く。



「来たか」



いつも通りの声が聞こえてくる。けれどもまず先にやるべきは、その横を通り過ぎてあの本の中身を検めること。



「なんじゃ、あいさつもなしに本に食いつき追って」



「…………」



「……?」



「…………あった」



見つけた。いや、見落としていたと言ってもいい。



「交信魔法、今日はそれを教えてほしい」



「交信魔法? こんな化石化した補助魔法をか?」



「あぁ」



交信魔法。補助魔法に類する魔法の一つで、携帯電話の普及とともに朽ち果てたもの。



自分の意思を魔力に乗せ、伝えたい相手に飛ばすことによってそのメッセージを脳内に声で再現させるというものだ。距離にもよるが、基本的にはほとんど遅延はなく魔力量によっては大人数にも伝えることもできる。



弱点としては、飛ばした魔力を解析されてしまうとメッセージの内容がバレかねないという点ではあるが、廃れた技術であるがゆえに余程の術者ではない限りそんな術を想定もしないだろう。



「まぁ良い、始めるとしよう。そんな難しい技術でもないがの」



だからこんな廃れた技術を使おうとは、さすがの黒服軍団も思わないだろう。そしてその部分に、この事件を解決する突破口がある。



「さてと……」



そうして手に入れた交信魔法を夕方までにまでに、ハルネ経由で一部の人間にも知らせておいた。魔術に聡い彼らならすぐにものにしているだろう。



「始めようか……」



監視カメラにはくつろいでいる様子を見せるために、ベッドに横になる。



(みんな、聞こえてるか?)



(うん!)



(はーい)



(聞こえている)



(大丈夫)



メッセージを伝えるべく思い描いたのは四人。ハルネ、贄川、近衛騎士、福島。



(謎の生物に襲われる状況の改善のために、作戦を考えた。なるべく少ない人数じゃないとバレかねないから、今このメッセージを送ってる人数だけで解決したいと思う)



(それはいいけど、誰にメッセージ送ってるのかを言った方がいいんじゃないかな?)



(それもそうか)



贄川に指摘されて初めて気づく。このメッセージを送っている人間が誰かについては、送った本人しか分からないというのは一つ弱点だろう。急ぎメッセージを送っている人の名前を伝えて、本題に戻る。



(あの黒い奴、もしあれが俺の推測通りなら、それに対抗する手段として最も有効なのは光術、それも高位の光術が必要になる)



(高位の光術?)



(それを使えるのは近衛騎士、あんただけだ)



(私が?)



(そう。あんたならあの程度は一人でも対処できるだろう?)



(当然だ)



(ちょっと待って颯! エルを囮にするってこと?)



(結果論だけ言えばそうなるな)



そう、今回の事件の解決に最も適しているのは近衛騎士だ。あいつは俺以上の光術を使えるし、戦力としても申し分ない。



(でも、エルにそんな役を……)



(大丈夫です、お嬢様。私にできるのなら、やらせてください)



(エル……)



正義感の強い近衛騎士なら引き受けるだろうと確信していた。



(もちろんバックアップはちゃんと整えるから安心していい。ただ……)



(ただ?)



(近衛騎士が近衛騎士だって分かったら、絶対に襲われない)



(私が私?)



(簡単言えば、今やってることは一種の弱い者いじめだ)



こちらの苛立ちと焦燥感を引き出すのがあいつらの目的に違いない。だから咄嗟に対抗できないであろう、相対的に練度の低い連中を狙ってるだろう。



(だからハルネと福島。お前たちに頼みがあるんだ)



(頼み?)



(それは……)



(それは?)



*



昼と夜の間、逢魔が時、黄昏。ヨーロッパにおいては忌み嫌われる時間であり、不幸なことが起こる時間ともいわれている。



そんな時間に一人、女の子が道を歩いている。髪は金色ではあるが短くまとめられており、前髪は少し目にかかる程度。



実に不気味な時間、女の子が一人で歩くには些か危険がある。



確かに学園の敷地にあって不審者が出ることは、まずありえない。ただし最近は犬とも狼とも分からないものが襲ってくるという話。



だからこそ、この時間に一人で出歩くのは自ら襲われたいと言っているようなものである。



否、彼女にとってはまさにその通りではあるのだが。



その願いはすぐに届けられる。茂みの中から音を立てて出てくるのは、黒い靄を纏った物体。けれども形はやはり犬か狼か。フランスに伝える黄昏の時間を表す言葉、『犬と狼のあいだ(Entre chien et loup)』になぞらえているのかもしれない。



(……やつの予測通りか)



その思考は感心でもあり、悪態でもあった。人にこんな格好をさせて、あとで絶対に抗議してやると改めて誓った。



そんなことを思う間にも、その物体は距離を詰めてくる。こちらが一歩下がるごとに一歩、また一歩と近づいてくる。



そしてある程度縮まったと思うや否や、飛び掛かってくる。



敢えてしゃがみ込んで、怖がる―――フリをする。



「……もういいだろう?」



それは問いかけだ。誰も周りにはいない、自分への問いかけ。



「この程度!」



柄を使うまでもない。手刀を作り、そこに魔力を込める。



「ハッ!」



一閃。自身には何らダメージはなく、だが間違いなくこちらの手刀は敵を捕らえた。



「……消えたか」



斬った時に手ごたえはなかった。だが振り返った先には、さっきまでいたものは消失している。実につまらない相手だった。



と、勝利に浸るには少し早かったと言える。なぜなら、



「……まだいるのか」



一匹、また一匹と草むらから出てくる。無秩序に数が増え続ける。



「数をそろえればいいというものでもないだろう」



それはこの場に居ない、この黒い物体を作り出した術者へ向けた一言。おせっかいと言えばその通り、むしろ心配なんてする理由がない。敵に情けなど必要ないだろう。



「おまえたちの相手をするつもりはない。するまでもなく、勝敗は既に決しているのだからな」



だから背を向ける。それが彼らの攻撃を誘うとわかっていても。



「Concentrate Shooting」



いい加減聞きなれた鍵言。少し上空に浮かび上がう巨大な魔法陣。そしてそこから降り注ぐ矢の雨。



「……やはり上がっている」



効果範囲も、威力も、規模も。すべてが見知ったものとは違って、各段に上がっている。これが彼の言う、出力が上がったということなのか。果たして今これと相対して、まともにやりあえるのか。



「っと」



隣に着地するは、この惨状を引き起こした人物。



「お疲れさん」



「あぁ。こんな格好をさせられて、その上下手な演技をさせられて。本当に疲れた」



普段着ている、動きやすくなるように改造を施した制服は没収され、髪型も今までしたことがないものにさせられた。



……お嬢様の命令とは言っても、これは少し恥ずかしい。



「お前の言った通り、やはり斬った時の手応えがなかった」



「やっぱりか」



「しかし、お前がくるとは思っていなかったぞ」



「ん?」



「あの黒服たちはどうしたんだ?」



こいつには今、常に付き纏っている黒服たちがいる。そいつらをどうやって振り払ってきたのか。



「弾地と瞬発風力でちょちょいと。屋上で星眺めてるだけって思わせてたから、意外と楽勝だった。ま、すぐに追いついてくるだろ。巨大な魔方陣を頼りにな」



「……そうか」



たまに思う、こいつはとにかく面倒だと言っているくせに、自分から色々なことに飛び込んでいっている。言動と行動が時々一致しないのは、何なのだろうかと。



「…………」



「……なんだ、人をジロジロと見て」



そんな思考を進めている時、おかしな視線を彼から感じとる。



「や……、その姿を見ると、近衛騎士も女子なんだなと」



「なっ、私は元から女だ!」



「いや、普段は男っぽいっていうか、大概の男子も勝てないイケメンって感じだから……。うん、悪くないんじゃないか?」



「う、うるさい! もう帰る! これ以上お嬢様の警護を疎かにできない!」



「へいへい、そうですか」



やはりこいつは一度どこかでタコ殴りにしておかないといけないと誓うのであった。

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