戦いへの
「結論から言って、颯でも勝てないかもしれない」
日曜日の朝、朝食で目の前に座ってきた贄川が静かにそう伝えてきた。
「どういうことだ?」
「朝食の後、僕の部屋に来てくれないか?」
招かれるままに、朝食を済ませた後そのまま贄川の私室へと向かった。
「ガロスヴォルドの魔術を色々と調べてみたんだ。奴がこれまで使っていた防御障壁を覚えているか?」
「あぁ。……悠花の攻撃を、完璧に防いでいた」
口が裂けたとしても言葉にするつもりはないが、奴のあの障壁の完璧さについては称賛に値する。
「あれが、全属性に対応できることは知ってるよね」
「……あぁ」
あの障壁は、決して火属性だけに対処するためだけのものではない。今までの試合がそれを証明している。
これまでの戦いで、奴はすべての属性に対して完璧な防御をして見せた。
「あれ、一種類じゃないんだ」
「一種類じゃない? どういうことだ?」
「相手が放つ魔術の属性ごとに、対応する障壁を展開しているんだ。ほら、これを見ると微妙に障壁の色が違っているのが分かるだろう?」
確かに贄川の指摘通り、展開された障壁の色には微妙な差異がある。
「属性相性だね」
「その通り。それぞれの属性の攻撃に対して有利な属性の障壁を展開しているんだ」
紺野の指摘を肯定する。
「そして当然、颯の最も得意な“矢の雨”を防ぐための、空属性の魔術をおそらく完璧に防げる障壁ももちろん存在している」
「……だろうな」
悠花の時もそうだったが、矢の雨は決して万能な存在じゃない。火之迦具土に完全に防がれたように、たった一つの戦法に頼る戦い方が良くないことは分かっている。だから悠花との戦いでは苦労してPoppin’ Bubbleを作り上げたのだ。
「そしてあのゴーレム。あのゴーレムも間違いなく」
「同じ障壁を使っている」
全ての障壁を使えるかは分からないが、いや、すべて使えると思っていたほうがいいだろう。
「どうするつもりだい?」
「…………」
「どうするつもりなのじゃ?」
数時間後にまったく同じことを、もっと年老いたチビッ子からも問われる。
「お主今変なことを考えなかったか?」
「……考えてません」
「ならよいが、実際どうするつもりなのじゃ?」
「…………」
「ワシから見ても、あの障壁はよくできておると思う。そして何よりも、それをあのゴーレムにも使わせておる、魔術師としては相当な腕じゃ」
このロリ老女がここまでの評価をするのだから、性格はともかくとして魔術師としての腕は一級品だというのは正しい。
「じゃが、攻略法の可能性はいくつか存在する。まず一つ目。五種類の障壁で防げる魔術は、属性相性の良い障壁のみじゃと考えてよいじゃろう」
そこから考えられる案は、本来防ぐべき属性以外の魔法を叩き込めばいいということ。
「二つ目。複数の障壁の同時展開はできない可能性がある」
どの動画を見ても、複数の障壁の展開はまだ見たことがない。
「二つ以上の障壁が展開できないとしたら、勝機はあるやもしれんな」
「……あいつが手の内を隠していなかったらな」
ここまでの解析はあくまで現在までの情報を重ね合わせた仮説にすぎない。
そのせいで、ガロスヴォルドが秘匿していたゴーレムのせいで、悠花はあんな目に合ったのだから。
「それを言ってしまってはどうしようもないじゃろう?」
それはその通りだ。
「現在までの情報の過信は禁物じゃ。じゃがそれを前提として進めなければどうしようもないとはおもわぬか?」
「分かってます」
「じゃからお主のやるべきことは、現状を何とかすることじゃ。事実として、現在のお主では、あの障壁を突破することは簡単ではないのじゃから」
「…………」
「で、何か策はあるのか?」
「……なくはない、ですかね」
まだ一切試していないから、机上の空論でしかない。だが、
「今のお主は、以前に増して力がある。以前のお主にはできなかったことができるかもしれん」
このロリ老女はきっと俺の考えは見抜いているのだろう。
「実のところ、ワシも見てみたいのじゃよ。今の、お主の力をな」
その顔は少し期待に緩んでいた。きっと一魔術師としても、魔術の研究をしているものとしても興味は尽きないのだろう。
「最も、あと数日間は魔法を使えんから、しばらくはその可能性をより詳しく思案しておくことじゃな」
「……はい」
試験が終わるまで、魔力の使用を禁じられている。それは日出先生、上松先生だけでなく、今目の前にいるロリ老女との約束でもある。
「さて、その話はいったん終わりにして、本題に入ろう」
今日は珍しくこのロリ老女に呼ばれてこの場所にいる。大事な話があると言われたが、今までの話は、彼女にとっては本題ではなかったようだ。
「……すまなかった」
何の話が始まるのかと思っていたら、いきなり謝罪された。
「は?」
「お主の幼なじみ、平沢悠花と言ったか、その者のことじゃ。その者が怪我を負ってしまった原因の一端は、……わしにある」
「どういうこと、ですか?」
このロリ老女に、悠花の怪我の原因があるだって? 流石にこのロリっ子があの金髪野郎に加担しているとは思わないが、いったい何をしたのか。
「お主たちの校舎の訓練室にある、MRBフィールド。それを組み上げたのは、わしなんじゃ」
「あのシステムを、あんたが?」
「そうじゃ。MRBフィールドの元となった魔術を組み上げたのがわしなんじゃ」
あのトンデモシステムの開発者……。
「魔法・魔術が簡単に人を傷つけられるということは、もうお主もわかっておるじゃろう? それを何とかしようという流れは昔からあった。そして、わしと他の者たちと協力して、何年もかけてようやく完成させたのが、今のMRBフィールドに使われている魔術の大元なんじゃ。……そして、魔法・魔術以外のものを使用すれば、簡単に人を傷つけられるという抜け穴に気が付かなかったのも、わしなんじゃ」
「…………」
「もしその可能性に初めから気が付けていれば、このようなことにはならんかった……。本当にすまなかった!」
「……それは、悠花本人に言う言葉であって、俺が効くべき言葉じゃないです」
「それは分かっておる。近いうちに本人にもちゃんと謝罪をするつもりじゃ」
「それで、今のMRBフィールドの改善ってできないんですか?」
この人が開発者張本人なら、その改良もこの人ならできるんじゃないだろうか?
「……はっきりと言えば無理じゃ。あの魔術は完全に一から作り上げたものじゃ。組み上げるのに何年もかかったんじゃぞ? それに改めて手を加えるとなると、少なくともこの戦いの最中には間違いなく間に合わない。完成されたものに手を加える難しさは、お主ならよく知っておるじゃろう?」
「……そう、ですね」
重統魔法も、完成された一つの魔法同士を掛け合わせることで成立している。その完成に如何程の苦労を強いられたかは、俺が一番よくわかっている。
それでも、それを使い物になるまでにすることができたのは、ロリ老女曰く魔法というものが魔術を簡略化した、極めて単純なものだったからだそうだ。同時に、魔術では絶対に不可能だとも言っていた。
普通の魔術でさえ緻密に作られているんだ、MRBフィールドほどの規模の魔術ならそれはもっと突き詰められているだろう。それにこのロリ老女が何年もかけて一から組み上げたとなれば尚更。
「それに、その時間が取れるかわからんのじゃ」
「……どういうことですか?」
「そこでもう一つの重要な話に繋がってくる。……魔法・魔術統治省は知っておるな」
「まぁ、一応名前くらいは」
贄川が言っていた。魔法・魔術を秘匿するために色々とやっている、国連直轄の組織だか何だか。
「そやつらに、気をつけろ」
「……は?」
なぜそんな、俺からしたらはるか遠くの存在の連中ことを気にしなくてはならないのか?
「あの組織で今一番勢いのある勢力が、魔法・魔術の再興を目論む連中じゃ」
勢いがあるというのは分かる。金髪野郎があれだけ大きな顔をできるのもその影響があるからだろう。
「……つまり、あの金髪野郎に加担していると?」
「少なくとも、試合の中止はなくなったじゃろう」
その通りだ。日出先生も圧力を受けたと言っていた。だが、いったい何のために? 怪我人を出すという例年にない異常事態なのに、わざわざ強行する理由が見当たらない。
「わしにも目論みが読めないんじゃ。……わしも一つ事に力を使ってしまったがゆえに、これ以上は強く出れんのじゃ」
「は?」
「なんでもない。とにかく、気を付けるのじゃぞ」
「……はぁ」
ひとまず了承しておく。
その言葉の本当の意味を知るのに、そう時間がかかることはなかった。




