悠花vsガロスヴォルド
お久しぶりです。今日から第四章を登校していきます。
颯とガロスヴォルド。この二人がようやくぶつかる戦いをよしなに。
「ガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデンの戦い方は異質と言っていいだろうね」
「異質?」
「今までの戦績、かなり数は少ないんだけど、ガロスヴォルドは一度も自分から攻撃をしていないんだ」
「……はい?」
「どういうこと??」
「彼の戦術というか戦法は、ハルネさんとまるで同じなんだ。この学園トップの魔力送総量、その強大な魔力量でただひたすら防御に徹する。そうやって相手の攻撃をすべて受け切って見せて相手の心を粉々に打ち砕く。同世代の魔術師との戦いでは未だ負け無しの天才。それがガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデン。生半可な魔術じゃたぶん突破はできないと思う」
「心をへし折るって、見た目通りの性格の悪さをしてるんだね……」
「それもそうなんだけど、一つ不可解な点があるんだ」
「不可解?」
「魔力の総量はもちろん颯を凌いでいる。そんな半端じゃない力があるのに、なんで攻撃をしないのか。別に防御だけに徹する必要はない。攻撃に回せばやっぱり圧倒的な力になるはず」
「言われてみれば……」
「きっと彼にはそうする理由が何かあるんだろうね……」
贄川くんには何かしら思い当たる節があるようだけれど、そんなことはどうでもいい。
「ひとまずはある限りの魔術を試してみることにする。有効打があるかもしれないしね。なかったとしても、私には切り札があるから」
他の人たちにはない力が私にはある。火之迦具土、その力で……!
*
「……これだけかい? 君たちの力は」
やれやれと肩をすくめながらため息をつく彼。その余裕がむかつく。
「くっ!」
でも、その余裕も納得がいく。彼の防御の前に、私たちの攻撃は未だ何一つ有効打となりえていないのだから。
「やっぱり、普通の魔術じゃ埒が明かないみたいだね」
「下がってて、千種。……私が倒す!」
手を合わせて、自身の内に呼びかける。
「第一火之頭分、強襲!」
蛇を思わせる巨大な頭が彼を目掛けて飛んでいく。
「へぇ……」
それまでは一歩も動かずに自身の防御で攻撃を受けていたガロスヴォルドが、初めて炎蛇頭を躱すべく動いた。
「やっぱり、これならいける! 第六火之尾分、打撃!」
尾部の攻撃もやはり障壁による防御ではなく躱すだけ。このまま攻め続けて攻撃を当てられれば、あるいは……!
「はぁーあ。やめやめ。やめだ」
「!?」
立ち止まってぼやくガロスヴォルド。
「今までは彼女の流儀に合わせていたけれど、最近はなんだかわけのわからない力を手に入れてるみたいだし……。もう必要ないか」
「彼女の、流儀……?」
「それに、……さすがに調子に乗ってるやつらが多すぎだ。君たちにはすこし立場というものを学んでもらう必要があるな」
声のトーンが変わる。この人が本気になったことの証。
「Boden Ausgrabung」
たった一言、それだけを唱えたガロスヴォルドの目の前に茶色の魔法陣が浮かび上がる。
「な、なにっ!?」
魔方陣が輝きを強めるほどに、地面が揺れ動く。
「第二から第五火之躰分、全面防御!」
「そんなに身構える必要はないさ」
危険を感じて全面防御を展開する私を嘲笑うかの様。
「フィールドが……」
「割れた……?」
魔法陣のあった場所、そこの地面が切り裂かれている。そして直上には、6個の巨大な岩が浮かんでいる。
「Schließen, schmieden, verschmelzen」
詠唱なのかもわからない言葉の呟きで、岩石が集合していく。
「GotToDie」
最後の一言で、岩石の集合体―――ゴーレムの眼に光が灯る。
「ゴーレム……」
自分の何倍もの大きさのゴーレム。
「っ、火之迦具土!」
ここで怯んではいられない。ここまでの全敗でテンションが下がっているみんなの士気を高めなくて、何がクラス委員長か。
それに規模だけなら同じ力を、私も持っている。火之迦具土、私の持つ切り札なら、絶対に負けない。
「行きなさいっ!」
早速攻撃を指示する。
「無駄だ」
ゴーレムの左手が前に突き出される。その左手がいともたやすく火之迦具土の攻撃を受けてしまう。いや、正確には、
「障壁……」
あのゴーレムもまた、ガロスヴォルドと同じように障壁を張れるようだ。
「まだまだっ!」
今度は炎蛇頭と炎尾の同時攻撃。しかしどちらも、左手から展開される障壁にビクともしない。
「まだっ!!」
その状態のまま、炎蛇頭から巨大な火炎球を撃ち放つ。
その爆発でゴーレムの姿は見えなくなる。これなら少しは効果があったはず!
「所詮その程度か……」
ガロスヴォルドはつまらないと吐き捨てる。爆煙が晴れ、無傷のゴーレムが姿を現す。
「そんな……」
「下賤の民がこの力に抗うなんて、おこがましいとしか言いようがない」
言葉に呼応するかのようにゴーレムは飛び跳ねる。
「は、はやっ!?」
あの巨体が、なんであんなに早く動けるのか。けれどもそんな理由を考えている場合ではない。
その巨体の着地地点は、戦いに巻きこまれないように離れた位置にいた千種の目の前。
「逃げて! 千種!」
そう叫ぶけれど、彼女は一歩も動かない。否、動けない。
千種に向けた左手に、さっき私が使ったものと同じ規模の炎球が作られる。そんな攻撃をゼロ距離で彼女を襲ったら……。
「まずは一人」
「千種っ!」
間に合わなかった。
MRBフィールド内、もちろん外傷などはない。けれども、至近距離での攻撃と目の前にやって来たゴーレム。この二つに襲われた恐怖感は、彼女を気絶させるのには十分だった。
「なんで……」
「?」
「なんで、こんなこと……」
これまでの戦いもすべてそうだった。圧倒的な力によって、こちらの戦術や戦略をすべてねじ伏せる。その差を笑い、弄ぶような戦い。
「お前たちの存在価値なんて、その程度しかないからさ」
「…………」
「弱い人間、力のない人間が淘汰される、自然の摂理だろう。そのことに怒りを覚える理由は分からないね」
弱いのが悪い? 力がないから淘汰される? それが私たちの存在価値?
「……ふざけないで」
「あ?」
「確かに私たちは颯たちにも負けたし、今のところあなたたちにも全敗してる。けれど、負けたことが罪だなんて、間違いだなんて私たちは思わない。私たちはあなたたちよりも弱い。でも、だからこそ研鑽して、考えて、努力して。そうやって登っていくの。私たちにはまだまだ未来がある。だから、現状の優劣だけですべてを決めるようなあなたたちの言うことは、絶対に間違ってる!」
たとえ負けてたとしても、心までは絶対に屈しない。それに、私たちはまだ負けてない!
「どいつもこいつも、強者たる僕に抗うなんて……。身の程を知れ、俗物が!」
今までにない怒りを露わにして、それに呼応するゴーレム。
「火之迦具土!!!」
自分の中にある力のすべてを注いで、火之迦具土に攻撃を命じる。
「力の差を見せてやる」
尾部の攻撃をゴーレムが左手でつかんで、そのまま火之迦具土を丸ごと投げ飛ばしてしまう。私から引き剥がされた火之迦具土は消え去ってしまう。
「う、そ……」
こんな簡単に火之迦具土を投げ飛ばされるだなんて、思いもしなかった。
「ボーっとしてていいのか」
一瞬にして陽の光が消える。
「っっっ!」
上から降ってくるゴーレム。弾地を使って避けるものの、その大きさに対して避け切ることができずに、左腕が掠る。
「っっ……」
腕に痛みが走る。……痛み? 抑えていた右手を見ると、
「……血?」
擦った痕、そこから血が滲んでいた。
「なんで……?」
このMRBフィールドで使った魔術は、絶対に人の身体を傷つけることはできないはずなのに。
「やれ」
そこからは防戦一方だった。いや、防御できていたと言っていいのだろうか。
攻撃はすべてゴーレムからのパンチ。弾地を使って避け続けるも、図体の大きさから完璧には避け切れない。擦り傷が増えていく。
「……無駄な抵抗だな」
「Fire Strike、Connection Firing!」
守ってるだけじゃ勝てない。こちらからも攻めないと……。
「無駄だと言ってるだろう?」
振り上げた左手による障壁はすべてを無に帰す。
「トドメだ」
その手はそのまま私に向かって振り下ろされる。
「っ!」
避けようと足に力を入れる。でもさっきまでに受けた傷が痛んで上手く力が入らない。
「Heat Circular Escutcheon!」
「無駄だ」
とっさに張った防御も、まるで一枚の紙のように簡単に撃ち破ってしまう。
「消えろ、雑魚が」
最後に聞こえた言葉はそれだった。
体が宙に浮いている。でも声は何も聞こえてこない。地面にたたきつけられたはずなのに、何も感じない。
視界がぼやけて、やがて消えていくのが分かる。何も見えなくなっていくのが……。
颯、彼と戦っちゃいけない……。
颯、ごめんね……。
ごめん、ね……。
……。




