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月トガリ  作者: 吉四六
51/54

契約破棄はできそうにもないです

クルタス編は決着です。

「こ、此処は…」

 クルタスが白い空間を見渡す。

 俺とトンナの目の前にクルタスがいる。

 イズモリ達と話し合う時に使う無意識領域だ。

 壁のように見えて、果てがないように見える、真白な世界。

 その世界に俺とトンナ、そして、クルタスの三人だけがいる。


 人類の共有する無意識領域だ。


 俺の言葉にクルタスの両眼が見開かれる。

「貴様は…何森…?」

 クルタスには俺がイズモリの若い頃に見えているはずだ。俺はマサトとして此処に立っている。

 俺はクルタスの目の前で分裂する。

「オメぇ、珍しいよ。俺達全員の怒りを買うってのは。」

 タナハラが首を回しながら指を鳴らして俺から一歩進んで分かれる。

「ホント、ホント。イデア以来かなぁ?ちょっと、やり過ぎだよねぇ。」

 クシナハラが俺から歩きながら分かれる。

 クルタスは目まぐるしく首を左右に振っている。

「ダメだよねぇ。トンナちゃんに手を出しちゃあ。」

 カナデラがクルタスを覗き込むようにして俺から分かれる。

「全くだ。踏まなくてもいい虎の尾を踏んだな。」

 イズモリが顎に手をやりながら俺から分かれる。

「絶対的に確定して死刑だね。」

 イチイハラがクルタスを睨みながら俺から分かれる。

「死刑!シッケイ!シッケーイ!!」

 トーヤが飛び跳ねながら俺から分かれる。

 六人の俺がクルタスを取り囲む。

 俺の中に混じったキミマロが疼く。

 七人目の俺が殺せと煩い。

 クルタスが俺に視線を向ける。俺は自分の胸倉を自分で掴む。

「き、貴様は…多重人格…だから…現身を同時に操作できるのか…」

 俺はクルタスを睨む。

 こいつもお前が許せないってよ。

 俺の胸を起点に炎が灯る。

 小さな炎だが、それが一気に拡大する。

 俺の体を炎が包み込む。

 それが合図となった。

「ウオオオオオオオオオオッ!!」

 全員が一斉に拳を振り上げクルタスに襲い掛かる。

 七つの拳が同時にクルタスをぶち抜く。

 顔、胸、腹、七つの箇所に七つの拳が同時にブチ込まれる。

 七つの拳がクルタスを貫き、クルタスが千々に千切れ、その一欠けら、一欠けらが俺の炎に焼かれて灰となる。

 灰が黒い粒子と成り果て、クルタスが消滅する。

 静寂。

 一人、また一人と俺が俺に重なってくる。

 最後にイチイハラがトンナに笑い掛けて、俺に重なる。

 俺はトンナを振り返り、両手を広げた。

 トンナが走り、抱き付いてくる。

 俺はトンナをシッカリと抱締め、「お帰り。」と囁いた。

「ただいま。」

 トンナが晴れやかに、そう、応えた。


 二日経った。

 クルタスの事件が終わって二日も経つのに周りが煩い。

 まずトドネの目を元通りに戻してやった。普通の人間が精霊の目を後天的に付与されると、霊子回路を新規に増設しなければならない。そのため、通常の霊子量では霊子回路が機能しなくなり、獣人拘束用スーツを脱げなくなる。

 トドネは渋々ながら、納得して、元の普通の目に作り変えさせてくれた。

 トドネの目を元に戻したら、コルナの娘、テルナドが精霊の目を作ってくれと煩くなった。

 獣人の目を後天的に精霊の目にするとトドネと同じように霊子量の不足を補う必要が出てくるので、回路を逆転させた獣人拘束用スーツを着続けるか、俺と契約しなければならない。

 俺の霊子体とリンクを結ぶことで俺の霊子を使用することができるからだ。したがって、テルナドの目に精霊の目を作ると、俺はテルナドとの契約を破棄できなくなる。

 だから、俺は「ダメ。」と無碍もなく却下したのだが、ヒャクヤとアヌヤが割り込んで来て煩い。

「作ってやるんよ!ウチの子たちには精霊の目を作ってやって、テルナドだけ退けモンにするのは可哀そうなんよ!!」

 いや、退けモンにはしていない。

「そうなの!ケチケチするのはパパらしくないの!王様なんだからドーンと大盤振る舞いするの!」

 精霊の目を大盤振る舞いしてどうすんだよ。目ん玉のバケモンになっちまうじゃねえか。

「いや、だから、トルタス達は生まれる前から精霊の目を持ってるだろう?だから、自然と普通の子供たちよりも霊子量が多く生まれて…」

 トンナがすすり泣いている。

「と、トンナ?」

「オッパイが、オッパイが小さいままなの…」

 いや、だから、えっ何?そこが悲しいの?

「だって、トンナを獣人に戻すつもりはないんだから…」

「オッパイイイイイイ!あたしのオッパイイイ!トガリの好きなオッパイイイイイイ!!」

 いや、だから、子供たちの前で何言ってんだこの姉ちゃん?馬鹿なの?ねえ?馬鹿なんじゃない?

「母さん泣かすなし!」

「イダッ!」

 サクヤが俺の背中を手加減なしで蹴ってくる。

「父さん、流石に母さんが可哀想だよ。」

 と、トロヤリ?お前までそんなこと言う…

「イダッ!」

「母さん泣かすなし!」

「いや、サクヤ、ちょっと待っアダッ!アダダダダダダッ!」

 コーデリアが遊んでいるものだと思って俺の太腿を噛んでる。

「こ、コーデリア!噛むな!痛い!痛いから!」

「父ちゃん!ドーンッ!」

「グアッ!!」

 トルタスがいきなりフライングクロスチョップを延髄に決めてくる。

「いいから!やめなさい!」

 怒鳴っても効果なし。俺は子供たちから散々な目に合わされながら話し出す。

「お、俺は!人間だから、イダッ!お前らよりも先に死ぬの!だから!母さんたちと契約を結んだままだと俺が死んだとき!痛いって!母さんたちも死んじゃうの!だから!母さんたちとの契約は終了!痛っ!終了しとくの!」

 トンナにこの話をしたら、全然、まったく聞く耳を持たないので、普通の人間から獣人に戻していない。

 獣人の霊子回路が契約行使のキーだから、獣人に戻さなければ、契約は結べない。

「と、トンナ、なんなら、オッパイだけでも元通りにしてやるよ?それで良いだろ?な?」

「変態助平大王復活なの!」

「そうなんよ!自分の性欲のためだけにトンナ姉さんのオッパイを大きくするつもりなんよ!!」

「父さん助平なし!」

「イダッ!」

「父さん、それは、ちょっと、子供の立場からは、いくらなんでも…」

「いや、そんなつもりはないって!勘違いするな!父さんはそんなつもっグアッ!だから!コーデリア!噛むなって!」


 バンッ


 突然の破裂音に全員の動きが止まる。

 コルナがテーブルを平手で叩いたのだ。

 全員がコルナを見詰める。

「旦那様。旦那様の理屈がおかしいのだ。クルタスの一件で危機感が募ったのはわかるが、それと契約の破棄は別問題だ。」

「いや。そんなことはねぇだろ?俺が不慮の事故とかで、突然、死ぬことだって考えられるんだから。」

 コルナが俺の反論を受けてジロリと睨んでくる。

「不慮の事故?突然死?旦那様が?」

 いや、確かに可能性としては限りなくゼロに近いだろうが…

『いや。ゼロだな。』

 言い切りやがったよ。イズモリ、ある意味スゲエなお前。

 コルナが鼻で笑い、俺から視線を外す。

「旦那様が不慮の事故などで死ぬはずがない。」

「そうなの。プラナリヤみたいに再生分裂するくせに死ぬわけがないの。」

 おう、ヒャクヤ、難しい単語が喋れるようになったじゃねえか。

「そうなんよ。死んだって、どうせ、玉体精霊がピカーって光って生き返るんよ。」

 ちなみに玉体精霊ってのは金色に光る量子情報体のことね。うん。これもヘルザースが命名した。

「オッパイが小さくなったからああああ、トガリに嫌われたあああ~。だからああ、トガリがああ獣人に戻してくれないんだああああああ~」

 いや、それ、おかしいだろ?獣人じゃなくなったからオッパイが小さくなったのであって、好き嫌いは関係ないだろ?

「父さん、離婚するの?」

 する訳ねぇだろ。トロヤリ、母さんたちと同じノリで話すのはやめなさい。ね。折角お利口さんなのに馬鹿になっちゃうから。ね。

「母さん泣かすなし!」

 サクヤ!だから蹴るなって!

「旦那様、どうしたって旦那様は斬っても刺しても潰しても踏んでも死なないのだ。だったら、忌の際に私たちに判断させればいいだろう?」

 なんだよ。最後の潰しても踏んでもってのは?オイッ。俺は虫か?コルナ、お前、俺を虫か何かと思ってる?お前、虫を旦那様って呼ぶの?ねえ?

「そうなんよ。父ちゃんがボケてなかったら、死ぬ間際に契約破棄できるんよ。」

 ボケてってお前らホント使徒っぽくねえな。

「そうなの。大体、女をこんなに泣かせて平気でいられる神経の方が信じられないの。」

 平気じゃねえよ?なに言ってんだよ。平気じゃないから必死の思いで言ったんじゃねえか?なに言ってんのこいつ。

 なんなの?俺がおかしいの?俺の言ってることがおかしいの?ねえ?おかしいのかなあ?

『獣人に戻してやれ。たしかに、俺達が不意に死ぬようなことは考えにくい。死ぬ寸前まで契約を結んでおいてやれ。』

 そっかあ。やっぱり、俺の言ってることがおかしいのかなあ。

「わかった。わかったよ。トンナは獣人に戻してやるし、契約は破棄しない。テルナドには精霊の目を作ってやる。な?これでいいだろ?」

 コルナがニッコリと笑う。

「そうなの!それでこそパパなの!」

 あ。お前。今、喜び過ぎてちびったろ。

「そうなんよ。最初っから素直にあたしらのことが好きだから契約破棄しないって言っとけば良いんよ。」

 いや、そんなことは言ってない。お前らのことが好きだからなんて言ってない。

「トガリイイ~!」

 トンナが泣きながら抱き付いてくる。

 …はあ。…疲れた。

 最初っから契約破棄しようなんて言わなきゃよかった…


「陛下アアア!トガリ陛下はご在宅ですかなぁぁ?」

 大きい声で、また、煩いのが来やがったよ。

 事件から二週間も経ったのにまだ煩い。

 もう、なんなの?なんで、ヘルザースが毎日来るの?なんなんだよ?暇なのか?暇なくせに、俺に仕事しろって言いに来るの?なんなんだよ、もう、訳わかんねえよ。

「おお、トンナ陛下、陛下自らのお出迎えとは恐縮致しますな。」

 何を言ってやがる。この家には王族以外は住んでいねえじゃねえか。白々しいことを言いやがる。

 大体、玄関先での会話なのに、ヘルザースの声がなんでここまで聞こえてくるんだよ。どんだけ大声で話してやがるんだ。

「ご無礼ながらお伺いいたしますが、(それがし)に酷い目に合えば良いと思い続けていらっしゃるトガリ陛下はご在宅でございますか?」

 なんだよ。その長ったらしい厭味な呼び方は。

「なんと、本日もお留守でございますか。某に纏わり付いた暗黒精霊を最後の最後まで分解消去して下さらなかったトガリ陛下は本日もおられないと。ううむ。困りましたな。インディガンヌ王国に対する宣戦布告を勝手に行い、その後は全てほったらかしにしていらっしゃるトガリ陛下に是非ともお聞かせしたいことがあったのですが、インディガンヌ王国から違法に大量の奴隷を引き揚げていらっしゃったトガリ陛下はお留守でございますか。」

 おい。なんか、段々、ヘルザースが厭味ったらしくなってないか?俺の勘違いか?

「おお!これはこれはオルラ様。本日も大変麗しいお姿でございますな!本日は、問題を起こしては、何もかもほったらかしになさるトガリ陛下に謁見に参ったのですが、そこで女神にお会いできるとは、このヘルザースの運もまだまだ捨てたものではございませんな!」

 うん。絶対、俺が此処にいることがバレてる。

「それでは、僭越ですが、オルラ様にお願いいたしてもよろしいでしょうか?」

 何を頼むんだよ?

「次回の大国主議会において、各連邦国から、今回、発生したクルタス事件の経緯とインディガンヌ王国侵略行為の説明が求められております。流石にその席上に王族の方が一人もおられないとなりますと、ズヌークや某であっても議会が紛糾することが目に見えております。是非にともオルラ様に御出席して頂きたいと願う所存でございます。」

 なんだと?オルラに仕事しろってか?王族の仕事を?

「おお!ありがたき幸せ!問題をほったらかしにして居留守を決め込む責任感皆無のどこぞの国王と違い、オルラ様に御出席いただけるとは、このヘルザース、望外の極みでございます!」

 ちっ!

 俺は床を踏み鳴らしながら、玄関に向かう。

 廊下の先にオルラとトンナ、そしてヘルザースを見て取る。口が思わずへの字に曲がる。

「おお!トガリ陛下!お留守と伺っておったのですが、やはり、ご在宅でございましたか!」

 けっ。大きな笑顔を見せやがって、悪びれる風もない、いっそ清々しいわ。

 玄関先に胡坐をかく。

「で、その大国主議会ってのはいつなんだよ?」

「はい。明日でございます。」

「え?えらく急だな。」

「はい?」

 ヘルザースが笑いながら首を傾げる。

「いや、だから、えらく急だなって?」

「はい?」

「なんだよ?」

「いえ、私が一週間前から陛下を探していることはもちろんご存知ですな?」

「…」

「では、急に決まった訳ではないことも察して頂けますな?」

 ヘルザースが笑いながらウンウンと頷いてる。

「…わかったよ。出席するよ。」

「そう言って、また、すっぽかしたりなさらないでしょうな?」

「しねえよ。ちゃんと出るよ。出ます。」

 ヘルザースが大きく頷き、オルラとトンナに挨拶して、俺達に尻を向けないようにして玄関を出て行く。

 ヘルザースが出て行った後も俺は玄関の上り口に胡坐をかいたまま座っていた。

「どうしたの?トガリ?」

 玄関の扉の先、ヘルザースの背中を遠くに見ながら、俺は口をへの字に曲げる。

「ちっ辛気くせぇ面見せやがって。」

「辛気臭い?誰がだい?」

 オルラが思わずといった感じで、俺に聞き返す。

「ヘルザースだよ。ヘルザースの面が辛気くせぇんだよ。」

 トンナとオルラが顔を見合わせる。

「ヘルザース閣下なら、お前から返事を貰えて上機嫌だったじゃないか?どこが辛気臭いんだい?」

 俺は曲がった口を更に曲げて、下唇を突き出す。

「どこがって、頭の天辺から爪先まで全部だよ。とにかく、全部!辛気臭いの!」

 オルラが上体を逸らす。

「なんだいお前は?何を怒ってるんだよ?」

 俺はその場で仰向けに転がる。

「別に。怒ってなんかいないよ。」

 腕を組んで枕にする。

 トンナとオルラが顔を見合わせて、肩を竦める。

 トンナがそっと俺の頭を持ち上げて、その膝を差し入れてくる。オルラは静かに自室に戻って行った。

「事件が終わってから、トガリ、ちょっと機嫌が悪いね。」

 俺はトンナの顔をチラリと見上げる。

「だって、だ~れも俺の言うこと聞かねぇんだもん。」

 トンナがクスリと笑う。

「しょうがないよ。あたし達はトガリと一緒に生きてトガリと一緒にこの世界からいなくなりたいんだもの。」

「なんだよそれ。」

 トンナの肩が力なく下がる。

「好きな人を失うって辛いと思う。」

「…」

 俺は知ってる。その感覚を。

 元の世界に俺は妻と娘を置いてきた。妻と娘からしたら俺を失ったことになる。その記憶が戻った時、俺は凄まじい寂寥感に襲われた。

「でも、あたし達がトガリを失うってことは好きな人を失うってこととは少し違う気がするの。」

「違う?」

 俺の疑問にトンナが頷く。

「好きな人ってだけじゃない。多分、そう、もう、あたしの存在、存在させている大事な一部だと思う。トガリがいなくなったら、あたしは存在することもできないと思うの。」

「なんだよそれ。えらく大層だな?」

 トンナが左右に首を振る。

「大層なんかじゃない。ホントのことよ。あたし達は、きっと、トガリがいるからこの世にいることを許されてるんだと思う。そんな感じ。」

 俺は起き上がる。

「存在が許されるも何もそんなことがあるもんか。存在したらそれで良し。存在を否定されるなんて堪ったもんじゃない。」

「うん。そうなんだよね。でも、あたし達はあたし達の中だけで、そう思えてるんだよ。」

 トンナが俺を後ろから抱締める。

「トガリがいてくれるから、あたし達は幸せだし、他の人には味わえない幸せ。だから、トガリがいるからあたし達の存在が許されてるって思うのもあたし達の勝手な思い込み。でも、そう思えるから幸せなの。」

「けっ、じゃあ、お前たちが死ぬまで、俺は死ねねぇじゃねぇか。」

「うん。できるだけ長生きして。」

 やっぱりトンナは優しい。そう思えた。

 玄関から差し込む光は、ただ、ただ、眩しかった。

もう少しだけ続きます。色々とトガリがほったらかしにしていることがありますので。

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