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帰還のために

「……かなりまずい」



ついこの間、ハルネの兄とガロスヴォルドが一緒に居る姿を見た。彼らの間に何らかの繋がりがあるのは間違いない。



それ即ち、俺の行動の全てがやつに伝わるということ。



『ガロスヴォルドに肩入れしている』



あのロリ老女が言っていたことは正しかったということだ。こうやって今机でうなだれている姿でさえ、彼らには筒抜けなのだ。



「どうする……」



この三日間、ロリ老女とは一度たりともコンタクトを取れていない。おかげで新しい重統魔法の練習はちっとも進んでいない。



「……どうすりゃいいんだよ」



全てを投げ出したくなるくらいには、何も思いつかないでいた。



手にしていた端末をベッドに放り投げて、自身もベッドにダイブする。そんな姿さえ、奴らの監視の下なのだ。



「……寝ようか」



この状況に関してはもうお手上げだ。さっさとふて寝してしまおうか……。



ブー。ブー。



「……ん?」



端末が揺れ動く。それが続くということは、電話か? けれども電話に出るなんて気力はない。



しかしてマナーモードにしていた端末はすぐに留守番電話に切り替わる。



「どうせ小人閑居してつまらん考え事でもしてるんだろ。おとなしく電話に出ろ」



「……日出先生?」



仕方なく起き上がり、机に置きっ放しの端末を取って電話に応答する。



「……何か御用ですか?」



「明日の朝一で、職員室に来い。話がある」



「話……?」



「そうだ。詳しくは明日になったら話すから、そうだな……、八時前には来てくれ。一人でな」



「はぁ、分かりました……」



それだけで、電話は切れる。



「一体何なんだ……?」



全くさっぱり事情が分からないが、ひとまず明日の朝の予定は決まった。



     *



「ふぅ……」



「……今日はまずまずだな。ここまでにしよう」



ロリ老女の元へ行けない間、朝はほぼ毎日近衛騎士との練習を行っていた。



朝一での練習には慣れているし、ロリ老女の元でだいぶん鍛えていたはずなのだが。



「普通にキツいんだよなぁ……」



「何か言ったか?」



「いや、なんでも」



近衛騎士の練習も普通に身体に来た。『実践あるのみ』とか言ってただひたすら剣を交えるばかり。



「さて、もう少しでお嬢様が目覚める時間だ。戻るぞ」



「はいはい」



近衛騎士との訓練の朝は、主導権はこいつにある。そしてこいつの生活の中心は大好きなお嬢様だから、いつもちょうどいい時間には切り上げられる。



その後はシャワーを浴びて、ハルネの目覚めを待ってから朝食という流れが基本。



だが今日は、



「そうだ、悪いが今日は別行動させてもらう」



「む……?」



「先生から呼び出しを受けた。だから先に行くとハルネに伝えておいてくれ」



「……いったい何をやったんだ」



「何もしてないっての……。それじゃあ」



ジト目で聞いてくる近衛騎士。それを軽く受け流しながらその場を後にする。



実際怒られるようなことは何もしていないはずだ。近衛騎士との訓練の再開は、魔法使用の禁止期間を明けてからだし、期末考査もちゃんとクラス全員赤点を回避させた。俺自身も若干点数を落としつつも、学年一位をなんとかキープした。自分で言うのは何だが、傍から見ればこんな優秀な生徒はいないだろう。



「行ってみるしかないな」



事情が分からないからこそ、早く会ってその真意を確かめたい。



部屋でシャワーを浴びてから、とっとと朝食を食べてから校舎棟へ向かう。



「……来たな、颯」



手招きされるままに、デスクまで向かう。



「じゃあそこの別室まで」



指さされた場所は、この学園に来た時にも通された部屋。



「「…………」」



当然、朝からずっと俺についてきている黒服たちもその部屋までついてこようとするが、



「プライベートだ。私たち家族の話をお前らに聞かせる気はない。失せろ」



今までの恨みやストレスをぶつける様に吐き捨てて、俺の腕を引っ張っていく。



黒服たちは目を合わせてから、やはり俺たちを追おうとするが



「校内で、しかも職員室で走ろうとするのは感心しませんね」



「それに、今の二人は先生と生徒ではなく、親と子供、家族の関係です。家族のやることに水を差すような無礼な行為は許されません!」



「そうでなくても……、あなたたちの行動は……いろいろな生徒から苦情が来てるんです……。むしろ私たちと……お話し合いをしていただけませんか……?」



先生たちが人垣を作って、ブロックしていた。



「……それで、家族の話って何なんですか?」



別室のドアを閉めて鍵をかけて、着席しながら本題を切り出す。



「そんなものはないよ」



「……はい?」



「お前をここに呼び出すための口実だ」



「…………」



「予想はしていたって顔だな」



「まぁ……」



そもそもこの人は親権を持っているってだけで、別に家族らしい何かがあるわけでもない。そんな間柄で、突然家族の話なんてないだろうとは思っていた。



「お前に伝言と預けるものがある。まずは伝言だが、『今日の15時50分に扉を開く。お主たちの部屋で誰にも見られていない場所に居ろ』だ」



「……?」



「そして渡すものはコレだ」



「腕時計?」


一般的によく見るような腕時計。蓋を外して時間を治せるタイプのもの。



「分かったか?」



「……知ってるんですか」



「あぁ。私とお前、あとはハルネの共通の知り合いってことになるな」



「いつの間に……」



なぜ日出先生がロリ老女のことを知っているのか、いつハルネに伝わったのか、色々と疑問に残ることがあるが、それは今はいい。



この人は知っていると言った。それだけで、この人が状況のすべてを把握していると理解した。



「もう一度聞く、分かったか?」



「委細、承知致しました。ありがとうございます」



全てを解決する手立てを用意してくれた。それだけでいい。



「それじゃあ、ひとまず教室に行くぞ」



「ですね」



部屋の鍵を開けて外に出ようとする。



「勝手は困るんですがね、日出先生」



だがこちらが開けるよりも早く、部屋の外から扉が開けられる。そして目の前に立っていたのは、ハルネの兄。



「彼は我々の監視対象だ。我々を引き剥がすなんて真似をされると困りますが」



「黙れ。たとえお前らでも、人の家の事情に付け入る権利はないだろう」



「……一学園の教師が偉そうに。我々はお前など、簡単に懲戒免職にすることができるが?」



「やれるものならやってみろ。だが、そんな横暴ができるかどうかな」



「……チッ」



舌打ちだけして去っていく。こんなにあっさり引き下がるとは……。



「大丈夫だ。気にするな。それよりも行くぞ」



この人の背中がこんなにも頼もしく見えたのは初めてだった。



     *



「さて……」



放課後の訓練を抜けてきて、自室に戻ってきた。この部屋も今は盗聴器に監視カメラで連中の管理下に置かれている。



だがその中で二か所だけその監視下から外れる場所。その一つであるお手洗いに入り込む。



(5……4……3……2……1……今)



指定された時間になった瞬間、目の前に久々に見る扉が現れる。



ゆっくりと扉が開く。その扉をくぐると、久しぶりの景色が広がっていた。



梅雨が明けて外は真夏の日々が続いている。けれどもここは気温が20度程度の、過ごしやすく気持ちいい空間になっている。



「……来たな」



その先にいたのは、魔女のコスプレに包んだロリ老女だった。

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